乙女の秘密

ー 大丈夫だよ、パパ。 ー


再演でも確かに聞こえた。


そして、記憶と同じように声が聞こえた直後、暴風が吹き荒れ目前に迫った炎壁を吹き消す。


(この声・・・やっぱりあの時の・・・)


続く結果も知っている優太は、勝手に動く身体とは別に、頭の中で夢で聞いた声と照合させた。


結果、予想通り同一の声だと分かる。


また、戦闘時あのときは必死だったので気付けなかったが、暴風が吹く直前に視界の端に大きな翼が見えた気がした。


その翼が破壁の風を巻き起こしたのか。


最後の炎壁が消えた理由に納得しているうちに、再演の中ではオルガが敗走し、優太が鎧の反動で気絶する場面となっていた。


本来なら現在の優太の記憶や思考も、気絶に合わせて途切れるはずなのだが、気付けば彼はまるで幽体離脱したかのように自身の身体の傍に立っていた。


(これもアースラの魔法の効力なのかもな。)


声が出せないのは相変わらずだが、首から上を自由に動かせるようになり、辺りを見回す事ができた。


観測者となった優太は、自分が気絶した後の現場を興味深く観察し始める。


すぐにアリス達が慌てて優太に歩み寄り、リリが彼の身体に自然治癒力強化の魔法を施術した。


すると激痛により顔を歪めていた優太の顔が穏やかになり、静かに寝息をたて始める。


その姿を見たアリスは溜め息をつき、しかし、すぐに優しい顔となって、優太の寝顔に語り掛けた。


「そなたは無茶し過ぎじゃ。まだわらわと出会って、そして、騎士となって1ヶ月も経っておらぬのに。」


彼女はうりうりと指で優太の頬をつつきながら愚痴を言うが、その声はとても優しい。


「騎士になったからといって、戦いの恐怖が消える訳ではない。ましてやそなたは素人、普通は逃げを選ぶものじゃ。

たとえ白騎士様やわらわとの約束があったとしても、逃げて咎められる事などなかったはず。なのに・・・」


そこでアリスは一呼吸置くと共に、優太の頭を優しく撫でる。


「・・・なのに、そなたは共に戦ってくれる。助けてくれる。騎士として、友として。」


彼女の目は潤み、何かを訴えかけていた。


「わらわはそなたの言葉や行動に何度も救われ助けられた。そして、そなたがわらわの友達であり騎士でいてくれる限り、これからも救われ助けられる事じゃろう。

・・・可笑しいじゃろう?まだ出会ってから間もないそなたに、わらわは全幅の信頼を預け、更にそなたが、その信頼に応えてくれる事を確信しておるのじゃ。

そなたは、それが友情というものだとか言いそうじゃが、わらわは・・・」


再度、アリスはもう一呼吸置き、決心したような表情で言葉を続けようとした。


(・・・?)


しかし、いつまで経っても彼女の口は動かない。


それどころか身体も、果てはセピア色の世界ごと時間が停止したかのように止まっていた。


観測者側の優太は、異変の原因を探る為、辺りを見回そうとしたところで気付く。


先程まで動かせた首から上も、今では動かせなくなっているのだ。


再演中の舞台も含めて、まるで世界ごと凍てついたように動く者はいない。


(ん?凍てつく・・・?)


その時、アリスの傍に控えていたリリが突然、見えていないはずの優太の方を向きーー


(ここから先は乙女の秘密ですよ。)


イタズラっぽく念話をし、文字通りセピア色の世界を凍らせた。


ー ピシッ、パシパシ・・・パキィイイン! ー


世界にヒビが入り、砕け散る。


いつの間にか優太を含め全員が、再演の魔法が行使される前の場所で立ち尽くしていた。


「さすが雪華狼、アースラの結界魔法を強制解除させるとは。」


苦笑しながらウェストンはリリを称賛する。


「殿下は元より、雪城君も素人なのに魔王崇拝教の幹部に一太刀浴びせるとは。

殿下の騎士でなければ調査団にスカウトしたいぐらいだ。」


「いえ・・・俺1人では何もできませんでした。最後の一撃も鎧や翼の助け無しでは簡単に返り討ちにされていましたし。」


「ん?翼?他にも誰かいたのか?」


「え?」


話が噛み合わなかった為、それとなく翼の存在に気付いたかを確認したところ、どうやらウェストン達観測者側だけでなく、アリスとリリの再演組も、見えたのは炎の壁に突っ込む優太の姿のみであり、翼の方は確認できなかったらしい。


「それは召喚の前兆かもの。」


ウェストンが調査団の部下達と先程の再演から得た手掛かりを元に議論と打ち合わせをしている間に、優太は夢の事も含めてこっそりアリス達に相談していた。


そして、彼女が出した答えがそれである。


召喚とは、異なる場所、あるいは世界から特定のモノを呼び寄せる魔法である。


主に使い魔契約を結ぶ時に、使い魔となる生物を呼び寄せる為に用いられている。


有名どころとして、クリシュナ内に生息する極めて珍しい獣、『幻獣』や、聖界に生息する契約者に莫大な力を与えるといわれる獣、『聖獣』が挙げられ、セラフィリアス王国の王侯貴族や彼らと契約する騎士達は、ほぼ全員何かしらの生物と使い魔契約を結んでいる。


もちろん、第三王女アリスの騎士である優太も例外ではなく、使い魔を所持する権利がある。


「召喚の前兆って何なんだ?」


「本来であれば、召喚というものは召喚する側が目的のモノを召喚する為、そのモノ所縁ゆかりの触媒等を準備して呼び寄せるのじゃが、極希ごくまれに触媒なしで自ら召喚されにくるモノがおる。どういう条件か、どういう理由かは分からぬがの。」


どうやら召喚の前兆というものは誰にでも起こるものではないらしく、また、その現象は自分自身にしか分からないらしい。


(もし、そうだとしたら出会うのは夢で見た女の人だろうな。)


あの人は一体誰なのだろうか?リリみたいに人化したモノなのだろうか?


(・・・まあ、夢の内容が本当なら星降る夜にまた会えるらしいし、深く考える必要はないか。)


あれこれと考え始めかけた優太であるが、夢の中で会った女性の言葉を信じ、成り行きに任せる事にした。


「おいおい、いつまで話あってんだよ。やっぱりお前らは無能集団だな。」


気を取り直して、優太が自分達も手掛かりを探そうとアリス達に提案しようとした時、現場内にが響き渡った。


そちらを見ると、1人の男性がウェストン達に食ってかかっているのが見えた。


顔は知らないが、その声は教会でアースラに野次をとばしていた者と同じである。


「手掛かり集めにどんだけ時間がかかってんだよ。ちんたらせずに早く教えろよな。」


男の発言でウェストンを除く調査団の面々が殺気立った。


「それは申し分ない。相手が予想以上に手強そうでね。

慎重にいかないと返り討ちにされる可能性もあるんだ。」


その中でウェストンのみが穏やかに、子どもに言い聞かせるように説明した。


「王女もどきに結界を破られたポンコツの主の癖に偉そうにすんじゃねえよ。

チッ、そもそもアイツらが取り逃がしたのがいけねえんだ。俺だったらソイツを絶対取り逃さねえ。」


男は振り返りアリスを一睨みする。


だが、その視線は優太が間に割って入った事により、アリスに届く事はなかった。


男は視線を優太に移し嘲笑うように口を曲げる。


「よほど自信があるようだな。『武器食い』。」


無用な小競り合いを止める事を意図してか、ウェストンが男に声を掛ける。


『武器食い』と呼ばれた男は優太への興味を失い、不遜な態度で、再びウェストンの方を向いた。


「当たりめえだろ?幹部第10位と魔獣ごとき俺の敵じゃねえよ。」


「それは頼もしい。そんな貴方に朗報だ。

落ちていた物質や逃げた方向から、ようやく奴が潜伏しているであろうエリアを割り出せたんだ。

信者幹部を捕縛して、魔界の開門を阻止してくれる事を切に願う。」


ウェストンは『武器食い』および、その場の全員に魔王信者の幹部オルガが潜伏している可能性が高いエリアを示した。


ここにいない者にはこの後連絡するようだ。


「報酬をきっちり用意しとけよ?それと、早い者勝ちだからな。」


『武器食い』は早速、準備の為に現場を後にする。


次第に1人2人と離れていき、自然解散となった。


「アリスティア王女殿下、皆さん。御武運を。」


優太達もウェストンに別れの挨拶をして、その場を後にする。


「どうする?アリス。俺達も探索する場所を今後は調査団が示した場所に移すか?」


「いや、わらわ達は今まで通りの場所を探索しよう。示されたエリアに移ったとしても、私利私欲に駆られた者達であふれ返り、身動きがとれなくなるだけじゃ。」


(最悪足の引っ張り合いになるでしょうね。)


帰り道、優太達も今後の方針を話し合って決めた。


次の日から鍛練と探索に日々明け暮れるが、一向に調査団からの連絡も成果も動きもなく、ゴールデンウィークは瞬く間に過ぎていった。


しかし、ゴールデンウィーク最終日の夜にして事態がようやく動き出す。


それは『武器食い』が死亡したという連絡であった。

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