第137話 歯切れの悪いニコラオス

――ドンドンドン!



「ドアを開けろっ! 今すぐにだ!」



 建物内に響き渡る兵士の野太い声。



――ドンドンドンドン!



 そして、繰り返し乱暴に叩かれるドア。


 急いでいる――と言うよりは、高圧的に出る事で相手を委縮させ、自分の下に組み敷きたいとの強い欲求が感じられる。



「そこに居るのはわかってるんだゾ! 居留守を使っても無駄だ。すぐに開けないとこのドアごと蹴破るゾ!」



 外からの高飛車な言動は、より一層激しさを増して行く。



「チッ!」



 兵士の方もそろそろ本気でドアを蹴破るつもりだ。


 勢いを付ける為、ドアから少し離れかけたその時。



 ――ガコッガコッ……ガチャン。



 ドアに掛けられた錠が外される。



 ――ガコッ……ギィィィィ



 恐らく見た目以上の重さがあるのだろう。


 軋んだ音をたてながら、ゆっくりと開いて行く両開きの扉。


 そして、中からは商人を思わせる風体の男が、扉の隙間から顔だけを覗かせたのである。



「へぃ……何でございましょう。ウチは昼食ブランディウムは営業しとりませんで、夕食ケーナからの営業になるんですが……」



 空々しく話始める商人風の男。



「ふんっ。そんな御託は良い。ここには黒猫ギルドマヴリ ガータの窓口があると聞いたが、間違い無いか?」



 三人いる兵士の内の一人。


 先頭にいた『中堅』と思われる兵士が、半ば脅す様な口調で詰問して来る。



「へぇ、ご用件はこちらの店で承っておりますが……」



 商人風の男は、悪びれる様子も無い。



「そうか。責任者に話がある。呼んでもらおうか」



「へぇ、只今呼んで参りますので、中でお待ち頂けやすか?」



 先頭の兵士が最後尾にいる『ベテラン』兵士に向かって目配せすると、その兵士は大仰おおぎょうに頷いてみせる。


 それを確認した先頭の兵士。


 彼はもう一度商人風の男の方へと向き直ると、威圧的な雰囲気を維持しつつもその提案を承諾する。



「そうか。では中で待たせてもらおう」



 先頭の兵士はそう告げると、商人風の男に促されるままさっさと部屋の中へ入って行ってしまった。


 そのすぐうしろにいた若手の兵士は、最後尾のベテラン兵士に向かって不安そうに話し掛ける。



「ニッ、ニコラオス様、流石に中に入るのは……」



 そんな緊張感丸出しの若い兵士を後ろから睨み付るベテラン兵士ニコラオス


 彼の表情は、かなり不満げだ。



「ふんっ、何をビビっておる。これだから『衛兵』は見掛け倒しと言われるのだ。こいつらも看板を掲げて商売をしておるのだぞ。何も問題あるまい。それに、こういう事はサッサと責任者と話をしてしまう方が早いのだ」


「入るぞっ!」



「はっ!」



 ニコラオスと呼ばれた最後尾のベテラン兵士は、半ばその若手の兵士を置き去りにする形で部屋の中へと入って行ってしまった。



 窓と言う窓が締め切られ、薄暗くなった室内。


 ただ、兵士達が入って来た時点で、数名の少年達が明り取りの為に幾つかの窓を開け始めたのだろう。


 何とか部屋の中を見通せる程度の明るさにはなり始めていた。


 そして、商人風の男に窓際のテーブルを勧められた三人は、甲冑を軋ませながらその席に着く。



「……お飲み物は?」



 商人風の男は最も位の高いと思われるベテラン兵士ニコラオスに向かって注文を確認。



「いや、いい……それよりも早く責任者を連れて来い」



 ニコラオスは椅子の背もたれに体重を預け、その筋肉質の両腕を組んだままの姿勢に。


 他の兵士達は少し緊張した面持ながら、それにならって尊大な雰囲気を醸し出している様にも見える。



 そんな兵士達の様子を気にする様子も無く、商人風の男は一礼すると、サッサと部屋の奥へ入って行ってしまった。


 恐らくその『責任者』を呼びに行ったのであろう。



 兵士達三人だけとなったその部屋。


 暫くすると、ニコラオスの後ろに控える兵士二人が小さな声で話始めた。



「……やっぱ、野戦軍の指揮官は違いますね」



「あぁ、そうだな。何だか貫禄が違うよな」



「もうすぐ、一番槍プリムス・ピルスになるって噂は、本当なのかもしれないですね」



「おぉ、俺も聞いた事があるぞ。次の一番槍プリムス・ピルスはニコラオス様だって」



 額を寄せて話し始めた兵士達。


 意外に静かな部屋の中では、二人に背を向けたまま、ふんぞり返る様な形で椅子に座るのニコラオス方にもその声は聞こえている様だ。



「ふふん!」



 まんざらでも無いニコラオス。



 ――バタンッ



 しばらくして部屋の奥の扉が開くと、先ほどの商人風の男に先導された大柄な男が、ゆっくりと部屋の中へ入って来たのだ。


 それは威風堂々とした体躯を持つ男で、なによりも髪の毛やヒゲ、更に胸や腕に至るまでが、かなりの毛量で覆われている。


 見る者によっては『毛むくじゃら』と言う印象を受ける事だろう。


 その男は、まだ薄暗がりの残る部屋の奥から光の差し込む窓際の席へと近づき、テーブルの前で静かに跪いた。



「あぁ、お待たせして申し訳ございません。私が黒猫ギルドマヴリ ガータのギルド長をしておりますテオドロスと申す者です」



 その風貌には全く似合わない、落ち着いた口調で話し始めるテオドロス。


 そして、跪いた姿勢からゆっくりとその面を上げて、ニコラオスの顔を見つめて来たのだ。



「あぁ、お前がテオド……ロ……」



 ――ガタッガタッ! ガタッ!



 目の前に跪くその男の顔を見た途端、話し始めた言葉もそこそこに、彼は慌てて席を立ちあがり、直立不動の体勢を取った。



「あっ! えっ? ニコラオス様?」



 驚いたのは、後ろに控える二人の兵士達である。


 思わず後ろからニコラオスへと声を掛ける。


 すると、すかさずテオドロスが笑顔で話し始めたのだ。



「あぁ、いやいや。お気を遣わせてしまって誠に申し訳ございません。責任者と申しましても、この様に小さなギルドのギルド長でございます」


「私めの様な者に握手など不要にございます。どうぞ、どうぞお掛け下さい。……えぇっと、ニコ……ラオス様、でございましたか?」



 テオドロスから優しく促され、元の席へと座り直すニコラオス。


 ただ、後ろの席の二人からは見えないだろうが、彼の顔面は蒼白で、兜の間からは滝の様な汗が滴り落ちている始末だ。



「あぁ、いやぁ……まぁ、うん」



 非常に歯切れの悪いニコラオス。



「あぁ、その胸の紋章、百人隊長ケントゥリア様でございますね。御見逸おみそれ致しました」


「で、その百人隊長ケントゥリア様がなぜ、ウチの様な場末のギルドへお越し頂いたのでしょうか?」



 もう一度跪いた姿勢に戻ったテオドロスは、毛むくじゃらの顔の奥にある、とっても愛らしい黒目がちの瞳を『クリクリ』と動かしてみせている。



「いやぁ……うん、そうだなぁ……」



 やっぱり歯切れの悪いニコラオス。



「あぁ、これはこれは、私めの気遣いが不足しておりました。ささっ、お供の皆様には、こちらの方にお酒とお食事のご用意がございますので」



 テオドロスが商人風の男エニアスに目配せすると、エニアスは二人の兵士の方へ向かって、少し離れたテーブル席へと移動する様に促して来た。


 そのテーブル席の方では、今も少年達があれやこれやと酒に肴を並べ立て、歓待の準備をしている様だ。



「ニコラオス様、どうすれば……」



 最年少と思われる兵士が、ニコラオスへと判断を仰いで来る。


 そんな彼は未だに無言のまま、目だけがキョロキョロ挙動不審の真っ最中だ。



 しかし、思わぬ助け船が……。



「おいっ、バカだなぁお前は。俺達がいたらとやりにくいに決まってるだろ!」



 最初にドアを叩いていた『中堅』の兵士が、隣にいる『若手』の兵士を突然叱りつけたのだ。



「え? 色々って?」



「本当にお前は気が利かねぇなぁ。って言ったら、に決まってるじゃねぇかお前、って本当にお前っ!」



 殆ど説明になっていない『中堅』の兵士。



「はっはっはっは、元気な衛士様達ですなぁ」



 その様子を見ていたテオドロスは、笑顔のままニコラオスへと話掛ける。



「……うん、まぁな……」



 何が何でも、歯切れの悪いニコラオスであった。

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