チートされた飼い猫と旅する異世界

珠貴 朝香

第1話 猫神様に無茶を言う

多村 幸歌(たむら さちか)は疲れていた。

職業ITエンジニア、それだけでお察しである。

加えて彼女の愛猫、福(ふく)は高齢になり、腎臓奇形が判明した上、甘えん坊のわがままで、帰りが遅くなるととんでもない嫌がらせをしてくれる。

今日も遅くなってしまった、きっと家にはトイレ以外での粗そうという爆弾的嫌がらせがされているに違いない…。

トボトボとながら家路を急ぎ、深くため息をつく。

職業柄持ち歩いているノートパソコンや、太陽光充電式のモバイルバッテリーの入った鞄が、いつも以上に重く感じられた。

信号待ちで立ち止まったのを期に、抱え直そうと腕を持ち上げたその時。

目の前の道路を強いライトで照らしながらトラックが走ってきている。

なのに、そのライトの中に走り込む小さな影が、目に映ってしまった。

猫…っ!?

そう気づいた瞬間、考える間もなかった。

彼女は持ち直しかけた鞄を放り出し、猫を捕まえようと走り込む。

間に合わないっ!?

辛うじて小さな猫を抱えこんだ瞬間、トラックのライトで彼女の視界は真っ白になった。

そして…

全身を襲う、強い衝撃。

痛みを感じる間もなく、今度は全てが暗転した。


死んだか~

のんびりと幸歌はそう考えた。

目を瞑っている状態らしく、視界は暗い。

そこに即座に声をかけてくる存在があった。

「おい、お主」

威厳がありつつもどこか愛らしさを感じさせる声音。

応じて彼女は目を開き、その存在を反射的に探す。

白い白い空間だった。

そこには何もなく…床さえもない。

そんな所に横たわった状態であるらしい。

その事に驚くより先に、視線は白い大柄な猫を捉えていた。

「お主」

猫が口を開くと、にゃーでもなく、愛猫がよく不服な時漏らすわおんでもなく、そう先ほど聞こえた威厳ある声がする。

ここが天国か?

天国も自分仕様で天使または推定神様はお猫様なのか。

そう納得しつつ幸歌は体を起こす。

「天国ではないが、確かに我は猫神だ」

白い猫は厳かにそう告げる。

「マジで!?

猫神様!?

スゴイです!!」

幸歌は思わずミーハーに身を乗り出してしまった。

その勢いに若干身を引きつつも、白猫…猫神はゆったりとヒゲを揺らしつつ、頷いて見せた。

「うむ、我こそ猫を統べる猫の神である」

「うわー本当にいたんですね、猫神様!」

両手を感激に合わせ、食いぎみに発言する彼女に、猫神は尻尾を軽く振る。

そして先を急ごうとばかりに、話を続けた。

「あー先ほどお主が救ってくれたのは我の孫でな」

「そっか、猫ちゃんは助かったのか、良かったです…」

ホッと息を吐きつつも、やっぱり自分はダメだったっぽいなあ…

と彼女は微かに視線を落とした。

「そうガッカリするでない」

厳かに告げる声に、顔を上げる。

「我が褒美として、お主を生き返らせてやろう」

「本当ですか!?」

今度こそ詰め寄らんばかりに身を乗り出してきた幸歌に、猫神は慌てる。

「とは言っても、別の世界ではあるがな」

「異世界転生!?」

ゲーム、小説、マンガ好きの幸歌は一瞬喜びの声を上げたが、がくりとすぐに肩を落とした。

「ダメです!

私には福がいるんです!!」

「ふむ、福とはお主が世話しておる我が眷族か」

ずっと心を読まれている事にも気づかず、幸歌は頷いた。

「そう、可愛い私の猫!

あの子を置いては行けないです!」

「うむ、そこまで眷族を思ってくれているとは…仕方ない、特別に一緒に行かせてやろうではないか」

感心したように猫神は何度も頷いた。

「ありがとうございます!!」

感激にまたも身を乗り出す幸歌。

得意げに猫神はヒゲをひくつかせる。

しかし。

「あー!!」

今度は幸歌は大声を上げ、頭を抱えていた。

「福は高齢で持病持ちで療養食なんです!

異世界なんてキャットフードもないだろうし!

一体どうすれば!?」

そう詰め寄る彼女の勢いに若干引きつつ、猫神は応える。

「わ、わかった、なくても心配ない体にしてやろう」

「それに怪我や病気になっても動物病院もないだろうし!」

幸歌の勢いは止まらない。

愛猫愛しさ故だが、ハッキリ言って猫神にとってはいい迷惑であった。

「それも問題なくしてやるから!」

孫を助けられたのは事実、と面倒くささを押し殺し、請け負う。

だというのに。

「大体異世界で非力な引きこもりエンジニアの私に、福の面倒をちゃんと見てあげれるのー?!」

最早敬語も何もあったものではない。

猫神は投げた。

「ええい、何でもお前の望むようにしてやるからさっさと行けー!!!」

その声を最後に、幸歌は白い空間から弾き出された。

そして落ちて行く。

「ぎぃゃぁぁぁ~~~」

色気のない彼女の悲鳴は何処へともなく吸い込まれていった。

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