ロサンゼルスの葛藤

谷口雅胡

第1話 プロローグ

その日のサンタモニカビーチは、陽光を受けキラキラしていた。

セグウェイで遊ぶ者、サイクリングやローラースケートをしている人々を横目で見ながら、ジェイニーレインは、ある物思いにふけって居た。


あれから2年ジェイニーは26歳になって居た。

デトロイトロックシティの残り香も好調に売れ、ビルボードのトップ40に躍り出た。

ジェイニー達のバンド、シャイニングレイにもお金が入り、ジェイニーは中流家庭の様な生活をして居た。

ジェイニーは此処に居て、ホットドッグを頬張りながら太平洋を眺めるのが好きであった。

サンタモニカマリーナベイビーチは温暖なカリフォルニアだからこそ出来たものだと言えよう。

夏にはサーフィンの大会が開かれる程波は荒く、度々遊泳禁止にはなるがロサンゼルスに来たら最初に観光客は此処を訪れる程、有名な所だ。

ジェイニーは金色の髪をサラサラと風に靡かせながら、ホットドッグを頬張って居た。

思うは遠いデトロイトとパメラの事。

ボーダーのシャツにインディゴブルーのGパンを履いたジェイニーは、訪問者が来た事など全然気が付かなかった。


パメラは何処へ行ってしまったのだろう・・・

あれから暇を見付けては愛車のポルシェでジョシュア爺さんの所に行ってみたが、パメラの消息は本当に無く、ジョシュアも首を傾げていた。

あの日、パメラが言った言葉が思い出される。

「ブレッドは殺されたのよ!!」

だとしたら誰に?

やっぱりユナイッテッドレコードのCEOカールウィルソンか?

でも証拠が無い。

パメラは、その証拠を探しにデトロイトを出たのだろうか?

ジェイニーが色々と思案を巡らせて居ると、クリスリベンジがジェイニーを覗き込んで言った。

「何やってるんだジェイニー?」

ワッ!!っとジェイニーが驚く。

そこには黒いカールがかった長い髪をし、マリリンモンローのTシャツを着たクリスリベンジが笑いながら覗き込んで居た。

「驚いただろ?今日は真上から攻めてみました」

「クリスお前の登場の仕方は、いつも意表を付くよな」

「アハハ、お前がボケーっとして居るからだよ。さて、そろそろ行くぞ。」

「ああ、例のミーティングか・・・。」

「そうだよ。これからのバンドの事を考えての合同ミーティングだ。いつまでもバラードしか歌えないバンドと言われ続けるのも癪だからな。」

ジェイニー達のシャイニングレイは確かに売れた。

が、デトロイドロックシティの残り香が強烈過ぎてバラードバンドと言われてしまったのだ。

そこでクリスは、シャイニングレイを抜本改革する事に決めた。

バラードバンドという汚名を返上し、シャイニングレイと云う光の道のハードロックバンドとして1から立て直す事にしたのだ。

今日は、その為のレコード会社との話し合いである。

「じゃあジェイニー、そろそろ行くぞ」

「ああ・・・。」


ジェイニー達が所属するアトランティックレコードは、サンタモニカから車で25分程の所にあるロサンゼルスの大きなビル群の中にあった。

上に支配されない平等博愛自由を掲げて作られたこのレコード会社には常時支部も合わせると、8000人の社員と10000人のアルバイトでなりたっている。

その中には託児所も配備されており、大きな食堂、ミーティングルーム、ペットを預けられるペットホテルも完備されている。

又、障害を持った者も積極的に雇用するCEOマイケルローディーの狙いがあった。

皆が自由に生きて、自由に呼吸をし、その中で感じた事、考えた事をヒントに新しいアイディアを出していく。

一人一人が主役。

それが、この会社のモットーであった。


ジェイニー達が話し合いをする第2応接室は、そのビルの32階にあった。

此処は関係者以外、誰も立ち入る事が出来ない場所で次の曲のコンセプト等が話合われていた。

ジェイニーとクリスが中に入るとメンバーが全員来ていた。

ベーシストのジャンハザウェイ、ドラムスのエディールクシア、そしてマネージャーのダンマーシー。

今回のプロデュースを務めるルクスG。

ルクスは、これまでにも沢山のハードロックやヘビーメタルの音楽を手掛けており、今回ジェイニー達のバンドのプロデュースを手掛ける事になったのも、彼がデトロイトロックシティの残り香を偉く気に入ったからだと云うエピソードが付いていた。

それに弁護士とレコード会社のプロデューサーの計8人が思い思いの席に座った。

隅には秘書が控えており、この状況を逐一漏らさない様にとパソコンの前で待機して居た。



「今度のコンセプトはパッション!情熱だ!」

クリスが言った。

「前が静のシャイニングレイなら、今度は動のバンドを見せたい。本来俺達はハードロックバンドだ。

パッションのあるバンドだと云う事は、俺達の事を良く知って居るファン達なら分かる筈だ。だから、第1弾シングルは思いっきりリフの利いたハードロックっぽいラブソングを持って来る。」

ジェイニーは心の中で頷いた。

他のメンバーは頷いたかどうかは分からないが、了承はして居た。

しかしルクスGだけは、ただ一人こう言った。

「そのコンセプトで売れるの?」

クリスはルクスを見た。

しかしルクスは凄腕プロデューサーと言われるだけあって一筋縄ではいかない。

クリスは、その問いにこう答えた。

「ハッキリ言って、売れるか売れないかは分からない。まだアルバムも完成してないんだからな。ただコンセプトはパッション!これで行く。」

しかしルクスは、まだ話続ける。

「クリス!どうして動のシャイニングレイにこだわる。バラードバンドとは言われているが、今回はその個性でバンドはビルボードに載る事が出来たのに、ハードロックバンドでデビューしたてでビルボード誌に載れるなんて奇跡に近いぞ。それだったら第2弾シングルもバラードで行った方が安全だと思わないか?」

カルチャークラブのヴォーカルを思わせる様な能面の感じのルクスは、ハッキリ言って怖かった。

しかし、ここで黙ってしまっては、クリスが目指すシャイニングレイとは別のバンドになってしまう。

クリスは迷った。

どうしたら、此処に居るルクスを納得させて彼を唸らせる事が出来る?

どしたら、このコンセプトでレコーディングに持って行く事が出来る?


ジェイニーは心配そうにクリスを見て居た。

他のメンバーもそうだ。

クリスは徐に黒い鞄を弄ると、ある譜面を出した。

「今回の第1弾シングルに持って来る俺達の曲だ。」

そこには、『ロサンゼルスの葛藤』そう書かれてあった。

「ロサンゼルスの葛藤・・・」

ルクスが唸る。

「デトロイトロックシティの残り香の続きさ。主人公の男はデトロイトから消えた女性の足取りを追う、しかし彼女はもう別の男性の大切な人になって居て、主人公はそこで初めて自分が、彼女に利用されていたことを知る。ロサンゼルスの葛藤は、それまで近くにあった大切な人々に気付かなかった哀れな男の恋の歌さ。」

「ふーん・・・」

ルクスは譜面を読むと暫く考え込み、それから言った。

「デトロイトロックシティの残り香の続きは、アイディアとしては面白い。第1弾シングルに持って来たのも、これも中々。それじゃあ、この曲で行くんだね?クリス。」

「ああ・・・思いっきりリフの利いたハードロックにしてやるよ。」

そう言ってクリスはニッと笑った。

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