第九章 大披露宴・後編(皇子ルート)

第89話 皇子様のご威光

「ピィー……ヒョロロ……」



 ここは神殿横にある庭園広場。


 テラスの上から自分で出せる最大の声で村人達に話しかけるも、オーディエンスは何の反応も示さない。


 唯一、天空を優雅に飛んでいる『トンビ?』だけが、俺の声に反応してくれただけだ。



 あれ?!……やべぇ、俺、どスベってるじゃん!



 反応が無い所か、村人達は一様に跪いたまま微動だにしていない様子。



 はぅはぅはぅ、俺どうすれば良いのぉ?



 大理石で構成された野外テラスの舞台中央で、王族が纏う様な白地に黄金の刺繍が施されたトガをマントの様にたなびかせている俺。


 左手はトガの一部を小脇に抱え、右手はまるで村人達の未来を指し示すかの様に、高々と中天の太陽を指し示している。


 はぁぁぁ、めっちゃ格好悪っ!


 いやいやいや、確かにダモンさんはこれで良いって言ってたよな。 あれ、俺、何か忘れてる?



 大して長いセリフがある訳でも無いのに、テラスの上に登ってから頭の中が真っ白で、何がどうなったのかすらさっぱり覚えていない。


 顔は村人の方へと向けながら、皇子としての威厳を表す微笑みを維持しつつ、目だけを舞台袖のダモンじいさんと、リーティアの方に向けてみる。


 リーティアは『もう見てられない!』って感じで、両手で顔を隠したまま『もじもじ』している様だ。


 なぜだか俺は、そんな『もじもじ』するリーティアを見て、すこし『ほっこり』した気分に。



 もうっ! リーティアったら。こんな時まで可愛いじゃないか。あの『もじもじ』感がたまらないんだよなぁ。後でダイニングにもどったら、あのポーズもう一回お願いしてみよっと。



 えっ? どんな『もじもじ』なのか、具体的に教えてくれって?


 そうだなぁ、どんな『もじもじ』かって言うと、例えばぁ「あっ! リーティアが今食べたそのブドウ、最後の一個じゃん!」とか言ったら、きっとリーティアは「あぁ、すみません皇子様!」とか言って自分の口元を手で隠すわけさ。


 まぁ、その仕草を見ただけでも眼福物で、俺の気持ちは既にMAXなんだけど、ここで怯んでいては火中の栗は拾えないぞっ! 大人な俺は、更に次の段階へと昇り詰めて行く訳さ。そう、行くに決まってる。


 そうすると俺が「あ~あ、俺そのブドウ食べたかったなぁ」とかちょっと意地悪に言っちゃうんだなぁ、これが。そうするとリーティアはさすがにもぐもぐも出来ずに赤面して俯いてしまうって寸法よ。


 キャッホー! 赤面+俯きポーズ頂きましたぁ。これは俺の秘蔵ベストフォトショット16に加えて、何としても永久保存せねばなるまい! なんだったら家のPCにもバックアップを取っておくべきだろうな。それからクラウドにも保存しておく事が肝要だな。そうそう、格納先はインドあたりのサーバと北アメリカのサーバにしよっと。もし日本で何か災害がおきて画像が消失しようものなら、俺の存在価値自体が消失するのと同義だからな!


 そこで俺はすかさず「じゃぁ、仕方が無いから、その口のブドウ、そのままで良いから俺にちょうだいよっ!」って言ってみる訳さ。


 うほーっ! 俺って大人だなぁ。大人の判断だよね。なかなかこの発想は未成年の童貞には思いつかない範疇だよね。このテクニックは大学時代に王様ゲームの真骨頂を目の当たりにして来た、大人の童貞だけに許される超高度なテクニックであると断言できるね。さすがは俺っ!


 しかも、俺は神様なんだから――そうそう、王様じゃなくて、さらにその上の神様なんだよ――そのぐらいは許されるよね。いいや許されない訳が無い。たかがブドウ一個とは言え、俺はその時点で猛烈にそのブドウ……そう、他所にあるブドウじゃ無くって、まだリーティアのほっぺの中に温存されているブドウが食べたい訳だからねっ!


 そうすると、リーティアはどうしていいか分からずに、俯き加減からちょっと俺を見上げーの、はい来たぁ! 美少女による上目遣い懇願ポーズゥ! イャッホゥ!


 この全てのお膳立てが整った上での困った顔は、もう一瞬見るだけで、ご飯三杯は軽い、軽い。


 なんだったらそのまま冷蔵庫で保存すれば、一年ぐらい食べて行けるかもしれないけど、うーんそうじゃないんだな! もう、分かってないなぁ! これだから、普通の童貞は御し難いよっ!


 このポーズの真骨頂は「鮮度」と「流れ」なんだよ。最高のシチュエーションで、最高の美女が、最高のタイミングで見せるこの表情にこそ価値がある訳さ。


 一旦冷凍してしまったマグロなんかより、近海の生マグロが本当に美味しい様に――まぁ冷凍マグロも結構おいしいけども! けども、俺が言いたいのはそこじゃないからスルーして! ――今この瞬間に立ち会える事の幸せを感じながらのご飯三杯っ!


 あぁぁ良い! 至福としか言いようが無いよね。ぜひ、どこかのグルメ漫画に乗せて欲しい一品だね。間違いない!


 でもこの期に及んでも、彼女はどうすれば良いか分からない。


 ちょっと眉根を寄せて困った顔をしながら、ほっぺのブドウをちょっぴりコロコロしてみる訳さ。そう、ちょっとコロコロするんだよ! あぁ、そのブドウになりたい。ちょっとコロコロされてみたいっ!


 そうして俺は、ついに……ついに最終宣告をする訳だ……。



「それじゃぁ、そのブドウ……そのままでいいから、口移しで頂戴っ……はい、あーんっ」



 はぁぁいっ! 来たぁ! 最終奥義の『ブドウの口移し』。もう、どこのエロサイト情報かは覚えていないけど、人生で経験すべきベスト20の堂々三年連続トップ! あと二年受賞すれば、そのまま殿堂入りが確定すると言う優れ物さっ!


 ようやくこの時点で事の重大さに気付いたリーティアは、きっと首元まで真っ赤に染めて――あぁ、首元と言えば、俺の奴隷痕が残る首元って、すっごいセクシーなんだよね。ちょっとチョーカーみたいに見えるあの細い首元が、鎖骨のあたりから全体にかけて薄桃いろに染まる光景って言ったら、並び立つのはハワイオワフ島から見るサンセットぐらいなものだよねぇ――両手で顔を隠しながらもじもじする……って言う『もじもじ』の事なのさっ。


 つまりそのぐらい貴重な『もじもじ』って事さ。童貞のみんな、付いて来てたかい! もう、後半何の話か分からなくなりそうだったけど、これはどういう『もじもじ』をリーティアにしてもらおうかな?って話なんだからねっ! 誰が何と言おうと、そう言う話なんだからねっ!



「ふぅ、ちょっと妄想の世界に飛び込んだら、結構落ち着いて来たぞ」



 えーっと、ダモン爺さんはどうしているかな? っと。


 おりょりょ。ダモンさんは、俺の方を見ながら、なんだか口をぱくぱくさせているみたいだ。



 何なに? 一度……村人を……立ち上げろ?……あぁ、いやいや、起せって? あぁそうかそうか、みんな俯いたままだから、全く俺が見えて無いって事なんだよね。


 あぁ、そうだった、そうだった! 村人に許可を与えないと、みんな平伏したまま動けないんだったよね。


 おれは、村人の方へ向かって更に一歩前へ出ると、もう一度大きな声を張り上げる。



「皆の者、苦しゅう無い! 面を上げよっ!」



 おりょりょ?


 だけど、誰も俺の言う事を聞かずに平伏したままだ。 一人、最前列にいる村長――おぉ、村長そこにいたのか?!――だけが、平伏したまま体を左右に動かしてる。



 おぉ、聞いてる、聞いてるっ! これがさっき、ダモン爺さんが言ってたヤツだな。



 上位者――しかも皇帝や神族クラス――に会った時は、『面を上げよっ!』って言われても、一度では顔を上げちゃダメなのだそうだ。まずは、一度体を左右に揺らす事で『上位者のご威光に触れてとても面を上げる事ができません!』と言う事を示すらしい。



 うぇぇ、面倒な慣習だなぁ……。



 そこで、俺はもう一度村人に話し掛ける。



「お前たちの信仰の厚さは十分に分かった。本日は非公式な場であり、めでたい席でもある」


「今日は特別に拝謁を許す! 更にお前たちの発言も許そう!」



 俺がそこまで言った所で、ようやく村人達はおのおの顔を上げてくれたんだ。


 村人達の間からは、俺に拝謁を許された安堵感と、初めて皇子を見ると言う多幸感が、ない混ぜになった様などよめきが巻き起こる。



 俺が満足気に村人を見ていると、いつの間にか俺の脇にダモン爺さんが並んでたんだ。

 


「村の者達よ。皇子様の温情厚い特別の計らいにより、本日拝謁の栄に浴する事が出来た。まずは拍手によって、その感謝の意思を示そうでは無いか!」



 ダモン爺さんは、大声で村人に告げる。



「「「ぅぅうおぉぉぉ、皇子様ー! 皇子様ー!」」」



 村人で埋め尽くされた庭園は、皇子様をたたえる声と、割れんばかりの拍手に包まれる。



 俺も右手を挙げて村人達の声援に答えるんだけど、俺が手を上げた方向の村人達のボルテージが面白い様に上がるんだよねぇ。ちょっと面白くなっちゃって、何度も何度も手を挙げてたら、流石にダモン爺さんに「いい加減にせんかい!」って、叱られちゃった。たはは。



 一通り拍手が鳴り止んだ所で、更にダモンさんが付け加える。



「皇子様は、本日ご降臨されたばかりであり、まだ我々の話す言葉に慣れておられぬ!」



 ダモン爺さんが村人にそう告げると、村人の間でも「そうだ、神族は神族語をお話しになるんだ」「下々の言葉など、神様はお話しになんてならないよ」なんかの声が聞こえて来る。



 うんうん、本当はそう言う訳じゃあ無いんだけどねぇ……。



「と言う事で、これからはワシが皇子様の通訳となって、皆の衆に話を伝えよう!」



 ダモン爺さんがそう言うと、村人達は再度、大きな拍手で爺さんの提案を受け入れててくれたのさ。



「それでは、皇子様、ワシの耳元に何か話しかけている様なポーズをしてもらえるかの?」



 俺が出来るのはここまでだ。


 さっき裏手で打ち合わせた通り、あとはダモン爺さんが上手く村人に伝えてくれるらしい!


 簡単に要約すると、シルビアさんとソフィさんの手を握ったのは、俺がまだ降臨したばかりでこちらの風習が良く分かっていなかったと言う事。そして、セリシアの目の病で随分苦労していると聞いていた皇子様――実際には聞いて無いんだけどね――が、シルビアさんとソフィさんの苦労を労う為、神殿の方へ来る様にと伝えた事が、勘違いされて伝わった事、なんかが説明されたらしい。


 残念ながら全部英語で、ちょっと後半チンプンカンプンだったし。


 まぁ、実際問題シルビアさんとソフィは村の中でも『そそっかしい』ランキング、堂々の第一位と二位らしいから、村人としては、誰も疑問に思わなかったみたいだね。



 っふぅ……助かったぁ。……でもこの集まった村人……どうするの?!

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