○○のある話、ない話

馬瀬暗紅

「あい」編

「あい」のある話

 僕の朝は同じぐらいの年の子に比べて早い。まず六時ぐらいに起きて朝ご飯を作り始める。味噌汁の出汁をとってその間にお弁当をつくる。僕が起きてから三十分ぐらい経つとお母さんが起きてくる。僕が「おはよう」と言っても返事はない。それどころか「朝早くからうるさい」って言われる。でもいつものことだから気にしない。お母さんがトイレに行ってる間にお茶碗にご飯をよそってお椀に味噌汁を注ぐ。もし、お母さんがリビングに戻っても朝ご飯の支度ができてなかったらまた怒られる。それはイヤだ。だから急いで支度をする。良かった。どうやら今日は間に合ったみたいだ。お母さんがリビングに戻ってご飯を食べている間に僕は部屋に戻り学校に行く支度をする。時間割を揃えようとしてランドセルを開けると中から「死ね 学校に来んな」と書かれた紙が出てきた。どうやら金曜日に入れられていたらしい。僕はその紙をちらっと見てからいつものように握りつぶしてからゴミ箱に入れる。その後、僕はあやふやな記憶を元に時間割を揃えた。月曜日、確か今日は体育があったと思う。そう考えて少しイヤな気持ちになった。学校行きたくないなー。

 朝学校へ向かう。僕の通う学校は集団登校ではないので僕のような人間にはありがたい。ただ、学校が近づくにつれて僕の足取りは段々遅くなっていく。今日はまだ会ってないけどあいつらに会った日は最悪だ。そんなことを考えながらゆっくり歩いていると

「おはよーございます。きーしーさーま」

と、後ろからどこまでも人を見下したあいつらの声がした。けど、無視してそのまま歩いていると

「何で無視しやがる」

そういってあいつらのリーダーが僕を突き飛ばす。自分よりも大きい人に突き飛ばされた僕は道ばたに倒れ込む。起きあがろうとした僕の腹を近寄ってきたリーダーが蹴飛ばし、再度倒れた僕の髪をつかんで言う。

「ちょーしに乗るなよ」

そして、もう一回僕のお腹を彼らがいつも蹴ってるボールのように蹴り飛ばす。そして彼らが下卑た笑みを浮かべて立ち去る。その後僕がのろのろと起きあがって歩き出しても周りにいた人は誰もこっちを見なかったし助けてくれなかった。

 チャイムぎりぎりに学校に着き、画鋲を除けてから自分の席に座る。今日は職員用の

下駄箱だった。そのせいでこんなに時間が掛かってしまった。チャイムが鳴ってから少しして担任の先生がやってくる。日直の号令で挨拶をして学校での一日が始まる。

「みんなおはよう。じゃあ、朝礼に行きましょうか」

僕の通う学校では毎月、一日以降最初の朝に朝礼をする。そのときに何か賞を取った人がいればそこで表彰される。

「じゃあ、表彰を始めます。紙谷(かみや)君、前に来てください」

「準優勝 紙谷 歩(あゆむ)あなたは平成××年度○○県子供将棋大会において頭書の成績を残したことを賞します。」


 やっと朝礼が終わった。昨日の将棋大会で優勝したから表彰される。勝つのはとても楽しし詰め将棋なんかで勉強をするのも好きだ。ただ、その結果目立っちゃうのは好きじゃない。むしろ嫌いだ。大きいのも小さいのも考えれば月に一、二回大会はある。毎回優勝できるわけじゃないけどよっぽど大きい大会じゃなければ僕は勝てる。だから僕が教頭先生とかに呼ばれて前に立ってるとみんなが「また、あいつか」って雰囲気になる。学校も伝えてないのにご丁寧に調べて僕を前に引きずり出す。だから学校はイヤになる。それでも行かないとお母さんに怒られる。だから行く。

 放課後になった、いつもお母さんは夜にお仕事があるので家に帰ってもだれもいない。だから僕がどこに行っても僕を怒る人はいない。そんなわけで駅へと向かっていた。

 僕が今から向かおうとしているのは千駄ヶ谷にある将棋会館だ。そこなら無料の対局所があってそこでいろんな人と対局できて、将棋教室に通えない僕にとってすごくありがたいところだ。

 プルルルル

電車の到着を知らせる音が鳴ったので顔を上げる。見ればやや遠くに電車が見える。

いきなりトンと背中を押された。突然のことに踏ん張りがきかなかった僕はホームへと落ちていく。電車が近づいてくる。視界がスローモーションになり走馬燈とやらが頭の中を駆け巡る。いつもヒステリックに叫ぶ母、僕を見れば何か嫌がらせをしてきたあいつら、そして最後に将棋のこと。あーあ、もっと対局したかったし、先生にはずっと勝てないままだし

ふと、ずっと気にかかっていた詰将棋の答えが浮かんだ。ああ、そうか五手目をあそこにさしてたから駄目だったんだ。あそこで銀をつかえ————

そこでぼくのいしきはなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る