中学生にして彼

 少しだけ解説を加えるとすれば、わたしは高校三年生の女子で普通科に通い、大学進学を進路希望欄に記入した受験生。


 そして、ワナビ。


 中学の時にハマった戦国武将たちの小説、しかも近年のファンタジーを織り交ぜたような独自視点のものでなく、文庫本でも数十巻セットの重厚で、戦闘シーンがまるで哲学で、ひたすら熱い。

 そういう小説を目指している、ワナビ。


 けれどもその目標に至るまでには相当の準備と歴史考証をせねばならずまずは幅広い読者に認知してもらうために小説投稿サイト主催のコンテスト用の小説を綴ることにした。


 青春小説のつもりだった。


 だから、恵当けいとに頼んだ。


「青春小説のモデルになって」


 わたしは四月生まれの高3で18歳。

 恵当が早生まれの中1で12歳。


 年の差、6歳。

 このふたりで女子高校生と男子中学生のゆるい友情をテーマに青春小説を書こうとしていた。


 けれども、青春小説というジャンルがそもそも投稿サイトのチェック・ボックスにない。


 だから、もう一度、彼に言った。


「恋愛」


 ふう、と中1にして大人の男と同じ仕草をする彼に、イラつくことがたまにある。でも、今日はそれは許す。


嶺紗れいさ。じゃあ、ダメだね」

「やっぱり?」

「だって、嶺紗と僕が、恋人? 無理でしょ」

「別に最初から恋人じゃなくてもいい。バッドエンドでくっつかなくてもいいし」


 アップルタイザーで喉の風邪ウィルスを殺菌するような感覚で、深く炭酸の刺激に浸った。


 わたしは再交渉する。


「信長でどうかな」

「ええ・・・?」

「なんなら、政宗もおまけにつけるよ」


 わたしが彼に何かを頼む時の報酬は、わたしが書く戦国武将の戦闘シーン。

 恵当もやっぱり文学少年で、彼は小学生低学年の頃に漫画の三国志にハマった。以来、小説のあらゆる作者バージョンの三国志を読破し、今は戦国武将たちの硬く熱い文体で書かれたいにしえの作家たちの文章に惹かれている。


 そして、わたしが彼のために書き下ろしたオリジナルの戦闘シーンを、


「タイトで好き」


 と評してくれる。


 わたしの方こそ、クールでもハードでもなく、『タイト』と表現する彼のセンスを評価している。


 彼はわたしの誘惑に抗いながらも心が揺るぎ始めてる。


「一晩、考えさせて」


 彼とコンビニで別れた後、月影を見上げてわたしは夢想した。


 彼との、恋愛を。


 わたしはつまり女子高生で受験生にして小説投稿サイトのヘヴィ・ユーザーであり、青春小説というジャンルのない小説コンテストのための原稿を書くという作業をしている。


 青春小説のためのリアルな『執筆資料』として用意しておいた中1の恵当を、方向転換し、恋愛小説のためのリアルな資料たる『彼氏』に応用しようとしているわけだ。


 なぜこんなことをするのか。


 わたしは歴史小説を偏愛するあまり、時代考証や整合性を追求し、『史実』のごとき、つまり事実にそぐわない事象を書けなくなってしまったのだ。


 だから、わたしは、中1男子の恵当を、『彼氏』という名のモルモットとして、わたしの小説資料とし生贄として使い果たそうと目論んでいるわけだ。


 すべてはワナビたるわたしが恋愛小説というジャンルで小説投稿サイトのコンテストを勝ち抜き、賞を獲るため。


 そして目指す大学の文学部に合格し、コンテスト受賞を足がかりに大学二年生、20歳で文壇デビュー。


 いかがだろうか。

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