Twitter2代目フリーワンライ企画参加作品(2019年~2020年)
虚影庵
2020年
偽善者(第101回 使用お題「にゃーにゃー」)
忘年会シーズンになると、駅の連絡通路の端っこに寝倒れている人をよく見かける。
終電間近になると、歩く人たちは急ぐのに必死で、見知らぬ人が転がっているのなぞ気付きもしない。
俺の出番だ。
「大丈夫ですかー?」と声をかけながら、コート姿でいびきをかくキャメル色のコートの若い男の横に、人の流れに背中を向けてかがむ。
若い男か。今日はついてない。
手袋をはめた両手で軽く男の身体をゆさぶってみるが、目を覚ます様子はない。
すばやく男の懐を探る。財布が目に当たった。
あまり厚くないが、収穫がないよりはましだ。
抜き取った財布に指を突っ込み、紙だけを引っ張り出して自分のポケットに移す。手袋もしまって、足早に改札口に向かう人たちに合流する。
改札に入る前に、駅員に「通路にいびきをかいている寝ている人がいる」と伝えておく。これで、かがみこんでいたのを誰かに見られていても怪しまれない。
家に帰ってから、ポケットに入れたものを見聞する。千円札が数枚、札よりもレシートの数のほうが多い。思っていた以上の不作だった。
ただ、札と札の間に、小さい写真が挟まっていた。大きな写真から、猫が写っている部分を切り出したものだ。その猫も、とりたてて可愛いくもないし、特徴もない、ごくごく普通の猫だ。
こんな、相手の身元が知れそうなブツをいつまでも持っている気はない。レシートと一緒にシュレッターにかけて、ライターで焼いた。
シュレッターに飲み込まれる寸前、猫の青い目と目が合ってしまった。じっと睨まれているようで、少し気持ち悪かった。
数日後の夜、別の駅に出かけた。通路に転がっていたのは盛大にいびきをかくおっさんで、財布もけっこう厚い。これは期待できそうだ。
ポケットに札をしまおうとしたところで、バランスを崩してすてんと後ろ向きに倒れてしまった。なんとか頭は打たなかったが、咄嗟に手をつこうとしたので札をばらまいてしまう。
まずい。これは目立ってしまう。
急いで起き上がろうとしたが、胸の上が重くて動けない。
なぜか、にゃーにゃーと鳴く猫の声が聞こえて、写真のあの猫の目が思い浮かんだ。
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