第213話 貴族行列事情

 ――シャラン……シャラン……



 すずで、透き通る様なその音色ねいろ


 それは、先触れ役の奴隷が持つ、小さなすずから発せられていた。


 沿道えんどうに集う人々は、その音色ねいろに思わず感嘆かんたんのため息をつく。


 これほど美しい音色ねいろを持つすずは、見た事も聞いた事も無い。


 もちろん、すず自体は、特に珍しいものでは無い。


 玄関の入り口や、宝飾品に取りつける小さなアクセサリーとして、幅広く民衆の生活の中にも取り入れられている。


 しかし、その素材は、素焼きの粘土や青銅製である事が多く、現代日本人の感覚からすると、『鈴』と言うよりは『ベル』に近い存在だ。


 しかし、このすずは違う。


 恐らく貴重な鉄をふんだんに使い、たくみわざにより極限まで薄く引き伸ばす事で、この澄んだ音色ねいろを実現しているのであろう。


 それはまさに、この鈴を持つ主人の途轍とてつもない財力を示すバロメータの一つとも言える。


 しかも、その引き連れる従者や奴隷の数のなんと多い事か。


 豪商ごうしょうやエレトリア参議など、特に裕福な者達が、己の財力を誇示こじする為に、複数名の奴隷を引き連れて歩く事は多い。


 しかし、この行列は、その規模が違った。


 列の先頭には先触れ役となる男奴隷が四名。往来の人々をかき分ける様にしながら、一行が進むべき道を確保して行く。


 その後ろには護衛の儀仗兵ぎじょうへいが十名。


 自身は屈強な奴隷四名が担ぐ輿こしに乗り、行列の中央に。


 但し、輿こしの周りには、主人のめかけと思われる妖艶な美女達十数名が、ぐるりと取り囲んでいる。


 更にそのうしろには、後続の儀仗兵ぎじょうへいがもう十名。


 そして、一行の殿しんがりを務めるのは、文官を含めた三十名近い奴隷達。それらが整然と付き従っているのである。


 奴隷とは、資源であり資産である事は、既に述べた。


 これも現代日本と無理やり比較したとすれば、娼館から自宅に帰る道すがら、高級外車70台程をひけらかしながら、そぞろ歩いている様なもの……と、言えなくも無いだろう。


 但し、これを『あざとい』と言うなかれ。


 この世界、この時代では、己の権力を誇示する事で、被護者クリエンテスを増やすと言う、非常に大切な政治活動の一環なのであった。



 そして面白いのが、この先触れ役の仕事である。


 確かに、出店でみせ屋台やたいなどがのきつらねる大通りである。


 道幅自体が狭くなっているのは間違いない。


 しかし、本来、馬車二台が十分にすれ違うだけの広さがあり、一般の通行人に対して、そこまでする必要性はあまり感じられない。


 この先触れ役の本当の力は、往来おうらいを行く人々に対してでは無く、自分の主人と同様に、輿こしに乗る貴族階級の行列とすれ違う際に、初めて発揮される事になるのである。


 まず、先触れ役の奴隷は、相手側の家紋を目ざとく見つけると、自分の主人のランクと照らし合わせて、どちらが道を譲るべきかについての思案を巡らしながら、相手側の先触れ役と交渉を始めるのだ。


 場合によっては相手を脅し、なだめすかし、必要に応じて金を掴ませる。そうする事で、道を譲らせるのが、彼の仕事なのである。


 つまり、交渉事こうしょうごとけ、かつ貴族間の裏事情に詳しい者が、先触れ役として抜擢ばってきされていると言う事になるのだ。


 マロネイア家の様に、あからさまに階級の高い貴族であれば、さして問題は無いだろう。


 相手の貴族に対して、として多少の金さえ渡せば、何の文句も言わずに道を空けてくれる。


 と言う事は、わざわざ金を渡すまでも無いとも言えるのだが、そこは優越者の余裕と言う所か。


 相手貴族のランクに応じて、幾許いくばくかの金を掴ませてやる。それも、上級貴族の責務と言えるのだろう。



 ――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……



 更に続くは、規則正しい軍靴ぐんかの音。


 先触れ役が通り過ぎ、大きく開かれた通りの中央を、短槍に簡易盾を持つ儀仗兵ぎじょうへい悠々ゆうゆうと進む。


 これらの儀仗兵ぎじょうへいは、もちろん護衛を主目的とする精鋭達である。


 ただ、元々治安の良いエレトリア。しかも、マロネイア家のお膝元ひざもとともいえるダウンタウン。


 彼らの兵装は、完全に見栄えを第一義としたきらびやかな物でしかない。


 そんなエリートとも言える彼らを前に、若い娘達から黄色い歓声が巻き起こるのも致し方の無い事だろう。


 更に続くは、妖艶ようえんな美女達。


 もちろん、正夫人ナンバーズに数えられる様な、上位のめかけ達がこの行列に付き従う訳が無い。


 この輿こしの周りを歩くのは、多少のあるメイドレベルである。


 とは言え、デルフィ地区にある中堅の娼館であれば、トップキャストを張れるだけの美貌を持った娘達なのである。


 ある者は、籐籠とうかごに入れた美しい花びらをふり撒きながら。


 そして、ある者は、シルクのベールをまといつつ、輿こしの周りを舞い踊りながら進んで行くのである。

 

 沿道えんどうを埋める観衆かんしゅうからは、彼女達の踊る仕草に合わせて、大きな歓声やどよめきが巻き起こって行く。


 そして、行列の中央。


 ついに豪奢ごうしゃ装飾そうしょくほどこされた輿こしが、その姿を現した。


 確かに。


 四人の奴隷に担がれた輿こしの中、強い日差しを遮る為に掛けられた薄いレースの御簾みすの奥には、見覚えのある人影が。



「……アゲロス」



 少女は声にならない声で、その男の名前をつぶやいてみる。


 そして、更に用心深く輿こしの周りをうかがう彼女。


 輿こしのすぐそばには、サロスとタロスの二人がしっかりとその両脇を固めている。


 流石にこの二人が揃っていては、付け入るすきが全く感じられない。



 ――ギリッ……



 思わず歯噛みする少女。


 ただ、彼女にあせりは無かった。


 何しろ、見つけたのだ。


 ついに見つけたのだ。因縁いんねんタロスアイツを。


 最愛の父母ちちははを殺し、自分の命よりも大切な姉を死へと追いやった男。


 とその時、輿こしの傍に控えていたサロスが、御簾みすに向かって二言、三言、返事をした後、元来た道へと走り去ってしまったではないか。


 何か問題でもあったのだろうか?


 既に一行からは遠く離れ、姿が見えなくなってしまったサロス。


 鉄壁の防御が今……崩れた。



殺すヤルなら今だ……」



 突然訪れた千載一遇の機会チャンス


 彼女の視界に映るのは、タロスその男ただ一人。



 ――ドクン、ドクン、ドクン!



 頭の中に鳴り響く鼓動。


 それは彼女にとって『速やかに殺せ!』との天啓てんけいに他ならなかった。

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