第179話 幻の六連コンボ
「キャーーーー!」
突然の叫び声に、ドアノブを掴んだままの状態で
彼女は器用にも、首だけでゆっくりと振り返る。
「いっ、いやぁ。わわわ、私の
訴えかけるその瞳には、早くも薄っすらと涙が浮かんでいる。
一体何が起こったと言うのか。
もちろんテレビが発達している訳でも無く、かと言って観劇等が広く一般化している訳でも無い世界である。
日頃の生活の中で、女性の悲鳴を聞く事など
「うぉっ! 皇子様の必殺技が炸裂したっぽいですねぇ!
なぜだろう……一人だけ目を
「あれ? どうしたんですか、先輩っ! 見るなら今しか無いですよ。このままフォールされちゃったら、皇子様の勝利で間違い無さそうな感じじゃ無いですかぁ」
ミルカはそう言うなり、マリレナの開けたドアの隙間から、中を覗き込もうと
しかし、マリレナがドアノブを握りしめたままの姿で固まっているので前に進めない。
「もぉ、
ミルカはマリレナの脇の下へ『スルリ』と体を滑り込ませると、そのままドアの中へ。
伊達に格闘技フェチでは無さそうだ。器用なものである。
「さてさて、どの様な大技が炸裂したんですかねぇ。キシシシシッ!」
彼女は少々
……すると。
「皇子様っ! 皇子様っ! 大丈夫ですか? しっかりっ!」
またもや女性の声が響き渡る。
「はて? さっきはリーティア様の悲鳴だと思ったんですけど、どうやら倒れているのは皇子様の様ですねぇ。って言う事は、皇子様の必殺技をリーティア様が先読みしてらして、カウンターを合わせて来たっちゅー事ですね。うーん。納得です。流石は我らのリーティア様。しっかり
――ガゴッ!
テルマリウム入り口手前で腕を組み、これまでの攻防に思いを馳せるミルカ。
そんな彼女の後頭部からは、
「
後頭部を勢いよく擦りながら振り返ると、そこには冷たい目をしたクロエが立っていた。
しかも、彼女の右手にはなぜか
「クロエさん! ダメっす。マジでダメなヤツっす! 凶器じゃ無いですか! 凶器はダメですよ、凶器はっ! って言うか、いくら純金製とは言っても硬いんですよ。だって、ちょっと
更に言い募ろうとするミルカに向かって、クロエが一言。
「
彼女はそう言うなり、手に持っていた純金製のオイルランプをもう一度振り上げたのだ。
「ひぃぃぃ!」
ミルカはその場で頭を抱えてしゃがみ込む。
ちょうどその時。
「
入口のドアから落ち着いた女性の声が。
「はぁぁっ! 助けて下さい、アドナ様っ! クロエさんが、クロエさんがご乱心でっ……」
――ゴンッ!
ようやく自分の話を聞いてくれそうな
そんな彼女の後頭部からは、
「あぁ、ごめんなさい、ミルカッ。大丈夫? でもダメよっ、そんな所で
今度はテルマリウムの方から駆け出して来たリーティア。
薄暗い脱衣所に
「くーっ! リーティア様、酷いっ! 絶対見えてたっす。見えていない訳が無いっす。って言うか、クロエ様が目の前でオイルランプ振り上げてる真っ最中っすよぉ。絶対見えて無いなんて……むぎゅー」
そんなミルカの
「あぁ、クロエさん、それからアドナさんもっ! 大変なんです。皇子様がっ、皇子様がテルマリウムでお倒れになって!」
リーティアのその言葉を聞いたアドナとクロエ。
二人は顔を見合わせるなり、急いでテルマリウムの中へと駆け込んで行く。
「はわわわわっ、どうしましょ。どうしましょう! 皇子様が、皇子様がぁぁ」
かなり取り乱し気味のリーティア。
「リッ、リーティア様ぁ。ととと、とりあえず私を踏んづけてるこの『おみ足』を、とりあえず
うつぶせの状態で、未だリーティアの足下に横たわるミルカ。
「あぁ、ごめんなさいっ! 私とした事が、気が動転しちゃって!」
早速ミルカの背中に乗ったままの足を退けるリーティア。
「……いやぁ、別に良いんですよ。リーティア様のボケは一回きりですからね。これがクロエさんや先輩なんかだと、『天丼』狙って来ますからねぇ。もう、本当に危険が一杯ですよぉ。はぁ、やれやれ、ようやくこれで……」
――ゴンッ、ミシッ!
軽くなった背中にようやく安堵し、ゆっくりと腕立ての要領で起き上がろうとするミルカ。
そんな彼女の後頭部からは、
しかも今度は、その顔面側からも痛そうな音が。
「何事です、リーティア」
そこには、ミルカの後頭部に足を乗せたままの格好で屹立するダニエラ大司教の姿があった。
「あぁ、大司教様。実は皇子様がテルマリウムで突然お倒れになって! 私、どうして良いかわからず……」
とにかく訴え掛ける様に説明するリーティア。
そんな取り乱したリーティアの様子を見て、ダニエラは一瞬だけ眉根を寄せる。
本来、奴隷であれば、まずは主人の命を第一に考え、適切な対処を取るべきである。
しかも、彼女は第一奴隷の身。
今後いやがうえにも増えて行くであろう、奴隷達を育成し、従えて行かねばならないのである。
その将来に一抹の不安を感じてしまう彼女。
しかし、リーティアはまだ若い。
今後色々と教えて行けば、ゆくゆくは立派な第一奴隷として皇子様に仕える事も出来るだろう。
そう、第一奴隷を
その点に思い至った彼女は、ついに眉間のシワも消え、温和な微笑みをもってリーティアに接し始めたのだ。
「リーティア。さぞ驚いた事でしょう。でも大丈夫。きっとアドナが何とかしてくれますよ。でも、第一奴隷のあなたが、そんな風に取り乱してはダメ。他の侍女や奴隷達に示しが付きませんよ。ほら、涙を拭いて……」
そっとリーティアの涙を拭うダニエラ。
「ありがとうざいます。大司教様。私、あまりの事に気が動転してしまって……」
「いいえ、良いのよ。分かってくれれはそれで……」
彼女はリーティアにそう優しく告げた後で、今度は自分の後ろに控えているドルカの方へと振り返った。
「ドルカ。アドナの指示に従って、皇子様を寝室の方へと運びなさい」
「はい。畏まりました」
ドルカは礼儀正しく一礼すると、テルマリウムの方へと駆けて行こうとするのだった。
「……って、ちょっと待ったっ!」
「ドルカッ! あんた今、私を踏もうとしたよね。マジで踏もうとしたよねっ! あんたはダメ。
ミルカの後頭部に乗せていた右足に、もう一度体重を掛けるダニエラ。
「あら、ごめんなさい。また踏んづけちゃったわ」
「あぁ、ダニエラ様。同じ人が二回連続で同じボケをしたら、コンボにはなりませんよぉ」
少し残念そうに話すリーティア。
ここは太陽神殿、皇子様のお屋敷内にあるテルマリウム。
残念ながら今日のボケコンボは五連発で打ち止めとなった。
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