第一章 『貧民街の断末魔』編

第〇話〈引っ張り出されたRPG》

 こたつの唸る電化製品特有のジーという音を遮ってスマートフォンの通知音が部屋中に奏でられた。通知音――強烈なギターソロが気づかぬことはまず無いほどの大音量でスマホから放たれる。

 神近淳士かみちかあつしはしぶしぶこたつの中から上へと手を伸ばし携帯を掴み取った。


「んー、なんだ?」


 薄暗い部屋の中で液晶の輝きが、神近の顔を青白く照らす。独り言のようにつぶやきながら文面を見ると、


「すまん!! 三時間位遅れるわ」


 という文面がポップアップされ書かれていた。それに対し呆れ顔を浮かべる。

 そんな彼はアラフィフなおっさんであった。電気工事士という仕事も持っているし特に暮らしには不自由していない。最近のオタク文化にもしっかり触れている。そんな彼は昔はギター少年であったりだいのRPG好きだったりもしたが今はせいぜいだらだら過ごすのが日課になっていた。


「はぁ……」


 今日、その電気工事の店をともに切り盛りする相棒と家飲みでもしようという話になっている。だがどうやら遅れるらしいということを知り、ため息混じりの濁った息を吐き捨てたのだった。


「片付けでもすっか」


 ふとした思いつきでこたつから抜け出すと、冬の冷え込みで背中に細く冷たい水を注がれているかのような悪寒がした。

 神近は押入れの扉をゆっくりと開けていく。一番始めに目についたのは奥に見える角の削れたダンボールだった。テープを剥がしたあとがある上に、油性の太いペンで大きく『触るな危険』と書かれている。

 こんなものなぜ今まで気にかけなかったのだろうという疑問をかき消すかのように、そのダンボールは神近を誘惑した。


「なんだっけか……これ?」


 手をのばし、その一つのダンボールを引き抜く。ダンボールの山は不安定そうに見えて石橋のように互いを支え合い崩れることはなかった。それと同時にこんなこと書いたか、と神近は思った。中身大体の予想はついているものの明確な記憶ではない。


 ダンボールを床に置いて開けてみる。


「なんだよ。フレコンかよ……」


 エロ本かと思っていた神近は拍子抜けする。フレンドコンピュータ、通称フレコン。古いコンシューマゲーム機だった。おかしなことにカセットは挿しっぱなしになっている。挿しっぱなしなカセットは彼が十代の頃熱中してたRPGだった。コントローラや電源コードもしっかり揃っている。今すぐにでも初められそうな様子だ。


 テレビにコードを突き刺してコントローラーを手にする。ホコリか何かサラサラと不快な感触の下に隠れた安っぽいプラスチックの感触の懐かしさに神近は少年時代を思い出していた。少しボタンの一つの感触がおかしい気もするが古いから仕方がないかと割り切る。

 ところでなぜゲームを始めているんだと思い返す。片付けをしているはずじゃなかっただろうか。


 電源ボタンを押すと数秒後には立ち上がってくれた。懐かしのピコピコといった8bit音源でテーマ曲が流れ始める。このシリーズはこれだけじゃなくて何個もやったからこのテーマ曲はすっかりおなじみ。

 しかし一つこのカセットをやる上で大きな問題が気にかかった。このカセットを、かなり改造してしまったという記憶が、泥沼から浮かび上がるかのように神近の頭の中に思い出されていく。若気の至りと言うやつだった。


 自慢の一つはやはり最弱武器の『ただの棒きれ』を無限に増殖させることができる改造である。一見使えなさそうだがそれを売りまくれば金が無限に手に入ったりするからかなりチートな改造だった。

 他にもいくつかやった気がするが覚えていない。そんな感じだから普通には遊べなそうなことに少し残念に思えた。

 

 操作を進め名前を入力する画面が映る。名前はいつもお決まりのアレだった。か”みちか”でミチカ。女っぽい気もしたがこのゲームの主人公は性別関係なく楽しめるよう中性的に描かれているから関係ない。そもそもドッド絵だから細かいことはわからないし、箱は見つけてないから確認できないし、それに確か作者は女勇者ってむかーし言ってた気さえした。


 あいにく昔のデータ記録用パスワード『回帰の言葉』なんて失念してしまっているから、当然のことのように新たな冒険を初めた。冒険は王様から初期費用をもらうところから始まり。


 ――勇者ミチカはドラゴンを倒し、鎧の亡霊を倒し、その他諸々倒して、あっという間に魔王の前まで来てしまった。倒した魔物は最低限。ゲームに感情移入しすぎるのも馬鹿らしいが無駄な殺生はしたくない。以後シリーズの魔物を仲間にできるシステムは神近が何よりも好きなシステムだった。


 気づけばさっきから三時間ほど経っているかもしれない。予定が二時間後で、そこから三時間遅れて、今経過したのが三時間だから……相棒が来るまであと二時間ほどあった。


 不穏なエフェクトと共に魔王は語りだす。


「勇者よ。よくぞここまできた。ここまで来たお前に選択肢をやろう」


 たしかこの魔王はガルモンドとか言ったかと神近は思い起こす。


「お前ほどの力があれば我とともに世界を支配できようぞ。我とともに魔王となる気はあるか?」


 画面上に「はい・いいえ」の選択肢が現れた。もちろんラスボス戦がやりたいので「はい」など押すつもりはないのだが。確認を一度されるはずだからお遊びで「はい」を押してみようと、神近は手元のボタンに触れる。


「そうかそうか! ではこちらへ来るがよい。我らで力を分け合おうではないか」


 またも「はい・いいえ」。ここで「いいえ」を選択すれば普通に魔王戦になるはず。しかし神近のボタンを押す指がコントローラーの何かに阻まれ「いいえ」を選んだつもりにもかかわらず、選択されたのは「はい」だった。あの感触のおかしなボタンが誤作動を起こしたらしい。


「や、やべ。急いでやってたから全く記録用のパスワード聞いてねえや。最初からやり直しか?」


「ふはは! それもそうかもしれぬな」


 コントローラーに触れたつもりはないが勝手に一つ会話が進んだ。内容は妙に今の神近の発言に噛み合っているような気がしてならなかった。偶然とはいえなんだか気味が悪い。


「バカめ! 我がお前ごときとともに魔王になるはずがなかろう! お前は呪われ、我に肉体を喰らわれ石像として生まれ変わり、永遠に我がしもべとして働くのだ!」


 魔王は展開に見覚えがないものの、自分の知る通り裏切ってきた。魔王の手の先が不気味な紫色に輝く。呪いの効果音が流れる。やはり何かがおかしかった。本当だったら一番始めからやり直しになるだけのはずだ。こんな展開昔やった時はならなかった。あれ程やりこんだはずのRPGのラストが違うという記憶違いは彼を焦らせる。


 画面にはゲームオーバーの表示だけが残り虚無感だけが神近の心に残った。せっかく一気にクリアできそうだったというのにボタンの誤作動一つで喪失する自分が情けないと神近は思う。


 神近は気を取り直して、そろそろ準備するかとでも言いたげに立ち上がった。缶ビールやツマミの類は相棒が買ってくるから準備の必要はなかった。彼は何かしらの料理を作ろうと台所へ向う。


 ――その時だった。急に立ちくらみがしだし、視界があっという間に暗くなっていく。平衡感覚がおかしくなりその場で立っていられなくなる。そのまま意識は消えてしまった。

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