第6章 魔王崇拝教

幕間 再演

優太は夢を見た。


そこは星降る大地であった。


数多の星が様々な色尾を引き、地平線の彼方へと流れ落ち続ける。


佇む影は2つ。


1人はゆうたより3、4才程年上の妙齢の女性である。


女性はアリスと顔立ちが似ており、髪も彼女と同じく金髪ブロンドであった。


また、女性はメイド服を着ており、その姿が恐ろしいほど似合っていた。


まるでアリスのお姉さんのような彼女は、肩より長い金髪を夜風になびかせ、ゆうたへ微笑んでいた。


そして、もう1人は優太であるが、優太ではなかった。


白を基調とした全身鎧姿の人物、白騎士の姿だったのだ。


自身の白鎧姿と酷似していたが、こちらは本物の白騎士の鎧姿だと、優太は夢の中ながら確信が持てた。


そうであれば、これは白騎士の記憶なのか。


だとすれば、何故自分は頻繁に白騎士の記憶を夢見るのか。


もしや、自分は白騎士の生まれ変わりなのか。


疑問が雑念として棘のように夢へ刺さり、風景が不鮮明になってしまう。



いや、それはおかしい。


自分も幼い頃に白騎士に助けられたではないか。


だから、きっと白騎士の記憶を夢見るのは他に要因があるはずだ。


その要因はきっと白騎士からもらった御守よろいりに違いない。


御守りを通じて白騎士の記憶が流れ込んできているのだ。


優太はそう解釈して、揺らぐ心を安定させる事で夢の風景を保ち、この記憶に身を任せた。



そして、白騎士(優太)と向かい合う女性は歌うように言葉を紡ぐ。


「契約にたがいはありません。たとえこの身が変わろうと、ときちがえど、私は御身おんみと共に在ります。御主人様マスター。」


彼女は白騎士に片手を差し出す。


すると優太の意思とは関係なく、自然に口が開いた。


「・・・そうか。じゃあ、こちらでも頼むよミーシャ。」


白騎士は彼女の手をとり応える。


残念ながら声の記憶はないのか、優太の声音に変換されていた。


しかし、感情の方は同調トレースしているようで、この時、白騎士は心から安心しているようであった。


よほどミーシャと呼ばれる女性を信頼しているらしい。


(ミーシャ? )


優太はその名前に聞き覚えがあった。


(確かアリスから借り受けた騎士盾の名がーー)


優太の意識がそこまで考えた途端、視界がぼやけた。


それが目覚めの前兆だと彼は知っている。


(今回の夢はそこまで収穫がなかったな。)


優太は少々落胆しながら、流れに逆らわず現実世界での目覚めを待つ。


記憶と視界が徐々に暗転する中、最後に目の前の少女が年不相応の幼い笑顔となって手を振ったのは幻覚か妄想か。


それとも本当の夢か。


ー それじゃあ、また星降る夜にね、パパ! ー


どこかで聞いた声音に見送られながら優太は夢から離脱した。


「・・・ん、んん?ここは・・・どこだ?それに俺は・・・確か・・・はっ!?」


優太が目を覚ますと、見た事のない場所に寝かされていた。


彼は気絶する前の状況を思い出し、慌てて周囲を確認しようと身体を起こそうとしたがーー


「ぐぅっ!」


身体を動かした瞬間、気絶前の痛み程ではないが、全身が酷い筋肉痛に襲われる。


優太が苦悶の表情を浮かべていると、横からドアが開く音と、誰かが近付いてくる音が聞こえた。


「優太。目が覚めたのじゃな。」


(御無事で何よりです。)


「アリスとリリか・・・。あれからどれくらい時間が経った?あと、ここは一体どこなんだ?」


入室してきたのはアリスとリリで、2人は優太が目を覚ましているのを確認すると安堵の表情を浮かべる。


「今は朝の7時過ぎじゃ。そなたが倒れてから5時間程経っておる。余程体力を消耗したのじゃな。

ここはセラフィリアス王国人専用の迎賓館内にある医務室じゃ。

知能ある鎧は強制的に身体能力を高める為、戦闘状態アクティブモードを解除すれば、無理した分の負荷がフィードバックされるのじゃ。

自己治癒力強化の魔法を施術してもらっておるし、今は多少マシになっておると思うが、もうしばらく動かず横になっておれ。」


優太はアリスの言葉に従い、横になったまま気絶した後の経緯を聞いた。


優太の気絶後、しばらく周囲を警戒していたアリス達であったが、オルガ達の気配が完全に途絶え、彼が張っていたらしい人払いの結界も消滅した為、優太に応急措置を行ったとの事である。


そして、その後、異変に気付いた迎賓館の警備隊が駆け付け、事情を説明して事実確認された後に保護されたらしい。


オルガが張っていた人払いの結界というのが強力なやつでな。

精鋭揃いの警備隊であっても気付く事ができなかったそうじゃ。」


わらわは腐っても王女じゃし、何百何千回と謝罪されたわ。


アリスは苦笑いしながら、迎賓館に来た時の待遇も語る。


「それで、この後はどうなるんだ?」


優太は首だけを動かして、アリスに今後の計画を尋ねた。


首周りについては筋肉痛はそこまでひどくなく、彼は安心する。


「まずはそなたの回復を待ち、その後、現場検証および対策会議が開かれる予定じゃ。じゃから今はゆっくりと休め、我が騎士よ。」


(これから忙しくなりますゆえ、しっかりと休養致して下さい。)


「ああ、ありがとう。」


アリス達はそう告げて、自分達も休息を取る為に退室した。


優太は言葉に甘えて、再び目を閉じ眠りにつく。



結局、優太が次に目を覚ましたのは日が傾き空が紅く染まる頃であった。


「寝過ぎたかな?」


「激戦の後じゃし、仕方なかろう。それにわらわ達も十二分に休息できたし、良い気分転換となったわ。」


疲弊していたのは優太だけでなく、アリス達も同じである。


長い休息を経て本調子に戻った2人と1頭は、迎賓館を出て再び戦場跡げんばへ戻った。


改めて見ると、天変地異が起こったかと錯覚する程、凄惨な場所であった。


大地は焦げ、あるいは凍り、焼けた草木には数多の氷柱の枝が生えている。


また、地面にできたクレーターは、シュードイラの時と併せて膨大な数となっており、まるで映画などで目にする月面のようであった。


現場には10名程の人数が集まっており、その中の半数が同じコートを着ていた。


彼らがいる近くの木には見覚えのある大鳥が止まっている。


「あれは確か・・・」


「使い魔のアースラじゃな。優太は初見となるが、あのコートを着た者達こそセラフィリアス王国の調査団なのじゃ。」


言うまでもないが精鋭揃いじゃぞ。


アリスの言葉を聞き改めて見ると、確かに他の者達よりも威圧感が強く、戦いに関しては素人である優太の目から見ても、幾多の修羅場を潜ってきたであろう事が感じ取れる。


その内の1人がアリス達に気付き、軽い礼と共に声を掛けてきた。


40代くらいの精悍な顔つきをした男性である。


「アリスティア王女殿下。ライネ家当主ウェストンと申します。急ぎの場ゆえ最敬礼を省略させていただきます。御了承下さい。」


「良い。わらわはまだ修行の身じゃから最敬礼など不要じゃ、ウェストン殿。わらわもここにいる他の者達と同じように扱って欲しい。」


言葉は堂々としているが、緊張した声音でアリスは返す。


その表情は若干強張り微かに足が震えていた。


そんな彼女の腰にリリが身体をすり寄せ、安心させようとする。


アリスは過去の出来事からセラフィリアス王国の王侯貴族に対して苦手意識を持っていた。


立派な王女になるという目標を持ち、リリや優太と出会った事で少しずつ改善傾向にあるのだが、まだ完全に払拭する事はできないようだ。


優太は少しだけ前に出て、アリスを隠すように立つ。


その様子を見たウェストンは少し笑いながら、優太にも声をかけた。


「立派に騎士の役目を果たしているじゃないか、雪城優太君。」


「どうして俺の名前を?」


「こう見えても、調査団の小隊長を任されていてね。情報網は広い方なんだよ。」


魔王崇拝教の信者達を見つけられないヘッポコ隊長だけどね。


アリス達の緊張をほぐす為か、ウェストンは雰囲気を崩しお茶目にそう付け足す。


優太は一発で彼の事を気に入った。


アリスも先程よりは緊張がとけたようである。


「それでは役者が揃ったところで始めましょうか。アースラ。」


ウェストンの呼び掛けにアースラは応え、止まっていた木から夜空へと羽ばたき、戦場跡の上空を、弧を描いて旋回する。


すると、アースラが旋回している範囲と同じ大きさの超巨大な魔法陣が地面に浮かび上がった。


あらかじめ説明されていたのか、現場に混乱はない。


ー 対象者との記憶共有開始メモリーリンクスタート


やがて魔法陣から黄色い光が放たれ、以前聞いたアースラの声と共に、辺り一面と優太達の視界を黄色に染め上げた。


光が収まると今度は世界がセピア色に染まっていた。


(これは!?)


優太は驚いたが声が出ず、そして身動きも取れなかった。


否。


身体は勝手に動き、声も勝手に発せられている。


会話の相手はアリスとリリである。


周囲にはウェストンはおろか他の者もいなかった。


そして、現場の状態も明らかにおかしい。


優太達が戦う前の状態に戻っていたのである。


(まさか・・・!)


優太が何かに気付いたのと同じタイミングでアリスから声を掛けられた。


それは彼の予想通りの言葉でーー


「ギャガガガ!」


「ギキィイイ!」


彼女の言葉に反応するように木々の間から、耳障りな声と共に2匹の魔物が姿を現す。


それはアリスが倒したはずの上位ゴブリンであ

った。


(やっぱりか。)


優太は確信する。これは記憶の世界だと。


どうやらアースラが施した魔法は過去の出来事を再現するものらしい。


こうして優太達は再びゴブリンやオルガ達と死闘を繰り広げる事となった。


自身の意とは別に動く身体で、オルガとの戦いを再演する中、優太は悔しさを噛み締めながらも、もう一度合いまみえた時の為に、努めて冷静に戦い方を分析する。

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