うせものがかり
あきのななぐさ
第1話はい、こちら時空図書館付属遺失物管理室
「まだ……、見つかりませんか…………。また、来ますので、よろしくお願いします」
「ええ、きっと見つかりますよ……」
男が投げかけた慰めの言葉。それを受け取る老人のうらぶれた背中は、小さく消えていきそうだった。
「また来てたんですね。一体あのお爺さんは何を無くしたんですか? 睦月せんぱい!」
入れ替わるように入ってきた小柄な女が、カウンターの内側に入りつつ、扉を見送る男にそう告げていた。
「葉月さん、そこの扉は職員の出入り口じゃないですよ。あなたは何も無くしてないでしょ?」
「とんでもない! 時間を無くしたばかりです! 貴重な睡眠時間を!」
「遅刻して堂々と言う言葉がそれとは恐れ入りました。それより早く着替えてきてください。ここに来る人達は、それぞれに何かを無くした人です。それなりの服装で出迎えないと」
「はぁーい。わかってますよぉ」
「…………言いたいことは山ほどあります。けど、今はまず着替えてきてください」
片手で葉月を追い払う仕草を見せる睦月。その態度が気にいらなかったのだろう。頬を大きく膨らませながら、葉月は部屋から出て行った。
「さて、どうしたものでしょう……。それに、こんなことは初めてです」
広げられたファイルの中身を集めながら、睦月はそうつぶやいていた。一つ一つ丁寧に、その中に書かれているもの確認しながらの作業は、遅々として進んでいない。
だが、そのファイルがようやくまとめられた頃、豪快に扉が開け放たれる。
「お待たせしました! 葉月新人管理官、ただいま重役出勤です!」
扉のあげた悲鳴を打ち消すように、元気な葉月の声が轟く。その姿を目の当たりにした睦月は、大きく息を吐いていた。
「どうしたんです? 睦月せんぱい? もうお疲れですか? まだ、仕事は始まったばかりですよ? 遺失物管理の仕事は、根気のいるものだと教えてくれたの、先輩ですよ?」
「まったくです。僕が失ったモノを探してほしいものです」
「ええ!? 睦月せんぱいが? 無くしたモノ? 探します! 是非! それで何を? 何を無くしたんですか? ねぇ! 先輩!」
鼻息荒く詰め寄る葉月。その姿に圧倒されながらも、睦月は頭を横に振っていた。
「いえ、結構です。さっきの事は気にしないでください」
「いや、いや、いや。遠慮なんてみずくさいです! ほら、ここに書いてください! 『何を、いつ、何処で』が大事ですよ! 知ってますよね? 先輩!」
――遺失物捜索願――
引きだしから手早くそう書かれた紙を取出し、そのまま差し出す葉月。
その勢いにのまれ、睦月はそれを受け取っていた。
「何を、いつ、何処で……」
その紙をじっと見つめながら、睦月はそうつぶやいていた。
「わかんないんですか? 睦月せんぱいでも? 色々とモノを詰め込みすぎなんですよ! 先輩の頭は! クリーンアウトですよ! クリーン! ちゃんと洗ってください! 毎日」
眼を大きく見開いた葉月が、のけぞるように半歩退く。その雰囲気にのまれたのだろう、慌てた睦月が素早くそれを訂正していた。
「いや、僕の話じゃないです。さっきのお爺さんの話です。あと、誤解を私にまで押し付けないでください。念のために言いますが、洗ってますよ。もちろん、丁寧に。毎日」
受け取った紙をカウンターの脇に置き、睦月は再び自分のファイルに目を通し始める。その姿を睨む葉月。
また頬を膨らませながら、睦月の置いた紙をつかんで突きつけていた。仕方なく、それを自分の引きだしにしまい込む睦月。
その態度も、葉月は気にいらなかったのだろう。まるで尋問をしているかのように、片手で机をたたきだす。
「もう! 後でちゃんと書いてくださいよ! でも、そのお爺さん、いったい何を無くしたんですか? ここに来ることのできる物語の主人公達って、何かを無くしても、睦月せんぱいが見事に見つけ出しますよね? ここに来た途端に見つかることもあるじゃないですか? でも、あのお爺さんはずっと出てきませんよね? もしかしてあのお爺さん、主人公じゃないんですか? でも、主人公格じゃないと、あの扉は現れないし……。じゃあ、何故なんですか? 謎です。ていうか、誰です? あのお爺さん」
紙を突きつけたあとは、矢継ぎ早に老人について質問をする葉月。そのあまりの変わり身に、睦月の口は小さくあいたままだった。
「ほら、先輩。教えてくださいよ。睦月せんぱいがお休みの時に、あのお爺さんが来たらかわいそうです。だから、そのファイルを見せてください」
「休みのときは、私の先輩に来てもらいます。以前からそうでした。それに、葉月さん一人に任せた方が、可愛そうというものです」
「もう、先輩は私をなんだと思ってるんです? これでもしっかり探し出したこともありますよ! さっ、早く!」
隣に置いてある自分の椅子を引き寄せ座り、その膝をポンポンと叩きファイルをせがむ葉月。そのにこやかな笑顔の中に、有無を言わさぬ迫力があった。
「花咲か爺さんです。あの人は主人公の正直爺さん」
「ええ!? 超有名人ですよ? 勧善懲悪の代名詞のような人ですよ? 他の物語にはない、人生の深みある教えがたぶん詰まっている人ですよ? 何を無くしたんですか? 犬ですか? シロとかポチとかいう犬ですか? でも、死んだのはさすがに……。あっ! 自分でばらまいた灰ですか? でも、それって無くしたことになりませんよね……。強欲爺さんがもっていった灰の一部でもいいですか? それとついでに、シロかポチかはっきりしてほしいです!」
「勝手に決めつけた挙句、いったい誰に確認しているのですか……。そしてその文句は見当違いです。ポチにしても、シロにしても、最初に犬という形で描かれただけです。幸運とかチャンスとかきっかけとか。そういった形にないものを、犬として登場させただけです」
「へぇ。睦月せんぱいの説ではそうなるんですね。確かにそう思わないと、やってられませんよね。ポチの人生って。あれ? やっぱり犬だから犬生ですね! ポチは殺されて、隣の木に乗り移って、臼になって、最後は灰になってばらまかれる。ハッ! ポチが『体を探してくれ』って来たらどうしましょう!?」
「無駄に想像力豊かですね、葉月さん。それと、僕のいう事さらりと『説』で流してしまうあたり、かなり失礼です。ただ、さっきも言いましたように、ポチはここを見つけられません。そもそも、あの犬もポチなのかシロなのかもわからない存在だと、今お話ししたばかりですよね?」
「ポチです! ほら、ポチって感じじゃないですか! 『臼にしてくれ』なんて言うところ、なんだか自虐的だし」
「それ、何かの自爆シーンだと思いますよ? 関係ないですからね。それと何か誤解しているようなので言いますよ。臼って、自分を痛めつけられていると思っていませんからね。あと、名前が安定してないのは、存在そのものが物語にとって違う意味を持っているからだと思います」
「もういいです、その話。なんだか長くなってしまいそうだし。それより、無くしたものですよ。一体何を無くしたんです?」
「…………。葉月さん?」
「なんです? 睦月せんぱい?」
「あなたはこの遺失物管理室の役割を、ちゃんと理解していますか?」
「もちろんです! そんな事言われるなんて心外です! いくら睦月せんぱいでも、言っていい事と悪い事がありますよ! 物語の主人公達が、物語の中で失った物。それを探して管理しておく所です。そして、それを返すことで、物語は不変に人々の心に何かを届けるのです!」
「そうです。葉月さんが胸を張る事ではありませんが、その通りです。その中には、隠れて失っているモノもあるのです。正義感とか、人格ということもありえます。そして、それを知るには物語をしっかりと理解する必要があるのです。それなのに、さっきの言葉はまるで――」
「それは、先輩にお任せします! 私、そういうの苦手なんで! ほら、適材適所っていうじゃないですか!」
睦月の言葉を遮って、にこやかな笑みを浮かべる葉月。そのまま睦月のファイルに手を伸ばし、その中身を読みだしていた。
開いた口がふさがらない様子の睦月を放置して。
「えっと、これが失った物……………………? えー? んん?」
次々と中身を確認していく葉月。その様子を回復した睦月が、口をつぐんで見守っていた。
「睦月せんぱい?」
「そう、それが全てなのです。でも、正直爺さんは無くしたと思っています。いえ、そう思いたがっているのかもしれません」
顔をあげた葉月の疑問を、睦月は頷きそう答える。
「ポチの掘りだした大判小判。臼になったポチで作った餅が変化した小判。最後に殿さまからもらった褒美の数々。それが無くなったと思っています。あの、正直爺さんは……」
まだ納得のいかない葉月をみながら、睦月はゆっくりと葉月の理解を促していた。
その瞬間、雷に打たれたかのような葉月。
暫らく硬直していたが、ようやく自分の考えを言葉に出すことが出来ていた。
「いや、いや、いや。無くなるなんてこと、ありえます? あの物語に出てくる人は少ないですよ? 都合よく物語に盗賊でも出たんですか? 違いますよね? しかも、最初の大判小判は振舞って減ったとしても、村に配るだけで、そんな減る量じゃないですよね。それが無くなるなんて、どんだけ配ったんですか? 日本中ですか? 元気すぎです。しかも、餅が変化したものは、振舞ったという事実もないです。でも、それこそ配るべきですよね? もともと、お餅をついてたんですし。それ、独り占めしてますよね? 結局、正直爺さんも欲には勝てなかったんですね。ある意味、自分に正直です。欲といえば、あれだけ強欲な強欲爺さんですら、だまって盗むという発想がなかったんですよ? あの物語に、そういう概念がないのは明らかですよ。強欲爺さんの行為は全部、正直爺さんから譲り受けたもので始まります」
「強欲爺さんは、『それ以上に』と思っているから強欲なのだと思います。だから、それを生み出すものを手に入れることに執着していたのでしょう。だから、正直爺さんがどれだけ持っていても気にならないと思いますよ」
「じゃあ、明らかじゃないですか? 正直爺さんの家には、もう一人登場人物がいますよね? すべてを知っている人が。そして、全て手に入れることのできる人が!」
「そう、だから正直爺さんは無くしたと思っているのかもしれません。でも、それじゃあ、物語は永遠に始まらないでしょう。物語が始まらないと、何も人の心に届きません。正直爺さんには事実を受け入れてもらうしかありません」
「じゃあ、何故それを早く言わないんですか? 睦月せんぱいらしくないですよ?」
前のめりに話し込んでくる葉月の勢いにおされ、身をのけぞらせる睦月。
だが、自分がこれまでそうしなかったことに自負があるのだろう。睦月は真正面から葉月に向き合っていた。
「葉月さんの言いたいことはわかります。でも、他に腑に落ちない点があるのです。何故かこう、引っ掛かるのです。何かを見落としている気がします。それに、『あなたの奥さんが使い込んでいます』と言ったところで、今のお爺さんには届きません。見つけても、届かないのでは……」
「睦月せんぱい……」
苦しそうにつぶやく睦月。その顔を葉月はじっと見つめていた。
「睦月せんぱいの眼って、よく見ると奥二重の瞼だったんですね。ずっと切れ長な一重瞼だと思ってました。これだけ近づいてようやくわかるなんて、どんだけ隠したいんです? 恥ずかしがり屋さんですか? 先輩の眼」
いきなり、あさっての方向を向いた葉月の言葉に、睦月は凍りついていた。
だが、そこに何かを感じたのだろう。その何かを探るように、睦月は葉月の言葉を繰り返す。
「奥二重……。一重……。近づかないとわからない事……。二重、一重……」
だが、繰り返したその言葉に、自らの理解が加速する。
「そういう事ですか……。なら、直接会って聞きましょう」
何かを探すようにうつむく睦月。
だが次の瞬間。いきなり立ち上がり、虚空に向けて言葉を告げる。
「管理者権限を発動します。扉よ。かの者に意志あれば、ここへ誘いたまえ」
澄みわたった声がどこまでも遠く響き渡る。葉月の戸惑いの声も放置し、睦月は静かに腰を下ろして待っていた。
その雰囲気のあまりの変化に、葉月は目を白黒させ続けている。
――しばしの静寂。
「睦月せんぱい?」
ようやく葉月がそう告げた時、来訪を告げる小さな音が、二人の目の前にある扉から聞こえてきた。
「どうぞ、お入りください。ずいぶんお待たせして申し訳ございません」
扉に向ける真摯な瞳。姿勢を正した睦月につられ、葉月も自らの席に戻り、居ずまいを正していた。
「ごめんくださいまし」
ゆっくりと扉が開き、そう告げて部屋に入ってきた人物は、礼儀正しく扉を閉めてゆっくりと頭を下げていた。
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