第151.植木の下に居るのは……

「誰だっ!? そこで何してるっ!」



 庭園中央部から、三人の兵士が誰何すいかしながら駆け寄って来る。


 兵士達の巡回していた噴水のある場所から、ルーカス達のいる所まではかなりの距離がある。にも関わらず、この暗闇の中で少年達を見つけたのは、流石さすがとでも言うべきか。



「……ミランダ。君は見つかるとマズい。急いで植木の下に隠れて!」



「うっ、うん。分かった。ルーカスは?」



「あぁ、僕は大丈夫だよ。元々、許可をもらって入って来たんだからね」



 ミランダは最後にもう一度だけルーカスの腕を『ギュッ』と胸にいだくと、名残惜しげに、その腕を離し、植木の下へと身を沈める。



 そこでようやく、兵士達が少年達の近くまで到着。


 三人の兵士の中で、一番の年長と思われる兵士が、短槍を突き付けて来たのだ。



「お前達っ、頭の後ろで腕を組めっ!」



 ここで逆らっても良い事は無い。少年二人は兵士に言われた通り、頭の後ろで腕を組み始めた。



「おい、お前達っ、そのまま膝を付け!」



 その屈辱的な命令に、一瞬クリスの瞳の奥に反骨の光が灯る。


 しかし、彼も伊達にマヴリガータに所属している訳では無い。


 すぐに、下卑た『作り笑いの仮面』を被る事で、己の本心を覆い隠してしまう。



「旦那ぁ、ちょっと待って下さいよぉ」



 クリスが半笑いの体で、兵士へと話し掛ける。



「黙れっ! 俺が質問する。お前はしゃべるなっ!」



 その年長の兵士は、全く聞く耳を持たない。尚も短槍を強引に突き付け、強制的に命令に従わせ様として来るのだ。



「へい、へい」



 抗う事の無意味さを悟ったクリスとルーカス。二人は言われた通りに兵士達の前へと膝を屈した。



「おい、ヤニス。落ち着けよ。どうやら子供みたいじゃねぇか」



 三人の内、最後尾にいた兵士が話に割って入って来た。


 まだ若そうなその兵士の胸には、赤く小さな紋章が刻まれている様だ。恐らくこのチームのリーダ格なのであろう。


 最初から強引に話を進めようとしていたヤニスは、自分よりも年下の、この上官が気に入らないのか、かなり不満気ふまんげな様子。



「おい、お前達。どうやってここに忍び込んだ? ここは、マロネイア様のお屋敷だって事ぁ、いくら子供だって知ってるだろ? まさか、ここへ盗みに入ったか?」



 そのリーダ格の兵士は、少年達の目線に合わせる様にしゃがみ込むと、クリスの頭に手を乗せ、少年の髪の毛を『くしゃくしゃ』と掻き混ぜ始めたのだ。



「とんでもねぇ! もちろんそんな訳ねぇよ。そんな事してちゃ、命がいくつあったって足らねえさ!」



 クリスは嫌そうな素振り一つ見せず、愛想の良い笑顔を浮かべながら、成すがまま、髪の毛をもてあそばれている。



「ははは。ちげぇねぇ。で……、お前達は何者なにもんだ?」


「先に言っとくぞぉ。俺達もお役目で聞いてるんだ。きっちり裏ぁ取るからな。嘘言ったってバレるかんなぁ……」



 クリスの返答に大声で笑い返しながらも、次の問いには、有無を言わさぬ脅しの雰囲気が加味されている。どうやら、伊達にリーダ格では無さそうだ。



「へへへ。嘘なんか言うもんかい。俺達だって、ちゃんとお役目でこの屋敷に来てるんだからよぉ」



「あぁん? お役目ぇ?」



「あぁ、そうさ。俺達は、こう見えても、黒猫ギルドマヴリガータの一員さ!」



 その話を始めたクリスは、既に鼻高々の様子。



「はぁぁぁ? マヴリガータァ? それじゃあ、お前達、『汚れ役』のマヴリガータだって言うのか?」



「あぁ、そうさ。すげぇだろ! まぁ、まだ舎弟だけどよぉ」



「はぁ、そうかい……ちょっと手ぇ見せてみろ」



 言うが早いか、リーダ格の兵士はクリスの右手を掴み寄せると、別の兵士が持つ松明の方へと翳してみる。


 確かに、洗礼は受けていない子供の様だ。洗礼を受けた者に必ずある『神の文様』が見当たらないのだ。



「確かに紋章はねぇなぁ。しかし、俺ぁお前の所の若頭わかがしらさんだって知ってるんだぜぇ。まさか嘘じゃあるめぇな。もし嘘だと分ったら、そのままマヴリガータに引き渡しちまうぞ!」



「へへ。嘘なんか言うもんかい。俺の兄貴は、その若頭のエニアスさんなんだからよぉ」



「ほほぉ。若頭の名前を知ってるのかぁ。まぁ、確かに若頭の名前は、エニアスさんだけどもなぁ……。そうは言っても、エニアスさんも有名人だからなぁ。お前が知ってたって、不思議じゃねぇ……」



「んだよぉ。面倒臭いなぁ。どうすりゃ信じてもらえるのさ!」



 不満気ふまんげに唇を尖らせるクリス。しかし、横合いから年長そうな兵士ヤニスに槍の石突で小突かれ、渋々元の様に頭の後ろで腕を組み始める。



「ヤニス! 止めとけよ。まだ子供だぁ」



 ヤニスの行動を軽く静止するリーダ格の男。


 更に質問は続く。



「とりあえず、お前達、ここで何してたんだ?」



「あぁ、簡単な事さ。エニアスの兄貴から、タロス様を呼んで来いって言われたから、庭園の方に探しに来たって訳さ」



「ほぉぉ。タロス様を探しになぁ」



 少し驚いた様子の兵士。



「あぁ、そうさ。今日はタロス様に呼ばれて、一仕事終わった所さ。だから、タロス様にご報告しなきゃなんねぇから、探しに来たって訳さ」



「ふぅぅん、辻褄つじつまは、合ってそうだなぁ」



 右手で顎を擦りながら、思案顔のリーダ格の兵士。


 丁度そこで、松明を持つ一番若そうな兵士が、そのリーダ格の兵士へと尋ねて来る。



「……バウル副長、どういう事でしょう?」



 背後から質問を受けたリーダ格の兵士バウルは、首だけをその兵士へと向けて、半分呟く様に返答する。



「あぁ、隊長から今日はマヴリガータ呼んでるから、門の所に来たら入れてやれって言われてたんだよなぁ……」



 その話を横で聞いていたクリスは、急に元気に。



「ほらほらほらぁ! そうだろ、そうだろう? 俺は、なんにも嘘は言ってぇってぇ」



 ――ピシッ!



 バウルはもう一度クリスの方へと向き直ると、少年の鼻の頭を中指ではじく。



「……って!」



「まぁ、そうは言っても、裏も取らずに『無罪放免むざいほうめん』って訳にも行かんからなぁ。ちょっと守衛所まで来てもらおうか。……おい、こいつ等に縄を打て」



 バウルはやおら立ち上がると、後ろの二人へと指示を出した。



「「はっ!」」



 問答無用である。


 命令を受けた二人の兵士は、腰に纏めてあった荒縄で二人を縛り上げようとする。



 ……その時。



 ――パキッ!



 少年二人の後ろで、小枝の折れる音が響いた。



「んっ? まだ誰かいるのか!」



 年長の兵士ヤニスは、二人の後ろにある植木に向かって短槍を構え直す。



「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよぉ。おい、ルーカス、お前も何とか言ったらどうなんだよっ!」



 慌てたクリスは、隣にいるルーカスに無茶振りだ。



「あぁ、あのっ! だっ、誰も居ません! だっ誰も……」



 全く言い訳になっていないルーカス。


 しかも、それでは『誰か居る』と公言しているのと同じ事だ。


 その様子を見たクリスは思わずガックリと肩を落とす。



 しかし、ここでまたもや、バウルが話に割って入る。



「おぉん? ルーカスだってぇ? お前っ、ちょっと顔見せてみろ」



 バウルは、若い兵士から松明を奪い取ると、ルーカスの顔の近くに松明を寄せて、その顔を確認。



「おぉ、本当にルーカスだなぁ。お前、今日の朝も来てたじゃねぇか?」



「えぇ、今回は、マヴリガータの仕事で呼ばれまして……」



「あぁぁ、そうだったなぁ。お前、時も、テオドロスさんが最後までお前の事を庇ってたからなぁ。まぁ、お前だったら……」



 半分納得し掛けたバウル。しかし、年長の兵士ヤニスが彼の耳元へと顔を寄せる。



「……バウル副長……ちょっと」



「あぁ、どうした?」



「いや、こいつらの後ろの……あの植木の下。やっぱり何か居ますよ」



 ヤニスの視線は、完全にルーカスの背後にある植木へと向けられている。


 結果、自分達への監視が薄れた事を敏感に悟ったクリスは、急ぎルーカスの耳元へと話し掛けた。



「おい、ルーカス。兵士が『女』を見つけちまったら、いちばちか、こいつら全員片付けるからなっ」



 クリスはそれだけを告げると、そっと腰のダガーの止め紐を解き始める。


 ルーカスも覚悟を決め、つい今しがた、クリスにもらったばかりのダガーに手を伸ばし始めた。


 正直、生まれてから一度も武器など触った事も無いルーカスである。


 しかし、彼女を守る為、彼の決意は固く、不動のものとなっていたのだ。



 ……その時、植木の下から『』が聞こえて来た。

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