第10話 出会いと戸惑い
「すみませんでした」
主犯格の拓哉、大河の隣で同じく説教をされる僕も教頭から見たら主犯なのだろう。
「福田先生も福田先生だ! なんなんだねその恰好は? 教師として有るまじき服装だ」
「……、すみません」
何より可哀想なのは、新学期を迎えクラス替えで不安な生徒を元気づける為に仮装までした福田先生である。某軍団長の恰好をしたまま僕の隣で正座する福田先生の横顔は直視できないまでに陰鬱としている。きっと昨夜、寝ずに準備したに違いない。目の下にクマがなんとも痛々しい。
「まったく、まだ全員揃ってもいないと言うのに、何をバカ騒ぎしているんだか。まあ良い、一時限目はロングホームルームだからシッカリ生徒達に協調性を教育するんですよ福田先生」
「あれ、まだ揃ってなかったんですか。分かりました教頭先生、ほらお前ら行くぞ! そこの子も早く教室に来なさいみんなの自己紹介を始めるよ」
呆れ返る教頭先生はスーツの襟を直すと入学式が行われる体育館方面へと歩き出し、その進行方向に立っていた一人の女子生徒に「目が赤いようだが大丈夫か? 気分が悪いようだったら早く申し出るように」と声をかけ一階へと繋がる階段へと消えて行った。
その女子生徒も女子生徒で福田先生の視線に気が付き深くお辞儀をすると僕らの方へと歩いてくる。
「あ、き、君は」
福田先生と拓哉と大河はそそくさと床から立ち上がり教室へと戻って行き、少し遅れて僕も教室に入ろうかと思ったが、遅刻していたらしい女子生徒と目が合いその場で硬直してしまった。
「今朝はありがとうございます」
あの子だ。あの子がまた僕の前に立っている。あの時と同じ様に困った顔をして僕の落ち着きを失くす瞳を真っ直ぐに見つめて小さく会釈した。
「あ、え、もしかして同じクラス?」
「はい、私も二年F組です」
「へえ、そっか、ここがF組の教室だよ。扉はこうやって開けるんだ――」
じゃねーだろ僕! 何をすました表情で別に驚いていませんよ的な言動をしているんだ。あの子が同じクラスなんだぞ? また会いたいと思っていた彼女が、今こうして僕の前で微笑んでいるんだぞ! もっと喜べよ! 願ってもいないチャンスなんだぞ。
「まあ、騒がしいクラスだけど良い奴らばっかりだからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう思いつつも、上から目線になる。どうしてもっと気の利いた事を言えないんだ。どうして僕の方がこの空間を良く知ってるんだぜ凄いだろ? って面するんだよ。目が赤いよどうしたの? とか、教頭みたいに気遣い見せれれば僕の青春はもっと早く訪れていたかもしれない。が、それはさておきである。結果論なんて無意味である。意味があるのは目の前の現実だけだ。
運命の再会。桜色の通学路で出会った名も知らない彼女と、僕はこうしてまた出会い未熟で幼い心を気持ち良い力で締め付けられている。こそばゆい思いが心臓を駆け抜け、福田先生の僕らを急かす声も今は小鳥の囀りにも聞こえる。「さっさと席につけ二人とも」なんてどうでもいいくらい僕の心は今にでも踊りだしそうであった。
「あ、もしかして後ろの席?」
「そうみたいです、雅くん」
「え? な、なんで僕の名前知ってるの?」
驚天動地。彼女が僕の名前を呼んでくれた。僕はまだ彼女の苗字すら知らないと言うのに、彼女は何故か僕の下の名前を知っているのだ。もしかして「僕のこと好きなの? え、もしかしてちょっと前から僕のこと目で追いかけてた?」――なんて下らない妄想が膨らんでしまう。男は先走る生き物だから、ほんの数秒の間でいろんな妄想を広げてしまった。
「クラス表に書いてありましたからね。ふふ、変な雅くん」
「あ、あああああそっかそっか」――、穴があったらスライディングして入りたいレベルだ!
「おいおい、そこの問題児さっさと席につけーい! また教頭先生に正座させられるぞ」
「あ、すみません」
「新学期早々大変だね」
すっかり問題児扱いされ周囲から笑い声がおき急いで着席、彼女もクスクスと笑い自分の席、僕の後ろの座席に腰を下ろした。
「えーでは、全員揃ったし恒例の自己紹介を始めたいと思う! じゃあ適当にどうぞ」
教卓脇にパイプ椅子を持ち出し座った福田先生はそう言うと、小心者には辛い自己紹介を出席番号順に始める様に指示した。
このドキドキ感は、緊張からのモノと何か違うドキドキ感が混じり合っている。不味い、非常に嫌な汗をかいてきて彼女から借りているハンカチを握りしめてしまう。
「俺の名前は天野大河だ。趣味はこれ、ロックンロールの神様が俺に授けたこの熱きビートを聞いてく――」
「うちの名前は桜庭千春、みずがめ座のA型、趣味は料理とバスケットよ。あと、好きな男性のタイプは大人っぽくて経済力がある人で――」
個性的な自己紹介と言うか、自己主張をする新たな級友達。恥ずかしそうにする女子がいればそれを励ます女子もいる。かたやその一方で、突然ギターを取り出す奴もいればそれに合わせて机を叩く馬鹿もいる。それらを見ると級友に無関心な輩はいないってことがすぐに分かる。これは、僕の焦りと不安が無駄に増長させられる雰囲気ってやつだ。絶対に誰かしら僕の挙動に突っ込みを入れるやつが出てくるぞこれは。
「私の名前は佐藤奈緒って言います。これから一年間楽しい日々を皆と過ごせたらいいなって思っています」
「よ、奈緒ちゃん!」
「今年もよろしくね~」
なんだよ奈緒の奴、余裕の笑みで自己紹介を終わらせ黄色声援に手を振って答えている。クラス表を見つめていた昇降口では世界が滅亡するのを目撃した少女みたいな顔してたくせに心配して損した。結局、一体あの時の奈緒は何を考えていたんだろか。こちらに戻ってくる奈緒の表情はどうみても朗らかである。
「緊張してるでしょ? 期待してるわよみやび」
「……、べ、別に緊張なんてしてねーし」
人の心配を余所に悪戯っ子の笑みをした奈緒が僕の脇を通って自席へと戻っていく。
「あの、奈緒」
奈緒を呼び止めたのは彼女であった。
「え、な、なに?」
「同じクラスになれたね」
「そ、そうだね」
「なんだ奈緒、もしかして二人は友達なのか?」
初対面とは思えない会話が聞こえ身体ごと振り返ると奈緒と目が合う。彼女の方は白百合の様に奈緒に対して微笑んでいるってのに、奈緒君ってやつは、何をよそ見して僕を見ている。
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