第5話 拠点「エヴァン村」
途中、蜜豆採取をしながら歩き続け、既に夕暮れ時……息は上がり足は重い……
多分、昨日自分が歩いた距離の五割増し位は歩いたと思う……
もうダメだ……体力の無さを痛感した。
「レン兄って、本当に体力無かったんだね」
前を歩くアルティが苦笑しながら言う。
「見た目は立派な冒険者風なのになぁー。魔法使いの俺より体力無いってのは問題だね。レンヤ兄」
カルノスは揶揄う様に言ってくるが、反論のしようがない……もう休ませてほしい。
「もう少しですから頑張ってください。あと三十分もすれば村が見えてきますから」
レミィは優しく励ましてくれる。
「ふぅ~シンドイ……それにしても、少年二人はいいとして、レミィは女性なのに体力あるね。やっぱり鍛えてるの?」
「「「……」」」
ん? 何だろう?
「い、いえ……今は特別鍛えてるなんて事はないですね。私も森には薬草を取りによく入るのでそのせいかと……」
「そうなんだ……あれ、どうしたの? もしかして村が見えた⁉」
先を歩いていたアルティが立ち止まったのでそう思ったのだが、カルノスは何故か口元を抑えて顔を赤くしている。
「はぁ~…… うん、何となくそうだろうとは思ってたよ……まぁ仕方ないよね。こんな格好じゃ……」
そう言ってアルティは振り返りジトッとこちらを睨んでくる。
「何? 村じゃないの?」
何となく状況がおかしい気はするのだが……と少し困惑していたら、カルノスがいきなり笑い出した。
「ブハハハハ、やっぱりねっ……ハハッ、何となく……そうだと思った!」
そう言って、目に涙を浮かべながら笑っている。
「カル! 笑うなっ! ……レン兄に言っておく事があるんだけど……」
「何⁉」
「僕……これでも女の子なんだけど……」
そんな事を、顔を赤らめながら目の前の美少年が言ってくる……美少年が……
ああぁ……そう言う事か。
理解した……よくある展開ですね……だから美少年に見えたのか……
「あ、うん……ごめん。そうだったのか……いや~少年にしてはキレイで可愛い顔してるなっとは思ったんだけど、その髪型に服装だったから……それに胸も見当たらなかったから美少年なんだと思ってた……ごめん」
そう頭を下げて謝る間も、カルノスは笑い続けていたし、レミィも顔を赤くして笑いを堪えていた。
「まぁ、動き易い格好が好きだから、男の子っぽい服装になるのは分かってるんだけどね。それにカルと一緒だと、僕の方が鍛えてるから余計に男の子っぽく見えるのかな」
その言葉にカルノスは笑うのを止め
「そっ、そんな事ないだろ! 俺の方が十分に男らしいじゃん!」
と猛抗議を始めた。
「そうかな~。身長も体格も殆ど変わらないよね? それにカルの方が細かい事をいつまでもグチグチ気にしてるし……明らかに僕より女々しいよね」
アルティはさっきまでのお返しとばかりに言い放った。それにレミィも同調する。
「それは当たってるわね」
「撤回しろー!」
カルノスは大きなリュックを背負ったままアルティに飛び掛かるが、簡単に躱されそのまま草むらに突っ込んだ。
アルティはそれを笑いながら見届け、そして自分へと走り寄ってきて、小声で
「僕の胸、見た目は全然だけど、触ると意外とあるんだよ。今度触ってみる?」
と悪戯っぽい笑みを浮かべ言ってきた。
おっとこれは、小悪魔の登場ですね。
犯罪者へと誘い社会的に抹殺する悪魔の囁きだ……と言い聞かせて丁重にお断りした。
アルティは少し不満そうな顔をしていたが、陽が大分傾いてきたので、カルノスを助け起こして先を急ぐ事にした。
そして太陽が山陰に隠れた頃、ようやくエヴァン村に到着した。
自分達は村の北門から入った。
村の北側は今歩いてきた通り森が広がり、奥には湖と小川がある。その小川から道沿いに村に向けて水路が引かれ、そのまま村を囲む水路兼堀に流れ込んでいる。その水路が南側の田畑と、東側の多分開墾中の土地に延びている。
村を囲む堀の内側には腰ほどの高さの石垣があり、更にその上に生垣を作り防壁代わりにしている様だった。そして西側は山に向かって土地が高くなっておりそこにこの村で一番大きな石造りの教会の様な建物が見えた。
村自体は周りを森に囲まれそんなに大きくは感じられないのだが、予想以上に人で賑わっていた……
さっきの開墾地もそうだが建築中の家がやたらと目に付く。
田舎への移住ブームなんだろうか?
そんな村の中を色々寄り道しながらアルティとレミィに案内され到着したのが、隣に大きな木の生えた石造りの教会だった。
因みに、カルノスは途中で師匠を呼んでくると言って先に行ってしまいこの場にはいない。
その教会は、ヨーロッパ風の大理石やレンガ造りとは違い、砂岩を積み上げ彫刻を施したアジア的な雰囲気の漂う、煌びやかさは無くとも荘厳で歴史を感じさせる造りをしていた……
全体の造りは西洋の教会って感じだけど、外装はアンコールワット風に見えるのは壁のレリーフのせいかもしれないなぁ。
そんな事を思い見渡していると壁の彫刻の中に一つだけカエルの様な石像が飛び出していて、その口から大量の水が出ているのに気付いた。
噴水なんだろうか? その水はそのまま水路に繋がっている。
どうやら先ほど通ってきた村のメインロード沿いにあった水路はココから始まっている様だった。
しかしこの水量は、教会の中に川でも流れているのかと無茶苦茶興味を惹かれたのだが、残念ながら教会の中には入らずその横の建物に案内された。
案内された部屋の中には既にカルノスがいて、遅いと文句を言っていたが隣にいた初老の魔法使い風の男性に窘められていた。
自分が色々興味を引かれて、寄り道していたのが原因だったから後で謝っておこう。
まず挨拶してきたのがレミィの祖母で今回、啓示を受けたヨムグ司祭……こちらの手を握りしめ、この部屋に居並ぶ面々に『ほれみ、女神様の啓示は本当だったじゃろ!』としきりに主張していた。
それに対して各々がなだめる様に謝罪の言葉を口にしていた……
多分、みんなに痛い老人扱いされてたんだなと、少し気の毒に思えた。
次に挨拶してきたのは禿げ上がった小太りの中年男性で、この村の村長のパルクさん。
そして、先ほどカルノスを窘めていたゲンデルさん。この人はカルノスの魔法使いとしての師匠で歴史学者でもあるようだ。
最後の一人は白髭を蓄えずんぐり体形のドワーフかと思ったら、なんとハイドワーフで名をギルと名乗った。自分が得たこちらの世界の知識ではハイドワーフは自分たちの国を築きその外に殆ど出ないという事だったが……いきなり会えてしまった。
それで興味が湧き、ハイドワーフは人里でよく見かけるのか尋ねたところ、『ワシが変わり者でな。大昔に国を出て人間の中で鍛冶屋としてずっと暮らしとる』との事……ハイドワーフやハイエルフで人里で暮らしている者は殆ど居ないという事だった。
その後は、取り敢えず自分の目的と、それに関わるこの世界の問題を簡単に説明した。
その問題とは生命エネルギーに関わるモノで、この事は案内してくれた三人にもここで初めて話したのだが、やはり三人とそれにパルク村長はショックを受けた様子だったが他の人達には驚いた様子は伺えなかった。
……もしかして知っていたのか?
世界的に影響が出始めているなら国単位、いや世界的な調査が行われていてもおかしくはないのか。
でも、それなら、簡単な説明ではなく詳しい情報を知りたいな……
その問題は、この世界の生物の創造に起因する。
この世界の生物は構成割合の中にエーテルを一定量含む。エーテリオンが創造する時に生命エネルギーが足りずそれをエーテルで補ったからだ。
人種で二〇%、それ以外の種ではそれ以上含み、更に魔力の割合が増す。そして残りを生命エネルギーが占める。
因みに現世の生物でのエーテル率は五%以下で殆どが生命エネルギーが占める。
そして生命エネルギーのこの差が繁殖力の差に直結するのだが……ここで問題が起きた。
世代を重ねる毎にと言うか単純に増える毎に個体の生命エネルギー量が低下し始めたのだ。
現世の生物では繁殖時に同量を複製する様に進化したらしいのだが、ここで作られた生命体には複製能力が未熟だった様である。
この世界に知的生命体が創造されて数千年、それまでは繁殖力の強い種族は居なかったのでこの問題が認識される事は無かった。
しかし亜人種と人種が誕生して爆発的に繁栄しだした事で表面化したのだ。
それはこの世界の生命エネルギー不足と言う形で全生命体に影響を及ぼし始めていた。
それが生物のモンスター化である。
ショックを受けた4人が口々にバーサーカは嫌だとか、グールになりたくないだとか騒いでいたが、年長者に宥められ大人しくなった。
「人はモンスター化するとバーサーカやグールになるんですか?」
その問いに、四人を宥めていたゲンデルさんが答えてくれた。
「そうなんじゃ。バーサーカはまだ多少理性が残っておるんじゃがのぉ。破壊衝動と力の加減を抑えることが出来なくなり暴れまわるんじゃよ。」
バーサーカ、狂戦士、怒りの精霊に憑りつかれた者。
ゲームなんかではそのパワーを生かした戦士って事もあるけど、ここではモンスター扱いなのか……
「グールの方はもっと酷くてのぉ……グール化した者は理性を失い、生き血と生肉を貪り闇夜に生きる完全なモンスターに成り果てるんじゃよ……どちらも一度なってしまえば戻る事はないと言われておるが、幸いな事にどちらもこの村からはまだ出ておらんのじゃ」
「何はともあれ、この世界を女神様方がお見捨てになっておらん事が分かって、あたしは安心したよ」
「ふん、確かに多少は希望の芽が出てきたが、渡界者の話を聞けばまだまだ手探り状態ではないか。期待しすぎん事だ」
ヨムグ司祭の言葉にギルさんが言葉を返しお互いに睨みあっている。
「あの~皆さんは、この事実を知っていたんですか?」
その質問にヨムグ司祭、ゲンデルさん、ギムさんの三人は顔を見合わせ気まずそうだったが
「そうじゃのぉ……皆に隠していてすまんかった。この問題は一部の者の間では公然の秘密じゃったんじゃよ」
そうゲンデルさんが告白した。
「そうじゃ。世界中の教会、魔道ギルド、学者、国家機関などしがらみを超えて総力を挙げた研究が行われておった」
「でも、おばぁちゃん! 私は神学校でそんな事教えられなかったわ」
「んん、まぁ当然じゃ。その事実は余りにも危険なものじゃったからの……」
「危険って……? モンスターになるって事、じゃないの?」
今まで黙って話を聞いていたアルティが口を開いた
……ヨムグ司祭は黙ってしまい代わりにゲンデルさんが答えた
「それはのぉ、世界の生命エネルギーの不足による不妊問題じゃなんよ」
「不妊?」
「そう、子供が出来ない。各種族の出生率の極端な低下が起こり始めたんじゃよ」
「……それって」
「俺たちにも子供が出来ないって事だよね。そして……」
今度はカルノスが口を開いた。ずっと難しい顔で話を聞いていたが核心に至ったのだろう。
少し青ざめた険しい表情で先を続けた。
「それは種族の滅亡に繋がる……」
「……さすがじゃのぉ。その通りじゃ。子が生まれねば種族の繁栄は無い……今の子供達が大人になるまでに打開策が見つからねば世界のほとんどの種族は種の維持が難しくなるじゃろ……その為、この事実に至った我々はその事を秘密にしたのじゃよ」
この世界の知識人やお偉いさん方はそこまで問題を把握していたんだ……
でもこの世界の知的生命体は生命エネルギーを作り出すことは出来ないし、捕食による補充も出来ない。
だからこそ、生命エネルギーを生み出せる異世界人の自分達のデータが欲しいのである。
それを元に神エーテリオンあたりが新しい生命体でも作るんだと思うけど……
衝撃的な話題であったが、
「その打開策を探す手がかりが自分の役目だし、賢者様曰く、もしかしたら生命エネルギーを生み出せるかもって話もあったから……それに自分達が集めたデータで神様が何とかすると思う。ここの生命体を作ったわけだし……」
その様な気休め程度の事でも伝えたら、皆少し落ち着いた様だった。
その後も少しの間議論になったが
「今すぐにどうこうなる話でもないし、僕たちが心配してもどうにもならないよね」
と言うアルティの言葉で終了した。
今日初めてこんな話を聞かされても、気持ちを切り替え明るく振舞おうとするアルティがいじらしかった。
単に異世界にあこがれ、若返りに目が眩み、軽い気持ちでこの世界にやって来たけど……
この世界にはこの世界の現実を生きる者たちが居る事を実感させられた。
条件クリアの為に六年間生き抜こうと思っていたけど……もう一つ、簡単に死ねない理由が出来てしまった様だ。
「絶対! 生き抜いてやるぞ!」
と心の中で拳を振り上げ叫んでみるが……
だからと言って今すぐココに居る者に何ができ訳でもなく、この話を口外しない事と自分に対する出来る限りのサポートが決められた。
「では、レンヤさんには暫く我が家に滞在して頂く事にしますかな」
こうして自分はゲンデルさんの家にお世話になる事になった。
因みに、自分がサポートとしてお願いしたのは、この世界で自活した生活を送れる環境が欲しいという事だった。
その手始めに空き家を貸してもらえないかと相談したのだが、それに対してパルク村長が
「すぐにお貸ししたいのはやまやまなのですが、七年前の戦争で近くのロベア王国とゼダ魔法学園都市が西ゲルタ軍事連合に落とされて以降、避難民が急速に増えまして……家も農地も不足しがちでして……」
「この村は森の随分奥にある様に思えるのですが、人が簡単に来れるものなんですか?」
「いえ、おっしゃる通り一番近い街道沿いの街からでも森の細道を最低でも七日は歩くことになります。しかも森には他よりも凶暴なモンスターが多く生息していますから、ここに辿り着くのも命懸けになりますね……事実、避難民に話を聞くと多くの方が命を落としているんじゃないかと……それでもこの七年で村の人口は倍以上に膨らんでいます」
だから工事中の家が多かったのか、それに開墾途中の土地は食糧増産か。
「この村は危険な森の中にあるのじゃが、湖と川の女神の聖地の一つでのぉ。綺麗な湖に川があり温泉まで湧き出とるんじゃよ。それに貴重な薬草に木の実、森の生き物から取れる各種素材のお陰で頻繁に商人も訪れる賑わいのある村だったんじゃが……戦争のせいで今では商人も旅人も訪れる事はなくなったんじゃ……かく言う儂やカルノスもロベア王国から避難してきた避難民じゃよ」
「……」
そうだったんだと思いつつ、カルノスの方を見ると、唇を固く結び拳を握りしめて俯いていた……当時の事でも思い出したのだろうか。
それにしても、戦争か……平和ボケした世代の自分にはピンと来ない言葉だ。
それこそ映画やゲームの中の話でしかない……まぁ、見ないフリをしているだけで実際は現世もあちこちで戦争は起きてるんだけど、やっぱりどこか遠くの国の話って感じなんだよな……
そう言えば戦争云々以前に、自分は動物を殺した経験もないけど大丈夫なんだろうか……アルティが飛び出して来ただけであの緊張感。
ゲーム感覚で何とかなるさと思ってたけど……
無理だな……まずは徹底して訓練をして……などと考え始めていると
「まぁ、訪れる人は居なくなりましたが、人が増えて結果的に村に活気が出てきたのは喜ばしい事ですな。そういう訳でレンヤさんの空き家の件は改めて確認してご連絡しますので。暫くはゲンデルさんのお宅でお過ごし下さい」
「あ、分かりました。よろしくお願いします」
これで今日は解散となり、各々が家路についた。
アルティも『明日の朝迎えに行くよ』と言い残し別れた。
ゲンデルさんの家で自分に与えられた部屋は、六畳ほどの広さであったがベッドの上や床に所狭しと本が積み上げられていた……どうやら書庫として使っていた様だ。
その部屋をお手伝いさんが手早く片付けてくれて、取り敢えずの寝るスペースが出来上がった。
その後、食事を済ませて風呂に入った後は、一日中山道を歩いた疲れが出たのか睡魔に襲われすぐにベッドに潜り込んだ。
「まだ二日なんだよな……」
しかも、ただ山道を歩いていただけなのだが、随分とこの世界で時間が経った様な変な感覚があった。
「賢者様曰く、この世界において現世の人間は生活する中で、微量ながらも生命エネルギーを作り出せるという話だったけど……そんな役に立つ量が出来るんだろうか? それに生命エネルギーは命を奪った相手に一度取り込まれてから霧散する……か」
この話は誰にもしていない重要機密だ。
自身の身を護る為にも秘密にする様に賢者様に言われている。
生命エネルギーを取り込んだ所で自分のモノには出来ない様だからその事実がバレタところで殺戮が起こる事は無いはずだけど……無用のトラブルを避ける為にも黙っておくのが正解かなと思っている。
「ただ、渡界者の自分に取り込まれた場合は、生命エネルギーの補完が出来る可能性があるとも言ってたな……もしそうなら戦いの日々を送った方がこの世界の為になるのかな……」
その場合自分は何になってしまうんだろう……救世主? 戦士? 殺戮者? まぁモンスター相手なら殺戮者にはならなくて済むかな……
「取り敢えず自分がすることは、生き続ける事!」
ベッドに横になり、見知らぬ天井を見上げ独り言を言いながら左手首にはめられたバンドに目をやる。
これは『生命エネルギーカウンター』と言うものらしく自分に関わる生命エネルギーの収支が分かるというもので、これを参考に効率の良い補充方法を見つけるのも仕事の一つである。
「……まずは生活環境を整えて……安全第一で……体を鍛えながら……zzz」
幸運に恵まれ、協力者と拠点となるエヴァン村に辿り自分は深い眠りに落ちて行った……
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