ちょこれぃと

moes

ちょこれぃと

「高柳ー」

 ぽん、と肩をたたかれると同時にかけられた声に驚きふり返る。

「い、伊奈っ?」

 ひらひら、手をふりながら立っているのはクラスメイト。

 この、混雑した売り場で一番会いたくなかった顔かもしれない。

「きぐーだね。何してんの?」

 こちらの思惑など頓着せずに伊奈は首をかしげる。

 デパートに来る理由など、大体が買い物に決まっているんだが、聞きたくなる気持ちもわからなくはなかった。が、答えたくもない。

「そっちこそ」

「私? 私はねぇ、バレンタイン商戦に乗せられるのはシャクだなぁと思いつつ、チョコがあまりにステキで美味しそうだから自分チョコ買おうかなぁって悩んでるところ。で、高柳は?」

 そこでうやむやにしてくれる優しさはないのか。というか、面白がってるな?

「通り抜けようと思って人ごみにはまったんだよ」

 我ながら、苦しい言い訳だ。

「ふぅん。高柳って、そんなにとろかったんだ?」

 平坦すぎる、その口調。

「信じてないな?」

「うん。だって他に道がないワケでないのに、この時季のチョコ売り場をあえて単身突っ切ろうと思う男子はそういないと思うよ?」

 確かに身動きがとりづらいくらいの人ごみの九割以上は女の人だ。わかってるし実際、この中に突入するのは度胸がいった。

 伊奈はわざとらしく眉を寄せて続ける。

「ほら、周囲から、哀れみまじりの冷たくもやさしい視線、気付かない?」

 どんな視線だ、それ。ほとんどの人は自分の買い物に手いっぱいで他人のことなど気にしていないぞ。たぶん。

「で、ホントの理由は? あ、告白するの? チョコ渡して。……あえてチョコ使って告白するなんて高柳ってばチャレンジャーだねっ」

 黙っているのを良いことに伊奈は勝手に言い募る。

「ちがーよ、罰ゲーム。チョコを買って来いっていう」

 とりあえず、どうにか信憑性のありそうな理由をでっちあげる。

「なんだ。つまんない」

 あのな。

「自分チョコしか買う予定のない、イロケのないヤツに言われたくねーの」

 伊奈は一瞬だけムッとした顔をして、でもすぐに笑顔になる。

「あのさ、高柳ぃ」

 なんか、ろくでもないこと目論んでるんじゃないか、その顔は。

「なに?」

「罰ゲームはさぁ、チョコ渡す相手も指定アリ?」

「ないけど?」

 何を言い出すか判らないのでおそるおそる応える。そもそも罰ゲームの話自体が嘘だし。

「じゃさ、交換しよ。バレンタインに。予算、千円。私も自分チョコだけじゃつまんないし、友チョコ」

「ぁあ?」

 なに考えてるんだ。いや、渡りに船なのか? ちがうか。

「美味しそうなの選んでね。じゃ、解散」

 一方的に言い残し、伊奈は人ごみの中に紛れ込む。

 おい。

「こ、っちにも予定ってものが……」

 口をついて出た言葉は周囲のざわめきに掻き消された。



「こんなトコまでわざわざ来るのも変な感じだよねぇ、ただの友チョコ交換に。ま、高柳に恋してるオンナノコに……いるのかどうかはわかんないけど、誤解させると可哀想だしね」

 屋上手前の踊り場。

 屋上へは立入禁止のため、めったに人は来ない。

 伊奈は愉しそうに言うと、かばんをごそごそと探っている。

 ったく。人の気も知らないで。

「高柳、テンション低いなぁ。そんなに私とチョコ交換するのが不満?」

 チョコの包みを手に伊奈は少々むくれ気味に言う。

 不満って言うか、さ。

「そうじゃないけど」

「そう? 本命チョコがもらえなかったから凹んでるとか? ま、私のでガマンしてね。はい」

 片手でひょいと手渡される。

 だから、なんていうか、もうちょっとさぁ。

「さんきゅ」

 キレイにラッピングされた箱を受け取り、代わりに自分の買った小さな箱を伊奈の手の平に落とす。

「ぁ、コレ。食べたかったやつだ。うれしー」

 満面の笑み。

 つられて、こちらまで笑ってしまう。

「でも、コレ。予算オーバーしてるよ、ね?」

 さすがに、知ってたか。

「伊奈、食べたいって言ってたじゃん」

 有名店のバレンタイン限定商品。

 一番小さな箱でも予算を多少オーバーしていた。

 予算を決められなけりゃ、もう一回り大きな箱を買うつもりだったのだけれど。

「盗み聞き?」

 眉間にしわを寄せて、伊奈は声を潜める。

 犯罪だとでも言いたげに。

「あれだけ、でかい声で騒いでればイヤでも聞こえるって」

 クラス中に響き渡ってたぞ。

「そう? でも、そんなこと覚えてるなんて、ムダに記憶力いーねぇ。高柳」

 一言多いよ、伊奈は。

 どーでもいいヤツのコトだったら覚えてねぇって。

 伊奈はチョコの箱を両手にのせて、眺めている。

「ありがとー。高柳の記憶力に感謝だよぉ。さすがに自分で買うのは躊躇してたんだよねぇ」

 にこにこ。無邪気。深読みなし。

 言わなきゃ、ダメか。やっぱり。

 既に、チャレンジャーだと本人に笑われているのにも関わらず、言うのはひじょーにイヤなのだけれど。

 伝わらなきゃ、意味なしだ。

 大きく息をつく。

「……あの、さ。伊奈」

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