こぉうひぃぶれいくっ!

芳香サクト

前編

 ここは、僕の師匠の早瀬 胡桃はやせ くるみの探偵事務所もとい僕がアルバイト兼助手をしているところ。

 師匠は今日も珈琲を飲みながらぶつぶつとつぶやいているそのさまを見ると、どうやら事件を解決したらしい。

 僕にとっても誇れる師匠であり、上司と言ったところだろう。


 師匠の功績は警察も折り紙付きらしく、その謎を解く姿はまるで安楽椅子探偵のようだといわれているほどだ。

 師匠の名前が世に出回らないのは、警察がその情報を一切遮断して捜査協力をしているからだ。

 いつか、僕も事件を解決できるような人になりたいものだ。

 そう願って、今日も僕はせっせと事件ファイルにまとめる。


「師匠、今回の事件のファイルをまとめました。」

「ああ、ありがとう、一真かずまくん。しかし、君は私と違って良く働くじゃないか。これからもよろしくお願いしたいよ。」

「ありがとうございます師匠。師匠の足が動かないことは知っています。ですので、それくらいはやらせてくださいよ。住み込みで働いているわけですし。」


 僕がそういうと師匠は珈琲を飲みながら車いすを動かし、僕のほうへと近づく。


「ははは、それはありがたいね。私の両足は幼いころに事故で機能を失ってしまった。今は車いすを押して動くこともおっくうな生活になってしまった。そこで求人募集をしたのだが、いかんせんここがボロボロなのが原因なのか私にはわからないが、入ることは勿論の事近づくことも嫌になるだろう。」


 師匠はそういうとパイプを咥え、整理したばかりのファイルを見つめた。

 彼女のそんな行動は今回の推理で間違いはなかったのか…。

 それか別の犯人がいてしまったのか…などを確認する作業だ。

 僕はそんな師匠を見て気になる事があった。


「そういえば、師匠。僕、ずっと師匠に聞いてみたいことがあったのですけれど…。」


 僕の言葉に師匠は珈琲から咥えていたパイプを手に持ち替えて聞き直した。


「うん?それは私に答えられることなのか?」

「逆に、師匠じゃないと聞けない質問です。」

「ふむ…なら聞こうじゃないか。一体何が気になったのかい?今回の事件のことかい?」


 師匠の言葉に安心したのか僕は二杯目の珈琲を淹れながら聞き始めた。


「今回の事件もそうなのですけど、師匠は…僕が来る前から、それこそ、早瀬探偵事務所という場所に来てから、ずっと探偵として過ごしてきたのですよね?」

「もちろん、そうだとも。ここは私の大事なお家であり、大事な探偵オフィスでもあるのだから。でも、一体それがどうかしたのか?何か不自然な点でもあったか?」

「い、いえ、そういうのではなく、ただ単純に、師匠が今までに推理した事件で一番大変だった。と思う事件は何ですか?という僕の勝手な興味本意なのですけどね。」


 僕の質問に師匠は少し考えたがパイプを咥えなおして答えた。


「ふむ…。私が今まで推理した事件は基本的に、警察では手に負えない事件ばかりだ。だから何が大変だったかは決められないけど印象が強い事件なら答えたれるよ。」

「ぜひ、お願いします。それはどんな事件なんなのですか?」

「それは…。そうだな、小説らしくタイトルをつけるとするならば、『三月さんがつウサギ殺人事件』と言ったところか。」

「『三月ウサギ殺人事件』…それは、どういう事件だったのですか?」


 僕の言葉に師匠はパイプから珈琲に移って、にやっと笑った。


「聞きたいかい?私の話は長くなるが先に親に連絡を付けた方がいいと思うが、どうだろうか?」

「大丈夫です。今日はそのつもりで来ていますから。それに、今日はもともと住み込む話もついていますので。」


 僕の言葉にあきれ返ったのか師匠はため息をつきながら言った。


「はぁ…全く君という人は…まあいい、それでは長くなるのを覚悟して、始めようか『三月ウサギ殺人事件』を。」


 あれは、私がまだ、探偵という職業について二年しかたっていない時だ。

 その日は大雪が降って私の事務所まで雪が積もっていた。

 当時の私は今のキミのような助手もいなくてひとりぽつんとコーヒーを飲んでいた。

 その時に依頼人は突然訪れた。


「あの…ここが『早瀬探偵事務所はやせたんていじむしょ』ですか?」


 久しぶりの来客なので私は少しうれしくなり元気に返答してしまった。


「はい、ここは『早瀬探偵事務所』ですよ。ようこそいらっしゃいました。寒いでしょうから、上がってください。私は車いすでの生活なので、散らかっておりますが、どうぞご自由におかけください。」


 その客は律儀なのか履いてきた靴をきちんとそろえながら私の前に座った。


「それで、どのような要件なのでしょうか?」


 私は静かに話を切りだす、客はハッとしながら言う。


「私は、花丸はなまるというものです。実は私の友人が先日、何者かに殺されました。」


 私は、殺人事件の依頼が大好きな人なのでその言葉に心が躍った。

 そこは今も変わっておらんが。


「ふむ…警察には相談したのですか?」

「はい、ですが警察は『自殺』と断定してしまったのです。私はそこに納得がいかなかったのでこちらにお伺いしました。」

「なるほど、経緯は分かりました。では、貴方が第一発見者ということで話を進めてもよろしいでしょうか?」

「はい、私が第一発見者です。では、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、では、さっそく事件にかからせていただきます。あなたが友人の死体を発見したのは何時頃でしょうか?」


 私は、せっかちな性格なので事件について花丸さんに取り調べを行った。

 その結果、色々なことを聞き取ることができた。


『1、花丸さんは友人の家に行くとその日約束をしていた。

2、第一発見者の花丸さんが友人の死体を発見したのは夜の十一時。

3、花丸さんが警察に連絡したのはそれから十分後の十一時十分ちょうど。

4、花丸さんが来た時、友人はすべての扉に鍵をかけて首を吊ったような状態で死んでいた。

5、花丸さんはマスターキーをあらかじめ友人から受け取っていたため入ることができた。

6、友人の死体のそばには遺書のようなものが発見され指紋は友人の者と警察は断定している。』


「どうか…犯人の捜索をお願いしたいです。友人の為にもそして私の為にも…。」


 花丸さんは泣きじゃくりながら私にお願いしてきたのだ。そこまでされたのだ。

 この事件を引き受けなくてはいけないと私は心の中で思った。


「顔を上げてください、花丸さん。とりあえずは警察に話を聞いてみます。何か進展がありましたら遠慮なく私のところに尋ねてください。連絡先はこちらです。」

「よろしくお願いします。」


 のちに、この依頼人が私にとって大きな飛躍を遂げることになることはその時の私は知らなかった。


 それから数日たった時に私のもとに依頼人の花丸さんから一通の電話があった。


「はい、早瀬です。ああ、花丸さん。どうかしましたか?えっ…事件の調査を取りやめたい?いったいどういうことですか?」


 それは、事件の調査を取りやめたいという電話だった。


「私も、考えたのですよ。それで、友人の事は残念ですけど自殺という死因以外ありえないのですよ。それに警察もそれで納得しているし、もういいじゃないですか?」

「あっ、ちょっと、花丸さん。」


 その言葉を最後に私の前から花丸という依頼人はいなくなった。

 だが、私は納得がいかなかった。

 探偵というのはこういう仕事だと重視はしていた。

 それに私のモットーは『引き受けた事件は最後まで解く』なのだから自分の力で解こうとしていた。

 まずは、あてにしたのが警察の力だ。


「あの…私は、早瀬というものですけども…板東ばんどう刑事…いえ、坂東藤志郎とうしろうはいますか?」


 私が電話をかけたとき、二回目のコールで受付の人らしき人物の声が聞こえた。


「はい、板東は現在、勤務しております。お繋ぎしましょうか?」

「お願いします。早瀬からの電話だと言ってください。」

「かしこまりました。それでは、お繋ぎしますね。」


 私はここでいったん電話を置いた。

 この事件を調べてもらって万が一私が真犯人を当ててしまっては警察の面目をつぶしてしまうのかもしれない。と思っていた。


「もしもし、板東です。早瀬さん。聞こえていますか?」

「ああ、板東さん、ご無沙汰しております。」

「ご無沙汰しております。それで、どのような要件でしょうか?」


 板東さんの声に私は気分が落ち着いた。

 やるしかない。この事件を解決できるのは私だけだと。


「それが、ですね…。私のところにある依頼人が訪ねてきましてね…。」


 それから私は、板東さんに今まであった事を話し始めた。

 話を聞いた板東さんはなるほどと一つ、言葉を述べて続きを言う。


「分かりました。それではもう一度事件を洗っておきますね。」

「はい、お願いします。後、私も独自で考えてみたいので一度こちらに来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫ですが、この時期は少し忙しい時期でもありますので空き次第連絡を付けてお伺いしますよ。」

「ありがとうございます。その時に被害者の遺書があるはずなのでコピーをとってきてもよろしいでしょうか?」

「分かりました。それでは私はこれで…。」

「はい、ありがとうございました。」

 こうして、板東さんと私の二人三脚の事件捜査が始まった。


 ここまでの話を聞いた僕は少しびっくりしたように目の前にいる師匠に聞いた。


「師匠と叔父さんって知り合いだったのですか?」

「ああ、そうだとも。というか知らなかったのかい?私と板東さんは高校時代のクラスメイトでよく私の面倒を見てくれた人なのだよ。だから、君が私のところに来ると言ったとき、一番心配したのも彼だけど。」

「そうだったのですか…。道理であの人だけは僕に優しいわけだ…。」


 僕は後半部分をそこまで強調せずに静かに言った。


「うん?後半が聞き取れなかったのだが…。重要なことだったかい?」

「いえ、気にしないでください。それよりも続きを教えてください。」

「うむ…なんだか腑に落ちないがまあいいだろう。あ、珈琲をお代わりしてもらえるかな。話しているとのどが渇いて仕方ないのだ。」

「いいですよ」


 僕はそう頷くと水を入れたやかんに火をかけた。


 板東さんが今日うちに来るという連絡を先日、受けてから私は再度資料を眺めていた。


「ふむ…これはあとで板東さんに調べてもらうとして、そろそろ板東さんが来る時間だな。」


 その時に、事務所のベルが鳴った。


「早瀬さん、板東です。開けてください。」

「はーい。」


 私は、噂をすれば何とやらと思いながら私は自分の車いすを押してドアを開けた。


「こんにちは、早瀬さん。」

「こんにちは、板東さん。今回はわざわざありがとうございます。」

「いえいえ、私にできることがあるなら何なりとお願いしてください。できる限りの捜査は手伝いますから。」

「分かりました。寒いでしょうから上がってください。今、お茶を淹れますから。」

「分かりました、ではお邪魔します。」


 テキパキとお茶を用意している私を見て板東さんは聞いてきた。


「そういえば、ここに来たのも久しぶりだなぁ。あの時は高校生のころだったか…。」

「そうですねぇ…あの時の貧弱な少年がここまで成長するとは…。あはは、人間って恐ろしいですね。あ、お茶出来ましたよ。」

「いただきます。このお茶も久しぶりだなぁ…。今度からは珈琲にしません?探偵らしくていいと思いますよ。」

「あはは、そうですかね。それで板東さん。早速、要件について話したいのですが…」

「分かっていますよ。この前、発生した自殺についての事ですよね?当然、色々調べてきましたよ。」

「そうです。さて、電話で伝えた通り警察に預かっている遺書をコピーしてもらいましたか?」

「ええ、少しお待ちください。」


 そう言った板東さんはバッグの中から遺書のコピーを取り出した。


「こちらがコピーです。一応、このことは内緒にしてくださいよ。それでは、何かわかったら教えてください。では、私はこの辺で。」


 お茶をグーと飲み、帰ろうと板東さんが立ちあがった時に私は遺書を眺めながら気になったことを聞いた。


「板東さん、帰る前に一つ思ったことを言ってもいいですか?」

「ええ、いいですよ。」


 私は板東さんに思ったことを告げた。


「板東さん、この事件ただの自殺として片づけるには警察としてはもったいないと思いますよ。そして、いつか私はあなたにこういうと思います。」


 私はそういうと、英語で言った。


「『You will cooperate with me(あなたは私に協力をするでしょう)』」


 私の言葉を聞いた坂東さんは不思議そうに私を見た。


「どうして、そう言い切れるのですか?」


 板東さんは私の次の言葉を待っているかのように見えた。

 そこで私は少し意地悪してすべてを言わないでおこうと思い、あえてこうつぶやく。


「さぁ?なんとなくそう思っただけですよ。それでは。」


 板東さんは最後までこの言葉の本当の意味を知ることはなかったらしい。


「さて…とりあえず、もらった遺書のコピーを詳しく見てみようか。」


~遺書~

『この度は私の勝手な行動をお許しください。本当のことを申し上げますと、私はもっと生きたかったんです。でも、仕事はリストラ、さらには妻や子供にも逃げられ、もう耐えられなくなり今回、自殺という形で私の人生を終わらせます。後悔はしていません。最後に友人の花丸に会ってからこの人生を終わらせます。』


 遺書を読んだ私はこの遺書の違和感に気づいた。


「何で、この人は花丸さんに会うって知っている?ああ、そうか花丸さんがこの人を呼んだと思っていたが、実際はこの人が花丸さんを呼んだのか。うーん、でもこの違和感をこれで納得するのは嫌だな。もう少し考えてみるか…。」


 その時、電話が鳴った。

 私は誰だろうと思いながら受話器を取った。


「早瀬さん、板東です。事件に急展開を迎えました。」


 電話の主は先ほどまで私の事務所にいた板東さんからだった。


「板東さん、どうしましたか?事件に急展開って…。」

「早瀬さん、ついさっき、この事件の第一発見者の花丸という男が何者かに殺されました。」

「な…何ですって。」


 私は、板東さんの言葉を受け、受話器を落としてしまった。

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