コンビニ・恋・嘘
ラン藻類
「彼氏がバイト先に来てうざいって?」
「彼氏がバイト先に来てうざいって?」葵(あおい)は驚く。彼氏がバイト先に来てくれるなんて、それは喜ぶべきことなんじゃないか。
「バイトと大学ではキャラが違うから恥ずかしいというか」と茜(あかね)は照れくさそうに言う。「だから、わたしの代わりにバイトに行ってほしいの」
「彼氏とのイチャイチャにわたしを巻き込まないでほしいんだけど」
「わたしたち双子だから、入れ替わりに気づく人はいないと思うの。茜はファミマでバイトしたことがあるから、仕事ぶりからバレることもないし。だからお願い」と茜は顔の前で両手を合わせる。葵と同じ形をしたほっそりとした指先には、淡いピンクのネイルが塗られている。
「バイト代はわたしに入るんだよね?」と葵は尋ねる。
「もちろんですとも」と茜が答える。
「他になにかお礼はないの?」
「わたしの彼氏は勉強ができるから、憲法とか民法の講義ノートをコピーしてきてあげるよ。これで葵もテスト対策はバッチリ」
葵は講義をあまり熱心に聞いていなかったので、この提案は魅力的に感じた。だから、茜の話に乗ることにした。
葵は正直、バイト先で入れ替わりがバレるかもしれないとヒヤヒヤしていたが、杞憂に終わった。わたし達の外見は確かに瓜二つと言って良い。
茜の彼氏が現れるのはいつ頃なんだろう、と葵は思う。葵は件の彼の顔を知らない。よく恋人の写真を見せてくる人がいるが、葵はそれが苦手だった。恋人とする色々な営みが、急に生々しく感じるようになるからだ。だから、茜にも彼氏の写真は見せないように言ってある。
シフトも終わりに近づいた頃、葵は自分をちらちら見つめる視線に気づいた。思えば、その男性客はずいぶん前から店内にいたような気がする。怪しい、こいつが彼氏か?
男性客が会計にやってくる。葵はすかさずレジへ向かう。
その男性客は端的に言って、葵のタイプだった。清潔感のある服装に、すらりとした体型。眼鏡越しの瞳から漂う、物憂げな感じ。アンニュイというやつだ。双子だから、男性の好みも似てしまうのだろうか、と葵は考える。
「ずいぶん長いこと悩まれていましたね」商品を受け取りながら、葵は男性客に尋ねる。
「ええ、おにぎりに目移りしてしまって」と男性は照れくさそうに頭を掻く。その仕草と嘘に、葵は可愛げがあっていい、と思う。
「お会計、245円でございます」
「すみません、1000円で」
「1000円お預かりしましたので、755円お返しいたします」と、葵がお釣りを渡したときだった。
「あれ、ネイルの色変えました? 綺麗な色ですね」と男性は葵のブルーのネイルを指差す。
「よく気づきましたね」葵は胸中でやるじゃないかと快哉を叫んだ。入れ替わりに気づいていないとすれば、ネイルの色を変えたように見えるはずだ。綺麗であろうとする女性の努力に目ざとく気がつく男性と一緒になれれば、どれだけ楽しいだろう。葵は茜が羨ましいと思った。
「彼氏、来てたよ」と葵は茜に報告する。「わたし達のネイルの色が違うことに気づいてくれた」
「実は葵がバイトしている間、彼氏と会ってたの」と、茜はばつの悪そうな顔をした。
ということは、あの男性客は茜の彼氏ではないということか、と葵は歓喜した。
「今度もバイトしにいっていい?」と葵は尋ねた。
コンビニ・恋・嘘 ラン藻類 @ransourui
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