第37話 放課後は二人だけの秘密
「皇子様、もう少しですから頑張ってっ!」
――物語は、ダイニングでの二人のイチャラブシーンから、一時間ほど遡る。
俺とリーティアは『エルフの村』を後にすると、再び丘の上にある神殿に向けて歩き始めたんだ。
麦畑を吹き渡る風は爽快で、長いのぼり坂を歩く俺達二人を、まるで後押ししてくれているかの様。
俺の少し前を元気よく歩いて行くリーティア。
時々振り返りながら、俺に励ましの言葉を掛けてくれる。
彼女が振り返る度に、その煌めく様な笑顔に出会えるのだから、逆にもうちょっとゆっくり歩こうかな? なんて思ってみたりして。
彼女が両手を後ろ手に組みながら、俺を気遣う様に腰をかがめて振り向く姿は、俺が高校時代に二次元の中でしか見る事が叶わなかった、幼なじみの美少女との下校風景を思わせるんだ。
――うーん、新鮮でもあり、懐かしくもあり……えへへへ。
実際に体験した事は無い訳だから「懐かしい」なんて事はこれっぽっちも無いんだけど、すでに俺の脳内では、高校生活の三年間、ほぼ毎日思い描いたシチュエーションなものだから、もう
この感覚……間違い無く成人男性の73%以上の人には、確実に同意してもらえるものと思ってるよ。
ねっそうだよね?
高校生の頃なんてさ、絶対に『そんな事』しか考えてなかったはずなんだよ。大人になって、みんないい格好しちゃって、言わなくなっちゃっただけなんだ!
でも、俺は素直に言うよ!
あぁそうさ。俺は、毎日そんなシチュエーションを想像しながら歩いてたってね。
――悪かったね。童貞での妄想癖持ちで。
まぁ確かにだよ。三割近い『リア充』が、世の中に確実に存在している事は、
だけど、いっぱしの童貞に、そんな厳しい『現実』を突きつけるのは、あまりにも酷い話だよ。
当時俺は、そんな
だって、考えてもみてくれよ。もしそうで無ければ、メイド喫茶の『同伴オプション』に、『一緒に手をつないで登校するシチュエーション』ってメニューがある訳無いだろ!
世の中には間違いなく、このシチュエーションに思い憧れるニーズがある! だからこそ『商売』になってるって事さ。
資本主義経済社会は、そのシンプルかつ合理的な構造をもって、若人のニーズを的確に捉えているに違い無いんだから。
――がしかしだ……。
本当に申し訳無いなぁ。今現在、童貞真っ只中のみなさん。この場をお借りして、謝らせてもらうよ。
俺、ビジネス抜きで『本物』体験しちゃったから。
ごめん。世の中の成人男性の約『約七割』の諸君。俺、『勝ち組』の方に入っちゃったから!
てへへ。……ビバ! 恋愛ブルジョアジーの世界っ!
俺が半笑いのままで、妄想の世界から『帰宅困難者』になっているのを、不思議そうな顔で見つめるリーティア。
そこで俺が、歩くのに疲れたんじゃないかな? って思ったみたいだな。
リーティアは周りを入念に見渡してから、その白く輝く腕を俺の方へと差し出して来たんだ。
「皇子様っ、私が引っ張って差し上げます! でも……他の人に見られると、とっても恥ずかしいので、神殿の近くまでだけですよっ!」
「それに、もともと、私は皇子様の『第一奴隷』なのですから、皇子様に触れても大丈夫なんですっ!」
「えぇそうなんです。大丈夫なんですっ!」
リーティアは顔中を真っ赤に染めながら、何とか自分の行動の正当性を証明しようと必死なご様子。
しかも、まったく俺の目を見ないで、ずっと俺の足元を見たまんまだ。たははは。
たったこれだけの事を言うのに、かなりの決意と覚悟があったんだろうなぁ。
そう思うと、彼女のその姿を見ているだけで、こっちまで恥ずかしくなって来るよ。
あぁ、ヤバイ。心臓のドキドキが止まらない。しかもなんだか胸の奥がキュンキュンする。もう、キュンキュンするぅ。
きっと、四年前の俺だったら余計な格好をつけちゃって『あぁ大丈夫。自分で歩けるから』とかなんとか言っちゃって、なんであの時あんな事言っちゃったんだろぉぉぉぉ? って身もだえする様な事になってたんだろうなぁ。
だけど、俺はもう大学四年生。すでに人生の酸いも甘いも嚙み分けた大人の男だ。
こういう時に恥ずかしがってちゃ絶対にダメだ! 本能のおもむくままに行動しなきゃ、絶対に後で後悔する事になるのさ!
そう……据え膳食わぬは武士の恥……俺、武士じゃないけど……。
と言う事で、こういう時は、しっかり相手の『善意』を受け取る事が肝要だ。間違いない!
何しろ俺は、バイトで徹夜明けした時の地下鉄で、どこかのお婆さんに席を譲ってもらった事があるぐらいだ。
あぁ、そうさ。しっかり席を譲ってもらったさ。悪かったな!
恐らく、吊革につかまりながら、時々『ビクッ』ってなりながら寝ている俺を、そのお婆さんは、憐れんでくれたんだと思うよ。
結局その後、乗り換えの駅を寝過ごちゃって、更に折り返しの電車の中でも爆睡。最終的には京急横浜まで行ってしまったのだけれども、今思えばお婆さんの恩が仇となった形だ。――あぁ、お婆さんに罪は無いよ……って、そんな事はどうでも良いんだよ!
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく」
俺は、めちゃめちゃ緊張しつつも、爽やかな笑みを浮かべながら、そっと彼女の手を取ったのさ。
そして、彼女の小さい手を『キュッ!』っと握りしめてみる。
はうはうはう。柔らけぇぇぇ。女の子の手って、柔らけぇぇぇ!
しかもさ、しかもさ! 手ちっさ。手ちっさ! 重要な所だから二回言っとくよ。手ちっさ! あぁ、三回言っちゃった。
でも知ってた? 女の娘の手って、本当に小さいんだよ? えぇぇ知ってたって? 本当かよぉ。俺知らなかったなぁ。知ってたんなら、俺に電話してくれよぉぉ。
もう、女の娘の手なんて、中学校のフォークダンス以来じゃない? えっ? みんなそうでしょ?! だってそういうものでしょ?
そうして、リーティアのキュートな手の感触を思い切り堪能してたら、何と! リーティアの方からも、俺の手を『キュッ!』っと握り返してくれたんだよ!
はわはわはわはわぁぁぁ! 何、なに、ナニ、この娘、どういう事? 超可愛いぃぃぃぃぃ! 何てことしてくれちゃってるの?
えっ? 俺、このまま握ってて良いの? このまま握ってて良いの? って、誰か教えてっ!
はうはうはうっ! 幸せぇ……。
人生初となる美少女の『手』の感触に、全神経を集中してしまった俺は、急にその場でフリーズ。
それでもリーティアは、そんな俺の手を力強く引っ張ってくれるんだ。
「それじゃあ、皇子様っ。ちょっと走りますよっ!」
リーティアは桜色に染めた頬を輝かせながら、神殿の方へと駆け出そうとする。
「あっあぁ、急ごうかっ!」
リーティアの、その元気な言葉に、急に我に返った俺は、もう一度リーティアの手を強く握り直してから、彼女に歩調を合わせる様にして、神殿に向かう上り坂を駆け上って行ったんだ。
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