人間が降る日

蛇穴 春海

人間が降る日

気だるい朝礼の時間、青空の下私達は直立不動の状態で校庭に並んでいた。熱心に話す校長の話を聞く振りをして、私は内心暇を持て余していた。ぽかぽかとした陽気が一層私の暇を強くしていく。

ふと空を見てみた。青空の中に雲がひとつ、ふたつ。晴天に近い天気だった。

ぼうっと眺めていると突然、上空から何かが落ちてきた。そして瞬時にそれが何か判断できた。

それは一人の若い男性であった。遠目に見えるどのビルよりも高くから落ちてきたので飛び降りではない。けれども男が落ちてくる瞬間、飛行機などの物体は一切なかった。つまり青空から突然、人間が降ってきたのである。

恐怖に固まった私は最早声も上げることも出来なかった。此処からはかなり離れた場所で起きているはずなのに何故だか細部まで見える。灰色のズボンに真っ白なシャツを着た、死に怯える顔の男はじたばたと手足を振りまわして重力に逆らおうとしている。しかし重力に逆らえるはずもなく見る見るうちにビルの隙間へと消えていった。

男の姿が見えなくなると同時に私の金縛りが解けた。すぐに周りを見渡すが生徒も先生も今さっきのことに気付いた様子はない。バクバクと鳴り響く自分の鼓動を落ち着かせようとしたその時、今度は自分が立っている校庭の真上から何かを感じた。

どさ。と音が右隣から聞こえた。またも人間が落ちてきたのだ。今度は真っ赤なワンピースを着た髪の長い女だった。ワンピースの下からは赤黒い紺が覗き見える。

それは先程まで私の隣に立っていた男子だった。

たちまち校庭は阿鼻叫喚の耐えない地獄と化した。しかしその原因は先程の女だけではない。最初に見た男が始まりの合図だったかの様に、次々に人間が降り始めたからである。

突然の出来事に生徒も先生も関係なしに皆がパニックへ陥り、散り散りに逃げ始めた。中にはしゃがみ込んでしまって動けなくなっている者もいる。どさ、どさ、どさ。とほとんどの人が降ってくる人間の下敷きとなった。そんな中、私は何とか体育倉庫へ避難することができた。

体育倉庫は校庭の隅にぽつんと置かれた小屋の様になっていて、沢山の道具が置かれている。そこへ私の他にも数人が押し入った為に中はぎゅうぎゅうとなっていた。そのあまりの密度に耐えかねて私は入口付近に立つことにした。

降ってくる人間は様々な格好をしていたがどれも若い男女であった。全員手持ちは無く、手ぶらの状態で落っこちている。驚きと恐怖の表情をしている面から、きっと何かしらに落されたのだろう。そんな分析をしながら、案外私は冷静なタイプなのかも知れないと自分を笑った。

あ。と突然声が後ろから聞こえたと同時に一人の女子生徒が倉庫から飛び出していった。その子は隣のクラスの女の子であり、今の「あ。」という声はその子のものであった。

どさ。彼女は倉庫から数メートル離れた地点で降ってきた人間の下敷きとなり、動かなくなった。

どうして彼女は飛び出していったのだろう。そう気になって近くにいた彼女の友達に聞いてみるとその子はこう答えた。


「お兄さんが落ちてきたの………」


どうやら落ちてくる人間の中に彼女のお兄さんがいて、彼女はお兄さんの元へ駆け寄ろうとして飛び出していったらしい。このことによって、落ちてくる人間はこの地球上に実在している人間であり、何ならかの理由によって空から降ってきていることがわかった。しかし、わかったところで私達はどうしようもなかった。

全てを諦め空を見た。空の青と人間の黒、制服の紺と血の赤。人間の降る空は、とても恐ろしくて、とても美しかった。

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