第263話 不意の変調

「まず第一に食料ね。途中で補給を受けた様だけど、七日間も走りっぱなしで、碌な食材も確保出来ていないわ。まずは、この砦を暫くの間維持できる様、出来るだけ沢山の食糧を確保しましょう」



 人差し指を立て、得意げに話し始める美紗。


 ただ、ルーカスが通訳するその内容を聞いて、ゴメスを含む幾人かの兵士達は、いぶかし気にお互いの顔を見合わせている。



『あぁ、それは分るが、どうやって食料を確保するんだ? 近くの町でも襲うって言うのか? ただ、この部隊は大方が技能奴隷ばかりだ。実際に戦える者は少ねぇ』



「はぁ? 何言ってるの? あんたバカなの?」


「……あぁ、ルーカスちょっと待って。今の言葉は訳さなくて良いわよ。えぇっとぉ、今後もし戦が長引く事を考えた場合、近隣の住民とは仲良くしないと駄目よ。しっかりお金を払って、食料を買い込むの。決して手荒な事をしては駄目よ。なんだったら、少し余計目よけいめに支払っても良いわ」



 美紗からの指示を、上位者世間知らず特有の無理難題と受け取ったのだろう。


 ゴメスは困り顔の中にも、何とか美紗に翻意ほんいを促そうとの意思が見える。


 なにしろ、ここで変な命令を受けてしまえば、結局最後に苦労するのは下っ端の兵士たちなのである。



『いや、そうしたいのは山々だが、そんな金、一体どこにあるんだよ。大体、戦の食糧は現地で略奪召し上げするのが普通だ。金を払って買うなんて聞いた事がねぇ』



 ゴメスの陳腐な言い訳に、大げさに呆れて見せる美紗。



「だーかーらー、あんたの頭は古いって言うのよ。は兵站がキモなの。まずはこの地に根付くぐらいの気持ちで、住民たちに接しないと駄目よ」



 そう話す彼女の横からルーカスがそっと一言。



「あぁ、『隊長の頭は古い』って所、訳してませんからっ!」



 そのどうでも良い報告に、思わず苦笑する美紗。



「それにお金の心配はしないで。ほら、これ……」



 彼女は腰紐にくくり付けていた短刀を取り外すと、無造作にゴメスへと差し出した。



「さっき来たお坊ちゃんがくれた短刀よ。彼の話だと、有名な……えぇっとぉ、ドンペリだか、ドンブリだかの作品で、私ぐらいの奴隷だったら、十人ぐらいは買えちゃうらしいから」



『ちょちょちょっ、ちょっと待て。ソイツぁトゥリンドベリじゃねぇのか?』



 横合いからその短刀を奪い取り、震える手で刀身を確認するパウロス。



『まっ、間違いねぇ。コイツぁ、伝説の刀匠トゥリンドベリの短刀だ。俺も出入りしていた貴族の屋敷で数回お目にかかった事があるだけだが、こんな刃文の浮かび上がった刀身は、トゥリンドベリ以外に見た事がねぇ』



親父おやっさん、コイツぁ、結構な値打ちもんって事なのか?』



 パウロスのあまりの興奮ぶりに、少々引き気味のゴメス。



『バカ言っちゃいけねぇぞ。値打ちも値打ち、大値打ちだ。この短刀一本で、小さな国、まるごと一つ買う事だって出来る代物しろものよぉ。……なぁお嬢ちゃん、悪い事ぁ言わねえ。これは大事に仕舞っておきな。金ならこの砦の金蔵かねぐらにいくらかはあるはずだ。何しろ、この砦中の金銀財宝、全てをかき集めても、その短刀とはつり合いが取れねえ……おい、ゴメス隊長さんよ。お嬢ちゃんがここまで腹くくってんだ。お前ぇさんも腹くくって、男気おとこぎ見せてやんなっ!』



 ただでさえ小娘に言い負かされ、百人隊長としての面目丸つぶれ状態のゴメスである。


 ここで男気おとこぎの話を持ち出されては、後に引こうにも引けないではないか。



『うっ……しっ、仕方がねぇなぁ。俺も男だっ。必要な金は払ってやるよ。他には何だい、何が必要だ?』



「うふふっ、ゴメス隊長、ありがとっ! 流石は隊長さんね。良い判断だと思うわ」


「それから、第二は、武器、武具の増産よ。矢尻や槍は消耗品。いくらあっても困る事は無いわ。これまでは移動の妨げになるから、最低限の武器しか携帯して無かったけど、ここを拠点とするなら、しっかり準備が必要よ。特に矢尻ね。砦の武器庫には古い武器が沢山あったけど、アレを使う事は出来ないかしら? それにを使うんだったら、早く火おこししなくちゃね」



 思わぬ提案に唖然とした表情を見せるパウロス。


 一体いつの間にこの娘は、砦の武器庫等を見て回っていたと言うのか。


 と言うより、一体何時の段階から、その必要性に気付いていたと言うのだろうか?


 しかも、鍛冶屋の専売とも言うべき、の事にまで話しが及ぶとは……。


 戦全体を俯瞰したその指摘に、思わず背筋に冷たいものを感じてしまう。



『……あぁ、確かに古い剣なんかが埃をかぶってたからな。アレを使えば矢尻は作れるぜ』



「それじゃあ、早速初めてもらっても良いかしら?」



 パウロスに向かって、満足そうに微笑みかける彼女。



『……そっ、それじゃあ、最後は何だ、確か三つあるって言ってたよな!』



 パウロスと美紗。


 二人の会話にわざと割って入る形で、次の話を切り出そうとするゴメス。


 なぜだか分からない。


 ミサから微笑ほほえみかけてもらっているパウロスを見て、軽いイラつきを覚えてしまったのだ。



「そうね。第三は、この砦の改修よ。この砦、かなり長い間使われて無かったみたいよね。ほりは泥で埋まってるし、へいの一部には欠けている所もあるみたい。皆が帰ってくるまでに、完璧な状態にしましょうか。だって、支援部隊は建築が得意なんでしょ?」



『あぁ、任せておけ。建築、建設は俺達の十八番おはこだ。戦に行ったヤツラがビックリするぐらい、この砦を修理してやるよぉ!』



『流石はゴメス隊長ね。ステキよっ!』



 一体誰に習ったのか。急にここだけ英語で話し掛ける美紗。



『おっ、おおう。そうかぁ? ……なんだな。うん、そうだ、そうだ。うん。とにかく全部俺に任せておけば大丈夫だ。安心しろ、俺が付いてる。俺が何とかしてやるぜっ!』



 美紗にかけられた一言で、急にテンションが上がるゴメス隊長。


 見た目とは裏腹に、意外と単純で純粋ピュアらしい。


 そんなゴメスの反応に十分満足した美紗。


 彼女は、続けて、周囲を取り囲む人達にも聞こえる様、大声で話し始めたのだ。



『私たちはエレトリアを離れ、遠くこの地までやって来たわ。それは何の為? 思い出して!』


『そう、それは、邪悪な侵略者たちから、私達の愛するを守る為に来たの!』


『貴方たちにとって守りたい物って一体何? 美しい奥さん? それに、かわいい子供たち?』



 美紗を取り巻く奴隷や兵士たちから、軽い笑い声が漏れ聞こえて来る。



『そしてもちろん、苦楽を共にして来た仲間同胞たち……よね。私たちは守らなければいけないわ。愛すべき人々を、そして、愛すべき祖国を!』


仲間同胞は戦場に向かったけど、戦っているのは、なにも彼らだけでは無いわっ!』


『私たちには、私達にしか出来ない事があるはずよっ!』


『さぁ、始めましょう! たたかいをっ!』


『そして守るのよっ! 私たちの愛する全てをっ!』



『『『『ウォォォ! ウォウ! ウォウ! ウォウ!』』』』



 彼女の熱い激励の言葉に、地面を踏み鳴らし、拳を突き上げる事で応える奴隷たち。


 彼らは半ば涙ぐみながらも、互いに手と手を取り合い、それぞれの持ち場へと駆け出して行く。


 そんな中、美紗は、何人かの奴隷たちとを握手を交わした後で、隣に控える少女の様な少年に声を掛けた。



『ブルーノ、さっきは助けてくれてありがとう』



『いいえ、とんでもありあません。お役に立てて光栄です。まぁ、ミサ様を助けた……と言うよりは、ゴメスさんを助けた……と言う方が正解かもしれませんけどね』



『え? それってどう言う……?』



『簡単な話ですよ。ゴメスさんが、あのままミサ様を連れ去ろうとしていたら、黙ってはいなかった……ただそれだけで……』



 と、少年がまだ話しを続けている途中にも関わらず、少年を押しのける様にして、一人の女性が美紗に抱き付いて来た。



『%$#&’&%#!!』



 民族衣装に身を包むその女性。


 美紗を抱きしめたまま、号泣し始めてしまったのだ。


 

『あぁ、大丈夫よベルタ。心配しないで、私の事なら大丈夫』



 自分よりも、頭一つ以上大きいベルタを、優しく慰める美紗。


 はたから見ていると、そのデコボコ具合がとても微笑ほほえましい。


 実際、彼女ら二人を取り巻く人々からも、少し呆れたような笑い声が聞こえて来る始末だ。


 ……ただ、一番最初にそのに気付いたのは、ベルタであった。


 自分を抱きしめる優しい美紗の手から、なぜだか次第に力が失われて行く……。


 不審に思った彼女は、美紗の額にそっと手を乗せてみた。



『&%$#’’$”!!』



『どうしたの? ねぇさん』



 突然慌て始めた姉を不審に思い、二人に駆け寄るブルーノ。



『!!』


『ルーカスさん! 大変だっ、ミサ様が、ミサ様がっ!』

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