第十四章 マヴリガータ(ルーカス/ミランダルート)

第131話 デカいヤマの価値

「よぉ! テオドロスッ! どうだい、勝ってるかい?」



 そこかしこから聞こえるサイコロを振る音や、悲喜こもごもな人々の話し声、それら全てを掻き消すかの様に響き渡る、能天気な男の声。


 ここは、テルマリウム内に併設されている賭博場だ。


 その中でも、割と入り口に近いテーブルで、サイコロゲームに興じる男達がいた。



「おぉっ! なんだよ、デメトリオスかよ。……ちょ、ちょっと待て。おれぁ今、集中してるんだからよぉ」



 その毛むくじゃらの男は、テーブルの上に置かれた陶器で出来たボウルの中へ、ゆっくりと二つのサイコロを投げ入れる。



「コイコイコイコイ……来いっ!」



 ――チンチロリーン。



「うがぁぁぁ! ぃぃぃぃ」



 毛むくじゃらの男テオドロスの叫び声に合わせて、胴元と思われる男が無常にもその結果を告げる。



「はい、頭領はドボンね。ご苦労さん!」



 胴元の男は、テオドロスの前に置かれた多くの銭貨をかき集めると、全て自分のテーブルの前へ引き寄せたのだ。



「おいっ! デメトリオスゥ! お前のせいだぞぉ、なんで、あんな集中してる時に声掛けるんだよぉ! 大体、お前はいつだってそうなんだよっ! いつも大事な所で俺の邪魔ばっかりしやがって! はぁぁぁぁ……」



 毛むくじゃらの男は、両手で自分の頭を抱えると、そのままの姿勢でテーブルの上に突っ伏してしまった。


 そんな様子を見ていたデメトリオス。



「何言ってやがんだよ、テオドロスッ! そんなチンケな博打じゃなくて、もっと『デッカいヤマ』持ってきてやったんだぜぇ。感謝される事ぁあっても、邪険にされる事なんてあるもんかいっ!」



 そう言うデメトリオスは、机に倒れ込んだまま動こうとしないテオドロスの頭を平手で数回張り倒す。



「けっ! お前の『デッカいヤマ』ほど当てにならねぇ物はねぇからなぁ……」



 突っ伏したまま、好きな様に張り倒されていたその男は、テーブルの上で顔を背けながら小声でそう呟いている。



「へへへっ、そう言うなよ。まぁ、話だけでも聞けって」



 デメトリオスはそう言うと、少し離れた使われていない奥のテーブルへと勝手に腰かけてしまった。



「……へいへい。で? どんなヤマなんだ? どこかの店に好きな女でも出来たかぁ?」



 観念した様な雰囲気をまき散らしながら、少し遅れてテオドロスもやって来る。


 その途中で、テーブル脇を通り過ぎようとしていたメイドをテオドロスが呼び止めた。



「あぁ、ワインの水割りを二つ……って……あれ? その後ろにいるお前、この前のガキじゃねぇか」



 テオドロスは、デメトリオスの後ろで立ち尽くす少年の顔を見て、驚きの表情だ。



「あぁ、先日は……どうも……」



 申し訳無さそうな顔をしながら、テオドロスへと挨拶をするルーカス少年。


 なんやかんやであの日以来、頭領テオドロスには色々と世話になっていたのである。



「おぉ、おぉ! どうだい? 俺が紹介してやった汚物商は儲かるだろぉ? 大体、人の嫌がる仕事ってなぁ、儲かるって相場が決まってるんだよ。まぁ、たまたま、にココで会って無かったら、俺ぁ、お前のむくろを運んでたかもしれねぇんだけどなぁ。だぁっはっはっは!」



「はっ、はぁ……」



 確かにあの日、頭領テオドロスに助けてもらわなければ、そのまま兵士に連れ去られ、良くても鞭打ち、悪くすればそのままエレトリア湾に沈む事になっていたに違い無い。


 しかも、頭領テオドロスに紹介してもらった汚物商の仕事のおかげで、憧れのミランダとも再会する事が出来たのだ。感謝してもしきれるものでは無いのである。



「まぁ気にするなっ! お前のの挨拶で、派手に笑かしてもらった礼だよ。だっはっはっはっは!」


「おう、そいじゃあ、ねぇちゃん。ワイン二つじゃなくて、三つだ。急いで持って来てくんな。ほらよっ、チップも弾むぜぇ」



 テオドロスは懐から二枚の銅貨を取り出すと、親指で弾く様にして、そのメイドへと放り投げた。そして、メイドがその硬貨を受け取る為に視線を上へと向けたその瞬間。



「キャッ……んもぉ! あたいの尻触った分は、別にツケとくかんねっ!」



「なんだよぉ、つれねぇなぁ。今度体で返すから、それまでツケ忘れんじゃねえぞぉ。だあっはっはっはっはーっとぉ」


「……で? 話って何だっけ?」



 メイドとの『どうでも良い』やり取りがようやく終了し、やっとデメトリオスの方へと向き直るテオドロス。


 しかし、そんなデメトリオスはなぜか不満顔だ。



なげぇよ! 俺の話聞くまでの準備がとにかくなげぇぇ。って言うか、メイドとの掛合いそれ、俺がやる感じのトコだろぉ? もぉ、俺の見せ場が無くなるじゃねぇかよぉ!」



「何、訳わかんねぇ事言って拗ねてんだよ。もぉ、ほらほら、早く言えよ。おれぁ今日は女んトコ行かなきゃならねぇんだからよ。ここでアラサーのオヤジと遊んでる暇ぁねぇんだよ」



「ちっ! それこそこっちのセリフだよっ!」



 結局テオドロスが若いメイドとイチャイチャするのが許せないだけらしい。



「……ねぇ、親方ぁ、話が進まねぇよぉ」



 いい歳した大人の会話とも思えぬ言い争いに、思わず苦言を呈するルーカス少年。


 流石に、年齢が自分の半分以下しかない少年にたしなめられて、少し反省する親方デメトリオス



「おっ、おぉ。ルーカスわりぃな……」


「テオドロスッ! ルーカスに叱られちゃったじゃねぇかよぉ。ちっ! 耳の穴かっぽじって、よぉぉく聞きやがれよぉぉ。今回のヤマぁなぁ……『一本いっぽん』だぜっ!」



 それは、ようやく届いたワインを、テオドロスが口に含んだ瞬間だった。



 ――ブゥーッ!!



「おいおいおいっ、汚ったねぇなぁ。ちゃんと飲み込めよぉ。じじぃかよ、お前はよぉ!」



「なっ、何言ってやがんだよ。わざわざ、俺が飲んだところを見計らって、この話をブッ込んで来たんだろぉがぁ!」



 テオドロスの吐き出したワインを、顔面でもろに浴びたデメトリオスは怒り心頭だ。ただ、驚きを隠せないテオドロスの方も黙ってはいない。



「なんだよ手ぇ、やんのかよ!」



「なんだよ、おぇ、上等だよ!」



 結局二人はテーブルを挟んでおでこ同士をくっ付けたまま、派手な睨み合いの喧嘩に発展。



「「ふんぬぅぅぅぅぅ」」



「……ねぇ、親方に頭領ぉ、ほんとに頼むよ。話が進まねぇよぉ」



「「おっ! あぁ、わりぃ悪ぃ」」



 結局いい歳した大人二人が、少年から二度目のお叱りを頂く結果に。



「ちっ! でっ、その『一本』掛かったって言う『デッカいヤマ』ってなぁ何なんだよ。言ってみろよっ」



 ルーカスからの水入りに元の席へと戻ったテオドロスは、不満気ながらもデメトリオスに向かって話を進める様に促して来る。



「へへへ。聞きてぇか? 本当に聞きてえのか? どうだい、聞きてえだろ?」



親方お・や・か・たっ!」



 そろそろ、ルーカスの方も、我慢の限界に来ている様だ。言葉尻にイライラが感じられる。ようやく反省した親方デメトリオスは、自分からテーブルに乗り上げる様にして自分の顔をテオドロスに近づけると、周囲には聞こえない様な小さな声でその内容を告げたのだ。

 


「へへへ。聞いて驚くなよテオドロス……マロネイア様ん所の妾館しょうかんから、女二人を盗み出すっ!」



 なぜか得意満面な親方デメトリオス


 一方、木製のコップに注がれたワインをもう一度自分の口へと運ぶ途中だったテオドロスは、思わずその手を止めて親方デメトリオスの方へと視線を向けた。



「えぇぇっとぉ……誰だっけ? お前? おれぁ知らないヤツとは酒ぁ飲まない主義なんだよ。しかも、くだらねぇ話聞いて、胸糞わりから、このワインはお前の奢りな。じゃぁな。もう、二度と会わないであろう、赤の他人のデメトリオスくん! さようなら!」



 テオドロスはそれだけを告げると、一人、席を立ってしまうのであった。

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