第14話出会いと戸惑い
「はい、これありがとう」
「あ、別に良いのに」
「そんなのダメだよ! 借りたものはちゃんと返さないと」
自己紹介から親睦会と評した一限目が終わると同時にハンカチを春香さんの前に置く。
「わざわざありがとう、雅くん」
「う、うん」
唯一の接点を手放すのは恋愛において一番恐ろしい行為だと思うけど、タイミングを逃すと今朝の事をネタに話す事も出来なくなる。今、僕に出来る事は初対面って言う絶対的な壁を打ち壊す事だと思うんだ。いくら友達になったからと言っても、距離か勝手に縮まるものではなく、どれだけ同じ時間を過ごし言葉を交わしたかが大事なんだ。
「ハンカチのせいで奈緒と喧嘩したってお聞きしましたけど、大丈夫でした?」
「え、ああ~あれね、全然問題なし! 殴られるのはいつもの事だからね!」
「ふふ、口より先に手が出ちゃうのが奈緒だもんね」
「ホントホント、要らぬお節介焼く癖に手の方が速いんだもよホント参っちゃう」
休み時間とは誠に有り難い制度であり、共通の友人と言うのは掛け替えのない存在である。十六年生きてきたが、これほどまでにその二つに感謝したことは今までに一度もない。春香さんに負けず僕まで気色悪く微笑みたくなるってもんだ。
「気持ち悪い、ニヤニヤしないでよ。あと、暴力女で悪かったわね!」って言葉と同時に何者かの拳が左頬に飛来。
「ぐっ! 殴ることないだろ殴ることは! それに暴力女なんて言ってないぞ!」
「言葉って時に人を傷つけるモノなのよ? 友達を傷心させるくらいなら、私は人を殴っても良いって思うのよ、どう? 殴られたいでしょ?」
「悪かった悪かった! 奈緒は誰もよりも気配りが出来る絶世の美女で学園一の人気者だよ!」
「バカ、ワザとらしいにも程があるわよ」
結局二回も殴られた。本当に乙女心とは理解しがたい。褒めているのに、素直に受け止めない女心を、理解し尊重することが恋愛成就に繋がると思うと頭が重くなる。
「ふふふふっ、本当に二人は仲がいいね? 恋人同士って間違えられても不思議じゃない」
「ば、バカ! 何を言うのよ春香! 別に私たちはそんなんじゃなくて――」
「ただの幼馴染なだけだから! な、奈緒そうだろ? お前からも友達ならちゃんと説明してくれよ!」
ついでに、春香さんが僕と奈緒の関係を勘違いする心情も理解出来ない。二人こそ拓哉が危ぶむ程の仲じゃないのか。後で密会して何をするのか拓哉も他の男子もそわそわしているんだぞ。
「い、言われなくても説明するわよ! 行こう春香、こんなバカほっといて」
「あ、ちょっと奈緒待ってよ。雅くんにも聞いてもら――」
「春香が話あるのは私なんでしょ? 良いから行くよ――」
奈緒が春香を引きずるように廊下へと連れだす。それは半ば逆切れした男が彼女を元彼から引きはがす時のアレに似ていた。春香さんは僕にも来てほしそうにしていたが、あの奈緒の口調を考えるとココは大人しくするべきだ。
「ほうほう、マジで二人は幼馴染なんだな。痴話喧嘩している様にしか見えないから不思議だ、本当に付き合ってないんだな?」
「拓哉もしつこいな。ただの幼馴染、一線なんて越えちゃいないよ僕たちは。それに、そっちのが拓哉も良いんじゃないのか?」
「当然、俺だって一年の頃から奈緒ちゃんを見てきたんだ、雅がその気じゃないなら俺だって本気出すぞ?」
ちょうど良いタイミングで今後の恋愛のために教室を歩き回り情報収集していた拓哉が戻ってきた。開口一番で杞憂ともいえる質問をして、その都度同じ返答をする僕を見て妙に安心したような表情をする。他の男子も同じことを何回も何回も聞いてきては笑みをこぼし、時たま握りこぶしで遠い目をするやつもいた。
どうも、拓哉は奈緒がお気に入りらしく、それが恋愛感情なのか憧れなのかは今のところはかり知れないけど、切れ長な目の奥にある瞳は本気だ。真っ赤な火炎が巻き上がっていてもおかしくない眼光を放っている。これが本来、男子高校生が持っているべき恋愛へのバイタリティなのだろうか。少しは僕も拓哉を見習った方がいいのだろうか。
でも、
「その気も何も僕にとって奈緒は奈緒で恋愛対象じゃない、きっと奈緒だって僕のことなんてお隣さんのバカとしか思ってないよ。それにな――」
「みなまで言うな。そんな悲しい事を言わないでくれ友よ。で、雅は春香ちゃんが気になるんだろ? 朝も廊下で何か話してたみたいだし、彼女に対する視線が他のとは違うからな。きっと奈緒ちゃんが言った友達宣言も、気を使える彼女ならではの助け舟なんだろ」
「ちょ、声がデカいって! 別にあれは奈緒が勘違いしていっただけで、やましい気持ちはこれっぽっちもない。」
年齢=彼女いない歴ってのを皆に知られただけでも、穴があればそこに入ってコンクリートを流し込んで欲しい状況だと言うのに、それ以上の公開処刑はご免なので拓哉顔面を鷲掴み弁解を試みる。とは言っても、弁解するものがないってのに我ながら女々しいとはは思うが……。
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