第281話 殿軍と捨て奸
「停止っ! 全軍停止っ! 円陣を組み、全面警戒、防御の態勢っ!」
部隊最前列を駆けるランブロス。
彼は全軍に号令をかけた後、馬首を返して部隊中央へと急ぎ駆け戻って行く。
「オデッセアス様っ、前方に兵が。僚軍と思われます」
部隊中央。
彼はひと際大きい白馬に跨る士官の前へ到着すると、先行させていた斥候からの情報を報告する。
「そうか僚軍か。旗は、旗は掲げているのか? どこの部隊だ」
「はっ、深紅に金獅子の紋様、エレトリアのアエティオス軍と思われますっ!」
その名を聞き、様々な想いが去来するオデッセアス。
「そうか……アエティオスか……」
昨日。いや、実際の所半日前と言っても良いだろう。
オデッセアスはアエティオスに対し、会戦への参加を
つい数時間前までは二個連隊に騎兵を加え、およそ二千七百の大軍を預かる
しかし今はどうだ。
彼に付き従う兵は、およそ八十騎の騎兵を残すだけ。
「彼には……不義理をした……」
そう
「オデッセアス閣下っ、ここは……」
そう言い掛けた所で急に口を
本来は考えるまでも無い。
アエティオス准将が率いるのは、重装歩兵を中核とした特別一個大隊。
兵数的に十分とは言えないまでも、エレトリアの精鋭部隊である。
彼らに対し救援を求め、警護をしてもらえるのであれば、
しかし。
プライドの高いオデッセアスは、それを
幼少の頃より彼に仕え、その真面目さも、優しさも、そして高貴な血を受け継ぐ者としての
そんな彼に対し、救援を求めるべき……などと言う言葉は、絶対に口にしてはいけない領域の彼方にある。
「……」
結局は己が唇を噛みしめたまま、急に黙り込んでしまうランブロス。
「……ランブロスよ」
「はっ」
そんなランブロスの様子を見つめるオデッセアス。
「ランブロスよ。よくぞ
そこで彼は一旦呼吸を整える。
「しかし、私は
「本軍の大義であり
「ランブロスよ。急ぎ、アエティオス准将の元へ赴き、我が軍の受け入れを要請せよ。場合によっては、私がアエティオスの前へと出向いても構わん」
「はっ! 承知致しました」
それはまさに苦渋の決断。
しかし、指示を出すオデッセアスの表情には、その様な
その胸中たるや如何ばかりか……。
ランブロスはそれ以上の言葉を交わす事無く、急ぎ軍の先頭へ取って返すのであった。
やがて暫くすると、遠くの方から複数の
「どうどう、どうぅぅ……」
その男はオデッセアスの遥か手前で馬を停めると、自身の馬を別の兵士へと引き渡し、そのまま彼の馬前で敬礼の姿勢を取った。
「
「うむ。よろしく頼む、クロノス少佐」
「はっ! どうぞ、こちらへ」
クロノス自身はオデッセアスを先導しつつも、引き連れて来た騎兵達に指示を出し、リヴィディア城方面へと向かわせたでのである。
「クロノス少佐。あの者たちは?」
たった今、戦場から逃れて来たばかりのオデッセアスである。
数十騎とは言え、また戦場へと向かわせるのは、一体どう言う事なのだろうか?
「はっ、
そう、事も無げに話す
「
「はっ、二十二騎であります」
「二十二騎で
「はっ、彼らであれば、十分にその任を全うするものと考えます」
「そうか……」
その言葉を聞き、複雑な表情を浮かべるオデッセアス。
恐らく追手は、あの恐ろしい攻撃力を秘めた騎馬軍団であろう。
ほぼ敵の騎馬隊は無傷であったと考えると、その数はおよそ千騎。
その半数が追手になったとすれば、五百騎の騎馬軍団が迫り来る事となる。
わずか二十二騎の騎兵で、一体どれ程の事が出来ると言うのか?
「捨て
静かにそう
彼らはオデッセアス達が逃げ切る迄の時間を稼ぐ為、捨て石として配置される兵達なのであろう。
通常、
確かに
しかし、捨て
最初から
彼らは捨て石として後方から迫りくる敵軍に対し、全滅するまで戦い抜き、一分、一秒でも長く敵軍を足止めすると言う任務が課せられているのだ。
当然、退く事も逃げる事も許されない。
自分だけは、この『捨て
「そうか……現実はそう甘く無いと言う事だな。クロノス少佐、もし無事にメリシアへと帰還出来た
自分の為に命を捨てる若者たち。
それが戦場の常である事はもちろん
「はっはっは。その様なまわりくどい事はなさらずとも、どうせ後ほど戻って参ります故、直接本人に一言でもお声がけ頂ければ、十分であると思います」
さも、
「そうであるか。……そうだな。次にヤツらと会った時にでも、声を掛けてやるとしよう」
クロノスの
そう理解したオデッセアス。
彼は、次に彼らと出会う事になるであろうプロピュライアの門前で、どの様に感謝の言葉を述べるべきかについて考えてみる。
しかし……。
「いや、申し訳無いが、いま少し再会は先にさせてもらおう。私には成さねばならぬ事がまだある。お前達の死は無駄にはせんぞ。俺が行くまで、プロピュライアの門前で待っていてくれい」
オデッセアスはそう
◆◇◆◇◆◇
……翌日早朝。
オデッセアスが寝所となる屋敷から一歩外に出ると、そこには二十二名の兵士たちが。
その中央より進み出て来たのは、帝国内でも珍しい、燃える様な赤い髪と、グリーンの瞳を持つ青年。
「オデッセアス閣下、おはようございます。アエティオス軍、騎馬小隊を率いております、中尉のアトラスと申します。クロノス少佐からお話は伺いました。
「ちょちょ、ちょっと待て、アトラス中尉」
「は? はぁ……」
一夜漬けで覚えた渾身のセリフである。
それを途中で止められ、少々不満気のアトラス中尉。
それもそのはず、昨夜セルジオスを無理やり拝み倒して考えてもらったお礼の言葉なのである。
こんな形式ばった言い回しなど、そう何度も言えるものでは無い。
少なくとも『出だし』の部分なんかは、もうすっかり忘れてしまい、記憶の片隅にも残っていない。
途方に暮れた彼は、セルジオスに書いてもらった羊皮紙がある事を思い出し、ポッケの中を絶賛大捜索中だ。
と、そんな事など露知らず。
「アトラス中尉は、昨日、
何を当たり前の事を。
「は、はぁ。そうで御座いますですが……何か?」
既に敬語が無茶苦茶な状態となるアトラス。
そんな様子を、建物の陰からこっそり覗いていたセルジオス。
実は、彼の方が『顔面蒼白』の状態であった事を付け加えておく。
「ぜっ、全員帰還したと申すか?」
「はぁ、もちろん全員帰還致しました」
「一兵残らず?」
「一兵残らず」
「全員?」
「全員」
「本当にか?」
「本当に……って、
ついに半分
ちなみに、この時点で、セルジオスの方は既に気が遠くなり、その場でへたり込んでしまっている。
「あーっ、はっはっは! そうか、そうであったか、全員無事かぁ、それは良かった。それで? 敵軍はどうした? まさか追手は来なかったのか?」
「いえ、およそ五百の騎兵が追手として参りましたが、無事撃退致しました。もちろん、我が部隊だけでは無く、クロノス少佐の部隊と連携し……」
そう、さほど大した事でも無いかの様に話すアトラス中尉。
しかし、またしてもその話は、途中で遮られてしまう。
「そうか、そうであったかぁ。撃退したかっ! うむ、その話をもう少し詳しく聞かせてもらおう。さぁ、部屋の中に入りなさい。さぁ。中へっ!」
既に上機嫌のオデッセアス。
「はぁ……しかし……」
出がけに面倒な挨拶をサッサと済ませ、それから出撃するつもりだったアトラス中尉。
しかしその目論見は大きく外れ、その後三十分以上にわたって昨日の様子について質問攻めに合うと言う、非常に面倒くさい事に巻き込まれてしまう彼なのであった。
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