第222話 美紗編 Ⅰ

「悪いわねぇ。お客様なのに、こんな事までお手伝いしてもらっちゃってぇ」



「いえいえ、とんでもありません。是非やらせて下さいっ! しっかりこの味を覚えて、慶太さんに喜んで頂きたいんです!」



 ……はぁ、良かったぁ。


 お様がとっても優しそうな方で。


 今思えば、ここに来るまで、アッと言う間の出来事だったわ。


 だって、一昨日おとといの飲み会の後、私が真琴の部屋でウジウジしてたら、飯田君から突然の電話が。


 話を聞いたら、慶太君が私にフラれたとして、実家に帰るらしい……って言うじゃない?


 もぉ。本当に驚いたわよぉ。


 私が何時いつ、慶太君をフッたって言うのかしら。


 そんな事、一言ひとことも言って無いわよ。私っ。


 確かに道玄坂で『尻』を撫でられた時は、あまりの事に驚いて、平手打ちしちゃったわよぉ。


 だってそうでしょ?


 男の人と手も握った事が無かったのよぉ。私っ。


 それなのに、慶太君ったら、私の『尻』を撫でたの。


 いえいえ、『尻』を撫でるのは良いのよっ。だって、私の身も心も慶太くんの物なんだから。


 なんだったら、全部差し上げても良いのよ?


 でもね。は駄目なの。


 何しろ、あの時は最終兵器ガードル装備中だったのよ。


 だってそうでしょ?


 自分の彼女の尻がだなんて、あなた信じられる?


 私は無理。絶対に無理。


 だって、私の『尻』が鉄板だなんて、絶対に慶太君に思われたく無いんだものぉ。


 しかもよっ!


 私が、そのまま渋谷駅の方へ『少し怒ったてい』で歩いて行ったのに、全然追いかけて来てくれなかったのよ。


 そんな事って……なくない?


 少なくとも自分の彼女をちょっぴり怒らせたんだから、直ぐに追いかけて来て、『ごめんね』の一言でも掛けてくれるもの……って思うわよ。普通ね。


 だって、そうでしょ。


 そう言うものだもの。


 あなたレディコミレディースコミック読んだ事無いの?


 そう言う時は、後ろから追いかけて来て、壁ドンに持ち込むなり、背後からそっと抱き締めるなり、それはそれは、沢山のバリエーションが用意されているものなの。


 もう、その新たなシチュエーションへの期待感に、私なんて道玄坂を下りながら、半分笑いが止まらなかったわよ。


 もう、途中ですれ違ったおじさんなんて、私の顔を見てドン引きしてたもの。


 でも、そんな事はどうでも良いの。


 知らないおじさんに何て思われようと、慶太君が私を見ていてくれさえすれば、それで良いの。


 だから、もちろん慶太君が追って来てくれたら、休める所に行くつもりだったわよ。


 実は、しっかりの地理も頭に叩き込んであったのよ。


 そりゃそうでしょ。


 だって、ガードルを脱ぐのは大変なのよ。


 しっかり準備できる所に連れて行くのが、男の子としてのマナーってものだと思う訳よ。


 えぇ、もちろん、我慢できなくなって『尻』を撫でた事ぐらい、一度も男性とお付き合いした事の無い私にだってわかるわよ。


 レディコミから仕入れた情報は伊達じゃないのよ。


 だから……。


 キキキ、キス……ぐらいなら、そそそ、その場でOKしたわよっ。


 ほほほ、本当よ。本当なのよ。


 でも、本当は、もっと海辺とか、満天の星空の下で……とか。


 そう言うのが、……本当はよ。本当は良いなぁ。って思う訳よ。


 だって、初めてのキスなのよ。


 生まれて初めてなの。一度もした事が無いのよ。


 それが、道玄坂って……どうなの?


 いやいや、道玄坂だって、とっても良い街よ。


 全然大丈夫。えぇ、嫌いじゃないわよ。


 でも本当の事を言うと、違う所の方が良かったかなぁ。って思ったりして……。


 いえいえ、でも、慶太君がそれで良いのなら、もちろんOK。


 でもキスだけっ! えぇ、キスだけよ。


 揉んじゃ駄目。えぇ、絶対にダメ。


 だって、それは……もとい。は、私じゃ無いんだもの。


 最愛の慶太くんに、部分を揉ませる訳には行かないのよぉ。


 ……ふぅ。


 ごめんなさい。一昨日おとといの事を思い出して、ちょっと熱くなっちゃったわ。


 まぁそんなこんなで、取る物もとりあえず、荷物をまとめて慶太くんの実家まで来ちゃったって訳。


 はぁ、それにしても、この家って、女子率じょしりつがとっても高いのよねぇ。


 男性って言えばお義父とう様だけ? みたいね。


 ちょっとびっくりしちゃった。


 遥名はるちゃんに聞いた所によると、みんな慶太君の幼馴染おさななじみの様ね。


 この家に来る途中で、色々と教えてもらったの。


 まずは、となりで魚をさばいているのが、アルねぇ


 年齢は、私より二つぐらい上らしくて、おばあ様が運営されている教会と保育所で働いている様ね。


 とっても気さくな人で、さっきから色々と話し掛けてくれる。


 なんだか、良いお姉さん……って感じ。


 でも、油断は禁物。


 なんでも、この家で暮らしているって事だから、完全に要注意人物確定ね。


 早めに彼女のを確認しておく必要があるわ。


 それにしても、あの一流の料理人もかくやと言う包丁さばき。


 一体どう言う事なの? 只者ただものでは無いわ。


 私も高校時代……そう、それは暗黒の時代とも呼べる期間だった。あぁ、でも今お話しすると長くなるから、また今度ね。


 その頃の私の楽しみは、とにかく食べる事だけ。


 パパに頼んで、色々な一流店に通い詰めていたわ。


 元々、ヲタク体質の私は、すっかり美食の道にのめり込んで行ったのよ。


 そんなセミプロ級の私の目から見ても、異次元のレベルね。


 それに、見る人を優しく包み込む様な愛くるしい笑顔。


 にも関わらず、アンバランスな……アンバランスな……。


 って、本物なの? それ、本当にあなたの物なの?


 中身……詰まってるの? 全部、それ、本当におっぱいで出来ているの?


 はうはうはう!


 外人の娘って、いったい何を食べたらこうなるのかしら?


 だって、出ている所はとんでもなく出ているのに、出て無い所は、とんでもなく締まってる。


 何なの? あなた、何者なの?


 そんな貴女あなたに、あえて、あえて言わせてもらうわ。


 まずは、ユ〇クロのグレージャージは止めなさい。


 えぇ、さっきも聞いたわよ。


 とっても肌触りが良くって、着心地が良いって。


 でも、でも、そんな事じゃ無いのよ。


 そんな事じゃ無いの。


 私が言うのも何だけど、貴女あなたに送るベストな言葉を私、知ってる……それは。



たからぐされ……」



「へ? どしたん? 何んかうたん?」

(翻訳:えっ? どうしたの? 何か言いましたか?)



「あっ、いえいえ、何でもありませんよ。えへへへ」



「そうなん? ならかったぁ。にしても、美紗ちゃん、ちっちゃくて可愛かわいいねぇ」



「え? えへへへ。そうですかぁ」



 余計なお世話よっ!


 確かに小さいわよっ。こじんまりしてるわよっ。


 私、日本人としては、平均的な方よっ……って言うのはうそよっ。


 ごめんなさい。神様、ちょっと見栄を張っちゃいました。


 本当は平均以下です。えぇ、平均以下ですとも。


 身長はほぼ平均あるんです。


 でも、でも、そこだけは……。


 私、大学に入ってからダイエットしたの。


 人間、やせる時って、一番やせて欲しくない所から、順番に痩せて行くのよねぇ。


 いったい、どういう不条理ふじょうりなのかしら。


 私には皆目見当かいもくけんとうもつかないわ。


 って言うか、高校の時だったら、もっと大きかったのよ。


 えぇ、本当よ。


 めっちゃ、たっぷりあったもの。もう、かかえるぐらいあったもの。


 でも、他の部分もかかえるぐらいあったけどね。


 ……はぁ。


 そんな事はどうでも良いのよ。


 願わくば、彼女が私のライバルにならない事を祈っているわ。

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