女子高生にして中二病
お正月明け、わたしは東京に向かった。
AO入試で合格通知を得たその大学の文学部主任教授に会うために。
「教授、すみません。お忙しい中お時間を取っていただいて」
「いいんですよ。さ、どうぞ」
面会の場所は神保町から御茶ノ水に向かう坂の途中にある、老舗ホテルのロビーだった。
文豪たちが缶詰になって執筆をしたという伝統あるホテルだ。
そのホテルの喫茶ロビーでわたしは柿田教授、そして事務部の種田部長と向き合った。
そして、わたしは隠し球を用意していた。
「こんにちはー。よろしくお願いしますー」
わたしの背後のソファ席から5人が一斉に挨拶する。
突然のことにも柿田教授はそれほど動じていない。
さすがだ。
「ええと。
「はい。紹介させていただきます。まず、大阪の芸術大学に通う
「こんにちは」
柿田教授は普通に頭を下げる。種田部長は怪訝な顔つきだ。
「そして大阪の高校で音楽学科に通うセイジくんとカナちゃんです」
「ちっす」
「こんにちは」
柿田教授はまだ普通。
種田部長はセイジくんの態度にやや苛立ってる。
「最後に。わたしの彼氏の
柿田教授の表情がほんの少しだけこわばった。けれどもその前に種田部長が大きな声を上げる。
「キミ! 面談は1人だけでのはずでしょう!?」
「あの、人数までは・・・」
「そういうのを詭弁と言うんです!」
「種田部長」
柿田教授がやわらかく右手を上げ、制止してくれた。静かな口調で話す。
「何か事情があるんでしょう。嶺紗さん、説明してくれませんか?」
「は、はい」
ものすごい圧力だ。
静かだけれども、この場にいる人間の中で怒らせたら一番恐ろしいのはこの人だろう。
わたしは心して話す。
「わたしの人生の目標をまず聞いてください」
「何を言ってるんだ!」
「種田部長!」
柿田教授の叱責にも似た突然の大きな声に、種田部長が、びくっ、とする。
「人の話は最後まで聞くものです。どこにどんな益ある話が転がっているか分からない。聞いて無益なら切ればいいだけです」
ぞっとするよ、ほんとに。
背後の5人も、これが大人か、というような雰囲気になってて必死でわたしを応援しようという気持ちが伝わってくる。
頑張るよ。
「わたしの人生の目標は、『チャップリン』です」
「ほう」
柿田教授が興味を示した。でも、種田部長は何のことかわからずに怒りだけを発散してる。わたしは種田部長に対しても敬意を払いながら続けた。
「究極のエンターテイナーはチャップリンだとわたしは思っています。映画を作るにあたって、シナリオライター、主演、監督、作曲、演奏、指揮、映画のすべてのマネジメントを行い、しかも素晴らしくエンターテイメントでありながらそれは芸術であり人間の本質を描き切った、人類にとって価値ある作品を残し続けた、偉大なる人物です」
プレゼン序盤のヤマ場をわたしは言い切った。
柿田教授の反応は?
「興味深い。続けてください」
「はい」
ほっと胸を撫で下ろすと同時にわたしは確信を得て、ココロのままに話し続ける。
「わたしはチャップリンのようになりたい。わたしの書く小説は、音楽と切り離すことはできません。わたしはピアノを弾くことによって小説を書くための無限のインスピレーションを得ています。そして、クラシック、ジャズ、ロックを問わず、あらゆるアーティストたちの創作からも」
気がつくとわたしは中腰になり、ついには椅子から立ち上がっていた。
「もちろん、素晴らしい小説家の創作からも。それから、漫画やアニメや映画からも」
「なるほど。それをあなた1人でやろうというのですね?」
「いいえ。残念ながら、最低でもアウトプットするためのチームが必要です。そして、アウトプットしながらそれがインプットにも繋がるような、同じ、『よき志』を持つチームが」
「それが彼女・彼らというわけですか」
「はい!」
種田部長がダン、とテーブルに手を置いた。
「まるで具体性がない。単なる仲良しグループの低めあいだ!」
「仲間だからこそせめぎ合うんです!」
恫喝に恫喝で応えるごとき気合いでわたしは立ち向かった。
「一番せめぎ合うべきは本当は家族です。目の前に収入や介護や嫁姑の確執といった課題があるのにそれを他人行儀に避けて通るから取り返しのつかないことになる。ここにいるわたしたち6人は、軋轢を避けません。本当に志を共にする仲間だからです」
「まあ、これを観てよ」
さきさんが馴れ馴れしい態度で柿田教授にスマホを掲げた。
「益無しかどうか、判断してよ、柿田さん」
「あなたには振られっぱなしですね、さきさん」
?
「え。さきさん。柿田教授とお知り合いなんですか?」
「まあね。1年前は嶺紗ちゃんと似たような立場だったからね、わたしは」
「さきさんは、ウチの大学の総合文化コンテンツ・ラボの講師兼任入学を蹴ったんですよ」
講師兼任入学?
ってなに?
種田部長が説明を始める。
「ウチが大学としての生き残りをかけて立ち上げようとした中期経営計画の柱だった事業だよ。今後益々の少子高齢・エンタメ需要先細りを見越して、学生と同年代の感性で教えることのできるシステムを組み上げようとしてたんだ。そのメインがピアノであらゆるジャンルを超えるさきさんの才能だったんだよ」
「わたしは純粋にピアノが弾きたかっただけよ」
「ああ。学費免除ころか、准教授並みの給与を払うという条件も全部蹴って、結局大阪へ行ってしまった」
「だあってさ、種田さん。志が低いもん」
「エンターテイメントの将来を憂うことのどこが志が低いんだ!」
「だってさ。結局それってエンタメ会社の都合でしかないもん」
うわ。
核心ついちゃった!
「な、何を言ってる!」
「もちろん人間のことだからさあ。稼げもしないのに偉そうなことは確かに言えないよ? でもさ、よーく考えてよ」
さきさんが、今までのイメージと違う。
ううん。悪い意味では決してなくって、すごい人だなってもちろん思ってたけど、このちっこい体の百万倍ぐらい大きな人だって感じる。
次のセリフで決定的になったよ。
「エンターテイメントは人を救う! そうじゃなきゃ、ダメでしょ?」
柿田教授は静かにさきさんに問う。
「嶺紗さんのやろうとしていることがそうだと?」
「そう。柿田教授、その通りよ。嶺紗ちゃんは高3だけど、真性の中二病なんだよ。精神の髄からエンターテイメントで人を救おう、っていう志なんだよ」
「できるんですか」
「できるんじゃなくって、やるんだよ。そして、やれるのに誰もやろうとしなかった。その方が、ラクだから」
さきさんは恐ろしい人だとも思った。
次のセリフでそれも決定的になった。
「救うどころか人を貶めようとするエンターテイメントもあるってことよ」
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