ボクと狐ちゃんのキャンパス巡り5
瑞原大学に入ったら行ってみたいなと思っていたお店がある。うなぎ屋さんだ。
有名な文豪が足繁く通ったという創業100年を超えるうなぎ屋さんが大学の近くにあるのだ。
「このあたりにそのうなぎ屋さんがあるはずなんだよね」
「それにしてもうなぎかぁ。ショウちゃんも通だねぇ」
「通じゃないよ。うなぎ屋さんって初めてだし」
「え、ショウちゃんウナギ食べたことないとか?」
「食べたことはあるけど、スーパーのパックの奴だけだね」
うなぎといったらお高いイメージだし、ちゃんとしたうなぎ屋なんて初めて入るものだから、かなりドキドキしている。一人じゃとても行くことはできなかっただろう。クーちゃんが一緒にいてかなり心強い。こればかりはクーちゃんに感謝である。
「そういうクーちゃんは、うなぎちゃん食べたことあるの?」
「うなぎ屋さんに行くのは初めてかも。出前なら何度かあるよ」
「出前…… お嬢様っぽい!!」
「ふっふっふ、私はお嬢様なのだ」
「でもお店は初めて?」
「初めてだね」
「ちょっと緊張する」
「私も」
ちょっと手に変な汗をかいてきた。パーカーの裾で手を拭いているとクーちゃんがボクの手をぎゅっと握ってきたので手をつなぐ。ちょっと安心した。
「そういえばさ、うなぎって、松竹梅とかあるじゃない」
「あるね」
「どれ頼めばいいんだろう」
「せっかくだし一番上の松頼んでみたら?」
「でも高いの頼むと、この小娘が!! みたいな感じで追い出されない? 初心者は梅頼まないと撃たれるとかない?」
「どんな世紀末なお店なの。お金払えばちゃんと出てくるって」
「本当?」
「うちでも頼むの松だし」
「お嬢様だ」
「ふっふっふ、私はお嬢様なのだ」
どや顔して胸を張るクーちゃんが、この時ばかりは頼もしく見えた。
大学の正門前を通り、うなぎ屋さんの方へ歩いていく。細く車が通るのが難しそうな路地を抜けていくのだが……
「あれ? こっちでいいのかな?」
「んー、どうだろう?」
普通に迷ってしまった。
あらかじめ地図は見てきたのだが、印刷をしてくるのも忘れてしまっている。路地が入り組んでいて、方向が分からなくなってしまったのだ。スマホのGPSが使えればどうすればいいのかわかるのかもしれないが、ボクたちは二人ともスマホは苦手である。
二人してどっちへ行けばいいかわからなくなりながらも、適当に進む。
「ひとまず大きな通りに出たほうがいいかもね」
「そうだね…… ん?」
「どうしたの?」
「うなぎの匂いがする」
鼻をひくつかせるクーちゃん。いわれてみると、確かに少しだけだが甘辛い香りがする。
「うなぎは香りで食わせるっていうからにおいがするのかも。近いのかな」
「こっちだと思うよ」
クーちゃんに手を引かれて、路地のさらに奥へ奥へと進んでいく。
路地がグネグネしていて、そんな中を進んでいくものだから方向がわからなくなったころ、そのうなぎ屋さんはあった。
時代を感じさせるが、きれいに掃除された木造一軒家である。看板はないが暖簾には『うなぎ』と書かれている。うなぎっぽい匂いはここからしているようだ。
「ここかな?」
「うなぎって書いてあるし、ここだと思うな」
「よし、じゃあ入ってみよう。ごめんくださいー」
クーちゃんに手を引かれて暖簾をくぐり扉を開ける。中はあまり広くなく、4人掛けの座敷席が2つにカウンターが5席あるだけだった。カウンターの奥におじいさんがいる。おそらく店主さんだろう。
「いらっしゃい」
「二人ですが、大丈夫ですか?」
「どうぞ、カウンターにする? そっちのお座敷にする?」
「どっちにしようか」
「焼いているところ見たいし、カウンターがいいかな」
「じゃあそこのあたり適当に座ってね」
古ぼけてはいるが、きれいに掃除された椅子に座る。テーブルもきれいに拭かれているが、どことなく、店全体にうなぎの匂いが染みついている気がする。
カウンターの向こうには、ウナギを焼く台と、大きな甕が置いてあった。店主さんが蓋を開けると、甕の中には黒い液体が満たされていて、どうやらこれがうなぎのたれのようだ。
「した、だい? お品書きってこれかな?」
クーちゃんがカウンターに立てかけてあった紙を見ている。和紙に筆で書かれたもので、ちょっと風情がある。そこに『舌代』と書かれていた。
「ぜつだい、だね。お品書きの意味だよ。申し上げますっていう意味の口上書きだよ」
「若いのによく知ってるね」
「ありがとうございます」
どや顔で話していたであろう所を店主さんに褒められて、ちょっと恥ずかしかった。
「どれにしようかな」
「お昼だから、サバの塩焼きやみそ煮の定食もあるよ」
「ボクたち、ウナギを食べに来たんです」
「捌くところからだから、かなり時間がかかるが大丈夫かい?」
「うなぎってそういうものだと聞いていますし、大丈夫です」
「そうかそうか。うな重がうなぎ1本、うな丼がうなぎ半分だ。特うな重は天然もののうなぎを漬かったうな重だな。今日は天然うなぎの入荷があるから特うな重も出せるぞ。どれにする?」
お品書きには今店主さんが言った3種類が書いてあった。松竹梅ではないらしい。特うな重は天然だと言っていたが、値段は3500円。5000円は超えるだろうと思っていたが、予想ほど高くなかった。
「じゃボクは特うな重で」
「私も同じのを」
「あいよ。特うな重2丁ね。今日の特うな重はこれでおしまいだ」
にやっとしながらそう言う店主さん。天然うなぎの入荷は少ないようだった。店主さんの口上に乗せられただけなのかもしれないが、天然うなぎのうな重、楽しみである。
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