心頭滅却にして涼し・・・なわけないっ!

 夏は続くよどこまでも。


 こうあって欲しいという受験生のわたしと、今夏の殺人的な暑さに自己防衛本能で早く夏が終わって欲しいと思う生物せいぶつとしてのわたしの両方がいる。


 しかも、恋愛小説を投稿してるというのに受験生という属性が邪魔してわたしのかわいい彼氏、中1で12歳の恵当けいととのエピソードが溜まらない。ああ堪らない。


 だからと言ってこれはマズかったと夕方になってから気付いた。


「やあやあ。いらっしゃい」

「こんにちはー・・・って、あれ?」


 恵当はすぐに我が家の人口密度の低さに気付いた。


「恵当のお母さんは?」

「友達と一泊旅行」

「え・・・とお父さんは・・・?」

「昼間だよ? もちろん仕事」

「だよね・・・え?」

「え?」

「えとえとえと・・・」

「安心して。おばあちゃんは居るから」

「ああ、恵当くん、いらっしゃい」

「あ。先生、こんにちは」

「ひっひっひっ。嶺紗ちゃんとゆっくりしてお行き」


 おばあちゃんがいい雰囲気を醸し出してる。


 わたしは恵当に趣旨を説明する。


「今日、わたしは極めて合理的なスタイルで過ごすから」

「合理的?」

「汗はなぜかく?」

「え。体温を下げるため?」

「ならば、冬にコートを着るのはなぜ?」

「保温・・・?」

「正解。じゃあ、最後の質問。夏の最も合理的な服装は?」

「え・・・Tシャツ?」

「残念! 正解は・・・」


 わたしは芝居じみた動作でTシャツとショートパンツを脱いだ。


「わ、わ、わ!」

「水着!」


 わたしのお気に入りの水着を恵当に披露する。

 去年買ったやつはもう小さくて(どの部位が?)着れないので実は梅雨のまだ安い内に買っておいた。


「ご期待に添えず布の多いワンピースで申し訳ないけど」

「べ、別に期待なんて・・・」

「まあ、嫌かもしれないけど付き合ってよ。海に行けなかったからこれを疑似体験として小説のエピソードにするからさ」


 うーん。

『小説』の2文字ですべて大義名分がつく。便利便利。


「あの、嶺紗」

「ん? なに?」

「そのスイカの柄、かわいいね」

「あ・・・りがと」


 ま、まずい。

 まさか恵当からこういう攻撃があるとは・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 まあわたしの服装が水着というだけで勉強会の趣旨には全く影響しない、はずだ。

 わたしの方には。


 恵当はこんなわたしでも一応女子と認識してくれているので目のやり場に多少は困ってるようだ。

 まあ、若いからしょうがないよね。


 ただ誤算だったのは、先ほどの『かわいい』発言だ。

 恵当はあくまでもわたしの水着の右胸に刺繍された『スイカあねご』のユーモラスなキャラをかわいいと言ってるのであって、わたし本体をどうのこうの言っているわけではない。


 本体、なんて物言いするとなんだかいやらしい響きだけど。


「お昼にしよっか」


 わたしがそう声をかけてキッチンに移動する。

 当然水着で調理する。


「嶺紗ちゃん。わたしはそうめん固めでね」

「うん。おばあちゃん、薬味はネギと生姜だけでいい?」

「ツナ、欲しいね。あと錦糸卵も」

「そこまでやるならキュウリも切るね。恵当、冷蔵庫からキュウリ出して洗ってくれるかな」

「うん」


 おばあちゃんはお勝手に立つわたしと恵当を冷やかしにかかる。


「そうしてるとまるで夫婦みたいだねえ」

「おばあちゃん。水着着て料理するような異常な夫婦、いないから」

「あらあら自分で言っちゃって。ほら、嶺紗ちゃん。水着がシミになっちゃうよ。前掛けしないと」

「エプロンね。確かに」


 何の気なしにわたしはエプロンをつけた。


 恵当が完全にうつむいてしまった。


「どうしたの、恵当?」

「いや・・・だって」

「なに」

「水着にエプロンって・・・」


 ああ。そういうことか。


「大丈夫だよ。裸にエプロンじゃないから」

「・・・」

「ほら、嶺紗ちゃん。あんまり男の子をいじめるもんじゃないよ」


 いじめる?

 このシチュが?


 なんで?


 結局わたしの生活力の高さを恵当に見せつけようと調子に乗って、そうめんだけじゃなくっておにぎりも握った。それもわざとらしく出汁を取った後の鰹節をしょうゆで炒り煮にしたおかかを使って。


 そしておばあちゃんの猛烈なが始まる。


「恵当くん、どうかね。嶺紗ちゃんは料理も上手。しかもこのわたしに合わせてくれるから年寄りにも優しい味付けが板についてるよ」

「は、はい・・・」

「それにねえ、ピアノ教えれるから家庭に入っても教室開いて収入の助けになるし。ご両親にも気に入ってもらえると思うけどねえ」


 わたしには特に照れはない。

 きっかけがなんだろうと恵当とわたしは今はれっきとした彼氏・彼女。

 結婚を意識するのは別に恥ずかしいことでもなんでもない。


 ただ、気になったことをストレートに口に出した。


「でもわたしは6歳も年上だからなあ」


 またもやおばあちゃんが電光石火のフォローをする。


「何言ってんの、嶺紗ちゃん。わたしだっておじいさんの6つ年上だったんだよ」

「あれ。そうなの?」


 おじいちゃんはわたしが生まれる前に亡くなってる。

 だからその辺の事情は知らなかった。


「そうだよ。姉さん女房がちょうどいいんだよ。男はどっちにしたって子供だからねえ」

「うーん。恵当は大人だよ。ねえ、恵当?」

「そう・・・でもないよ」

「ははは。恵当くんがいくら大人でも所詮は男。ほれ、現に嶺紗ちゃんの乳バンドにメロメロで顔も上げられんじゃないの」

「おばあちゃん。これは水着! 大体乳バンドってなんなの? すごいわかりやすいけど」


 わたしとおばあちゃんはケラケラと笑い、恵当はひきつってお付き合い笑いをしていた。


「あー、勉強はかどったー!」


 夕方になってわたしが水着のまま胸をそらせて背伸びしてると、恵当は、


「疲れた・・・」


 としみじみと呟いた。


「ごめんごめん。でも、いいネタできたわー。さーて、どう料理しようかなっ♡」

「あのね、嶺紗」

「うん? なに?」

「写真、撮っていい?」

「えっ!?」


 最大瞬間風速で恥ずかしさが一気にMAXになった。


「えとえとえと」


 立場が完全に逆転する。


「いい、でしょ?」


 あー。これがというものなのか。物言いはとても控えめだけれども、セリフと表情に有無を言わせない迫力がこもっている。


「う、うん・・・いいよ」


 流出不可(友達への閲覧も厳禁)の誓約をして、ひきつった笑顔のわたしが恵当のスマホのデータに加わった。


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