ピアノの発表会にしてラプソディ
「
「教室!」
祖母が経営するピアノ教室の発表会の話だ。
因みに去年は張り切って市民ホールでやった。大ホールじゃなくて小ホールを借りてだけど。
それでもとんでもなく大変だったのだ。
教室に通っている幼・小・中・高校生の生徒たちの祖父母・両親へ向けた内輪の発表会なんだけれども、それだけでは済まない。
小〜さな赤ちゃんの弟妹がいる子や、祖父母で収まらなくて曾祖父母が車椅子で鑑賞に来るなんていうケースもあって、わざわざ会場を借りて外で開いたもんだから、ケアが大変だった。そしてそういったサポートで最も動かなくてはならないのは、このわたしだからだ。
「教室でやるのプラス、
「そうだねえ。まあその方が外でやるより気兼ねないからねえ」
そしてこれはちょうどいいキッカケになる筈だ。
ラブレターの交換によって破局を回避できた恵当とわたしだけれども、手紙の内容があまりにも濃厚で「好き、大好き!」の表明だったので、2人して照れてしまって余りまともに話せていない。
仕事とあらば自然に接触できるだろう。
「嶺紗。ちょうどハロウィンだね」
「あー。そういえばそうだね」
「ハロウィンの衣装とか、小さい生徒は着ないの?」
「はっ! 恵当。いつから和の心を忘れてしまったのかしら」
「嶺紗。そんなこと言ったらそもそもピアノが日本の楽器じゃないでしょ」
「う・・・ぐ・・・」
発表会当日。
椅子も人数分のストックがあるし、終わった後に軽くその場で振る舞うジュースやお菓子も用意した。申し訳ないけれども、恵当をアゴで使わせてもらった。えへん。
そしてみんなの衣装は例年ドレスやジャケットなんだけれども、今年はとうとう恵当の予言どおりになった。
「ミ、ミキちゃん。それ、魔法使い?」
「うん、そーだよ、嶺紗先生」
「あはあは。
「いいよ。かわいいよ」
腕がすっぽり隠れるマント着てピアノが弾けるのかい!? と思ったけれども、ミキちゃんの祖父母やご両親はご満悦でしきりに写真を撮っている。
最年少、幼稚園の年少さんのミキちゃんだけだろうと思ったら、小2の泰斗くんはカボチャのマスクを被っている。
「外すんだ、よね?」
「えー? 外さなきゃダメー?」
わたしはご両親の目を見ないようにして、泰斗くんに無言で渾身のプレッシャーをかけ続けた。
泰斗くんは耐えきれなかったのだろう、外した。
まあみんな練習の成果を如何なく発揮している。普段から頑張ってるんだからハロウィンの衣装ぐらいいいのかな。
恵当の番になった。恵当はわたしが合唱コンクールで弾いた曲を選んだ。
「け、恵当」
「なに? 嶺紗」
「それ、なに?」
恵当は衣装は無難に中学の制服。
けれども、ほっぺに、カボチャのイラストと『happy Halloween』の文字ペイントをしている。
「え。嶺紗、スペル読めない?」
「何言ってんの? 恵当までそれじゃ、示しがつかないでしょ?」
わたしもこだわるつもりは全然なかったんだけど、恵当のイメージはもはや『武士』なので、なんだかそれを裏切られたみたいにわたしが勝手に感じてるだけだ。
せっかくラブレターを交換したのに、またわたしと恵当の間の空気が険悪になっていく。
「嶺紗先生! これ、貸してあげる!」
「えっ!?」
ミキちゃんが魔法使いのとんがりハットを、背伸びしてわたしの髪の毛に、ぽすっ、と被せてくれた。
「わあー、かわいい!」
ミキちゃんが褒めてくれる。
同時に観客たちもしきりにかわいいを連発する。
脱げなくなってしまった。
「どうせなら2人でお弾き」
祖母が無責任な発言をした。でも、観客のウケは最高潮でわたしと恵当は全員から囃し立てられる。
断るという選択肢はなく、鍵盤の前に椅子を2つ並べて座る恵当とわたし。
「嶺紗先生! これも!」
ミキちゃんがわたしの首の後ろから手を回してきて、魔法使いのマントもつけてくれた。
ちっちゃ過ぎだけど。
「恵当。わたしが低音パートやるからあなたは中・高音ね」
「うん。嶺紗」
「なに」
「魔法使い嶺紗。かわいい」
な!?
そのまま恵当は弾き始めた。
ひ、卑怯!
完全にわたしのペースを崩しておいてからのリラックスした演奏。
反対に動揺しまくってるわたし。
恵当のほっぺのカボチャペイントがかわいすぎる。
「この・・・カボチャにキスしちゃうぞ!?」
「どうぞ。唇以外ならいいよ」
恥ずかしがるのはわたしの方だと言わんばかりの恵当。そして並んで弾くコンビネーションの打ち合わせなど当然しておらず、2人の指と手が交差し、その度に体が密着し合う。
「わー。恋人みたい!」
小さな子たちがわたしたちを冷やかす。
『みたいじゃなくて恋人なんだよっ!』
と心の中で毒づく余裕も出てきたところで、わたしは演奏を本気モードに切り換える。
「恵当、ついておいで!」
「ふ。望むところだよ、嶺紗!」
おー。恵当。成長著しい。
やっぱり恵当は何やらせてもすごいなあ。
生徒全員の演奏が終了し、軽くお菓子をみんなでいただく。
この後それぞれの家族でレストランなんかを予約してあって、おじいちゃんおばあちゃんを交えた食事会のはずだから、あくまでもつまむ程度。
「ミキちゃん、ほんとに上手になったね」
「ありがとう、嶺紗先生。あのね、先生」
「なあに?」
「恵当お兄ちゃんと仲良くね」
このマセっ子にどう反応すればいいのさ。
「では、大トリに、
司会を引き継いでくれた恵当が、祖母の演奏を紹介する。実は祖母が今年何を弾くか、わたしも知らないのだ。
恵当がこの間の中二病武士のようなオーバーアクションでコールした。
「クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』です!」
おおおーっ、と割れんばかりの拍手が会場から起こった。歓声が鳴り止まない。
高校生の子はもちろん、小・中、いや幼稚園の生徒たちにも、父兄たちにも、まさに今をときめくこの曲の破壊力は絶大だ。
けれどもわたしは心配していた。
「弾けるかしらねえ」
祖母自らそう言うように、オペラを取り入れたオーケストラ的な曲とはいえ、偉大なロックバンドの、まさしくロック・ナンバーだ。
けれども、杞憂だった。
「さすが、
祖母は自分の指がスムーズに動く音を拾ってのアレンジはしている。そしてテンポもゆったりとしたものにしている。
けれども、まるでフレディ・マーキュリーが魂を込めて歌い上げているような力強くてドラマティックな演奏を、
そして、「主役はわたしだよ!」と言わんばかりの不敵な笑みすら浮かべながら。
やられた。
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