第138話 ブツの引き渡し

「……ところで、百人隊長ケントゥリア様」



 妙な猫なで声で話し始めるテオドロス。


 しかもその姿は、卑屈さを感じるぐらいにかしこまっていた。


 一方、同じテーブルに座るベテランの兵士ニコラオスは、腕を組み、反り返る様な姿勢で椅子にもたれ掛かっている。


 そして、そこから少し離れた奥のテーブルでは、彼の二人の部下がギルドの少年達にワインを注がせて大盛り上がりの状況だ。



「はぁぁぁ……」



 その様子を横目で眺めるニコラオス。


 そんな彼からは、なぜだか大きな溜息がこぼれる。


 傍から見れば、ヤクザのギルド長が正規軍の衛士にこってり絞られている様にしか見えない絵柄である。


 しかし、耳をそばだてて彼らの会話を聞いてみると、その想いは完全にくつがえされる事となるのである。



「で? なんでお前がこんな所に来るんだよっ、てめぇふざけてンのか?」



 優しい笑顔を浮かべるテオドロス。


 ただ、その語気は恐ろしく荒い。



「いやっ、先輩、本当に申し訳無いッス。ホンとマジで勘弁して下さいッス!」



 ベテラン兵士ニコラオスは、腕を組み、しかめっ面のままにもかかわらず、言葉だけは平身低頭。



 実はこの二人、テオドロスがまだ正規軍に居たころの上官と部下なのだ。


 当時テオドロスは、エレトリア軍内に並ぶ者が無いと言われるぐらいの投槍ピルムの名手で、既に百人隊長ケントゥリオとしても名の通った存在であった。


 そのテオドロスに憧れて、エレトリア正規軍に入隊して来たのがニコラオスである。


 元々、部下を家族の様に大事にする性質たちのテオドロス。


 見込みのあったニコラオスは、何かにつけてテオドロスに可愛がってもらっていたのだ。



「でも、先輩、ほんと何やらかしたンすか? 急にこのギルドの建物包囲しろって命令がありまして……」



「そりゃ、誰からの命令だ?」



「えぇっとぉ、上席議員のヨルギオス参議ですよ」



「……はは~ん、なるほどなぁ……」



 そう言うと、テオドロスはテーブルの上にあるワイン樽から、ニコラオスのコップへとワインを注ぎ入れる。


 すると、ニコラオスの方も、大仰に頷きながらそのコップを口へと運ぶ。



「ところで先輩、何が『なるほど』なンすか?」



「いや、お前は聞かない方が良い。で? 俺達をつかまえに来たのか?」



 依然、笑顔のままのテオドロス。


 ただ、彼の黒目がちな瞳は妖しい光を放っている様だ。



「いっ、いや、とんでも無いっす! ただ、連絡があるまで囲めって言われて、中から出て来たヤツは全員ふんじばっておけって。本当にそれだけっす」



「そうか。……他には?」



「えぇっと……、頃合いで連絡するから、そしたら中でをもらって来いって言わたんッス。それと、もしかしたらこのギルドごと殲滅させるかもしれねぇから、その準備もしとけって……」



 その話を聞いたテオドロスは、得心がいった様に頷いてみせる。


 結局、裏稼業マヴリ ガータに任せてはみたものの、金だけ踏んだくって、犯人を逃がしてしまうのでは無いか? もしくは情報を漏らしてしまうのでは無いか? と、ヨルギオスに疑われていたと言う事なのだろう。


 確かに、犯人を捕まえた後、サッサと殺してしまわずに、自分たちが来るまで犯人の一人は生きながらえていた事になる。犯人が生きているかどうかは、神官に聞けば一発だ。このまま、犯人を始末しなかった場合、情報が外部に洩れる事が無い様、最終的にはギルドごと口封じしてしまおうと言う魂胆だったのだろう。


 確かにマヴリ ガータは裏稼業のギルドである。


 適当に理由を付けて衛兵が踏み込んだとしても、誰も疑う者はいないはずだ。



「まぁ、そうなるだろうなぁ……俺達マヴリ ガータの信用もまだまだって事だなぁ……でもこの稼業は『信用第一』なんだけどなぁ」



 そうは言っても、マロネイア家の性奴隷を二人、近々盗み出そうと画策していた張本人なのではあるが……。



「話は大方分かった。大丈夫だ。頼まれた仕事はきっちりこなしてるよ」


「おいっ! 例の『ブツ』持って来い」



「へいっ!」



 テオドロスが命令すると、後ろに控えていた一人の少年が、地下室へと続く廊下の方へと駆け出して行った。


 そして、暫くすると一抱ひとかかえもある大きなツボが三つ、大事そうに運ばれて来たのだ。



「それが例の『ブツ』だ。途中で開封されねぇ様に、封蝋もしてある。きっちりご主人様に届けてやってくれや」



「あぁ、先輩、すんません。助かります」



 またしても下手したてな言葉とは裏腹に、ニコラオスは尊大に頷いてみせる。



「それから、コイツだ」



 テオドロスは、足元に置いてあった革袋をテーブルの上へと乗せた。


 テーブルの上に乗せられた時の音で、革袋の中身を理解したニコラオス。



「先輩っ! そいつぁ、ちょっと」



「いいや、こういうのは慣習ってものがあってよ。まぁ、お裾分けみてえなもんだ。たしか、お前の方はこの建物に三十名……って事ぁ全部で動員したのは五十名ぐらいか?」



「さすが先輩、いい読みっすね。それで正解っす」



「そうかい。そしたら、この中にゃ、銀貨で五枚、大銅貨で五十枚。全部で千クランが入ってる。まぁ、お前の匙加減で上手く配ってやってくれ」


「あぁ、くれぐれも言っておくが、ここで気前よく配れるかどうかでお前の器量が見えるからな。こすい事考えねぇで精々派手に使うんだな」



 そう言うとテオドロスは、直接ニコラオスの手へと革袋を押し付けたのだ。



「あっ、ありがとうございます!……おっ、大銅貨五十枚って、結構重いっすね。いやぁ参ったなぁ。ははは」



 実際に貨幣の入った革袋を手にしてみると、思わず笑みがこぼれるニコラオス。


 その様子を見たテオドロスも満足そうだ。



「それじゃあ先輩、あんまり長居するのもなんで、これで失礼するっス」



 大事そうに革袋を懐にしまい込むニコラオス。


 彼は悠然と立ち上がると、奥のテーブルで騒いでいる部下達に声を掛けた。



「おい、話はついた! お前達は、そのツボを引き渡してもらえ。ツボは議会の方へ運ばねばならんからな、丁寧に扱えよ!」



「「はっ! はいっ!」」



 突然の上官からの命令に、飛び上がる様に敬礼する兵士達。



「おっ、そうだ。お前っ、ウチの若い者どうした? 一人使いに出したやつが戻らねぇ」



「あぁ、先輩。大丈夫っすよ。ちゃんとウチの方で捕まえてるだけっスから。俺が戻れば、ちゃんと解放しますって。それから、何にも手は出しちゃいませんよ。これでも一応正規軍なんで、その辺は厳しいッス」



「そうかい。それじゃ、頼んだぞ」



「承知ッス。そいじゃ、先輩も気を付けて! また、何かあったら呼んで下さい」



 それだけを言い残すと、三人の兵士ニコラオス達は、ツボを抱えて意気揚々と引き上げて行った。



 ……ようやく静寂が訪れた店内。



 しばらくすると、部屋の奥の扉から、デメトリオスをはじめとした、ギルドメンバー全員が顔をのぞかせ始める。


 その中には、つい先ほどまで簀巻きにされていたルーカス少年も含まれていた。



「ふぃぃぃ。脅かしやがってぇ。……しっかし、あのバカがあんなに偉くなってるとは思わなったなぁ」



 テオドロスは気が抜けた様に、椅子へと腰を下ろす。



「まぁ、そうだな。俺達が抜けた後で、百人隊長ケントゥリオになったんだなぁ。それにしても、あんなヤツらに、千クランたぁ、結構な出費だな」



 そう言うデメトリオスも、彼の座るテーブルの向かい側へと腰を下ろした。



「まぁな。この辺りは必要経費ってヤツなんだけどなぁ。酷いヤツなんかだと、半分以上持ってくヤツもいるからなぁ。そんな事された日にゃ、こっちの商売上がったりだよ。今回は訳アリっぽいから、ちょっと余計に請求しないとだなぁ」



「ははは、違ぇ無ぇな」



 デメトリオスは、ニコラオスが残して行ったワインを一気に喉へと流し込んだ。



「どうする? もう一回飲み直すか?」



「そうだなぁ。もう日も傾いて来たしな。打合せはまた今度にして、デルフィにでも繰り出すか?」



「そうだなぁ。そうするか。はははは」



 ――コンコン



 ようやく二人の中で話がまとまりかけた所で、またもや入り口の扉を叩く音が聞こえて来た。



「ん? ニコラオスのヤツ、何か忘れ物か?」



 ギルドメンバーの一人が扉を開けて応対するが、どうも先ほどの兵士では無いらしい。


 新しい客だろうか?


 しばらくすると、応対したギルドメンバーがテオドロスの元へと報告に来た。



頭領オヤジ。マロネイア家のタロス様から伝言で、直ぐに屋敷の方に来て欲しいそうです」



「なんだよぉ、今日は忙しいなぁ。それで、どんな用件なんだよ」



「えぇ、どうも、また頼むと……」



「おいおいおい、あそこの家は、一体どうなってんだよ。この前に続いて、またかよ」



 その話を横で聞いていたルーカスが口を挟む。



「えっ? 頭領、これからマロネイア様のお屋敷に行くの?」



「おっ? ガキンチョか。さっきは悪かったな」



「いや、良いよ。俺の為を思ってやってくれたんだろ? そんな事より、もしマロネイア様の所に行くんなら、俺も連れて行ってくれよ」



 真剣な眼差しのルーカス少年。


 まだ先ほどの興奮が冷めやらぬのか、元気いっぱいの様子だ。



「ははは。しょうがねぇな。まぁ、構わねぇけどよ。で? デメトリオスはどうする?」



 そう聞かれたデメトリオスは、首を左右に振る。



「俺ぁパスだな。面倒臭ぇからこのままデルフィに行くよ。別にお前の稼業を手伝いたい訳でもねぇしな。多分キャスの店にいるから、終わったら合流って事でいいだろ?」



「あぁ、分かった。そいじゃ、例の件自治会頭ヨティスにちゃんと伝えといてくれよぉ」



「分かったよ。それじゃあ先に行ってるぜ」



 デメトリオスはそれだけを告げると、勝手に持ちだして来たワインの小樽を小脇に抱え、そのまま大通りの方へと出て行ってしまった。


 その様子を見送るテオドロスとルーカス少年。



「そいじゃ、こっちも行くか」



「はい!」



 テオドロスの掛け声に、嬉しそうに返事をするルーカス少年。


 ただこの時少年は、テオドロス達が何のの為に呼ばれたのかを理解していなかったのである。

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