第11話 出会いと戸惑い
「ま、まーね。分かった、またあとでね春香」
「うん」
一言かかれば二言で返す。そんな奈緒が言葉をあえて飲み込む素振りをして席に戻っていく。奈緒のこんなそっけない対応は初めて見た。
お嬢様風の彼女とおてんば娘が会話したら、普通どう考えても奈緒が会話の主導権を握るべきであり、奈緒から会話の遮断を申し出て代わりに次の会話のアポイントを取る光景は想像も付かなかった。だから、奈緒と彼女のやり取りが不自然に見え首を傾いでしまう。
「あ、ほら雅くん拓哉君の番だよちゃんと聞かないと」
「え、うそはや」
そうこうしているうちにも自己紹介は進んでいて、奈緒と彼女に気を取られているうちに順番が目の前までに来ていた。
「俺は真田拓哉、今年必ず彼女をゲットして青春を謳歌する事をさっき友と誓った、今年もっとも熱い男だ。絶対に、どこのクラスよりも楽しいクラスにしようぜ!」
「おう! もちろんだ拓哉!」
「一緒に青春を謳歌しようぜ!」
力の籠った自己紹介に感銘を受ける男子が拳を天に突き上げる。話によると拓哉はサッカーの特待生としてこの学園に入学し一年間はスポーツマンらしく熱い日々を送っていたらしい。でも、秋に膝を故障し、今学期から一般生徒としてこの普通科に転入する事になったと言っていた。
そんな彼も、サッカーを止めてから自分の青春に甘酸っぱい色恋沙汰が無いことに気が付いてあんな事を宣言するまでに至った心情を考察すると、要は彼も僕と同じ恋に焦がれる少年と言う訳だ。
「拓哉くんと同じクラスなんて夢みたい!」
「サッカー辞めちゃったって聞いて心配してたんだよ」
「みんな! 特に女の子! 恋愛解禁したから、よろしくだぜ」
けど、その外見が僕みたいな優男とは格段に違い花があるから女子からは人気がある。まったく、スポーツマンとは得な生き物である。あの率先して面倒事を引き受ける性格もそれ故だろね。運動部特有のしがらみから解放された拓哉は今までのうっ憤を晴らすかのように、女子達に手を振りながら悠然とした立ち振る舞いで自席に着く。
「よし、次は雅、お前がかましてやれ!」
「え、僕には無理だよ」
「朝から奈緒ちゃんに抱き着いてた男が何をぬかす。ほれ、行って来いよ!」
ミスターガラスのハートとは僕の心を言うのに、昇降口での出来事を持ち出され、教室がまた騒がしくなり周囲から「何かやらかすぞ」って変な期待が籠る視線を向けられてはこの脆弱な心臓では心もとない。教卓へ到着する短い間に、妙案が浮かべばいいが。
「え、っと、ぼ、僕の名前はすぎゃ、菅野みゃ、雅って言います。そんな、拓哉みたいな事は言えないから」
呂律が回らない。やっと簡単なプロフィールを知ることが出来た級友達から眩しい眼差しを真正面から一手にぶつけられ心臓が潰れそうだ。それに、特別な感情を抱くあの子まで真剣に僕を見ているんだよ。平常心が荷物を纏めどこかへと逃げ出していってしまう。
「ふふ、噛み噛みじゃんよみやび、しっかりしなさ~い!」
「う、うるさいぞ奈緒! 僕はお前みたいにお転婆じゃないんだ」
「な、なにをー誰がお転婆娘よ! 男の子のくせして小心者なみやびにだけは言われたくないわよ!」
「だ、だれぎゃ、ショーシン者だ!」
「ほら、緊張して呂律回ってないじゃん!」
唯一、気心の知れた奈緒が茶化してくる。期待してるってこの事だったのかあいつ。僕が噛むのを予想していやがったな。満足そうに笑っている。まさか、これは朝の仕返しか?
「うるさいぞ、これから一年間よろしくおねがいしましゅ」
ホント、自分の気の小ささが嫌になる。拓哉や級友達の期待に応えられたのかは分からないが、爆笑する拓哉に「お疲れお疲れ良い夫婦漫才だった」と労われたのでココは奈緒に感謝すべきなのだろうか。
十人十色の自己紹介を自分も無事に終え、肩の荷が一つ降りようやく思考回路が平常運転し始め深呼吸をする。
「お、次は“春香”ちゃんか。要チェックだぜ雅」
「へえ、春香って言うのか。彼女らしい良い名前だ」
僕が終われば次はあの子の番であり、彼女は特に慌てる様子も見せず黒板の前に立ち、深々とお辞儀をしてから薄い唇を開いた。
「初めてお会いするみなさん、小鳥遊春香と申します」
その名の通りに春先の庭で小鳥が囀る様に、彼女――小鳥遊春香は自己紹介を始めた。
「趣味は音楽鑑賞と本当に趣味ですが、ある男の子の影響で歌を歌うのが好きです」
「はいはい、シッツモーン! ある男の子って誰ですか?」
宣言通りに初っ端からがっつく拓哉が身を乗り出し挙手をする。そこは他の男子も気になるのか頻繁に首を縦に振っている。彼女は美人だ、青春を生きる男子高校生ならぜひとも押さえておきたいポイントだ。
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