火守の魔女

「・・・なんでアリス達も高校までついて来てるんだ?」


「まあまあ」


(まあまあです)


優太が白蹄高校に着いて開口一番の言葉である。

高校の説明会の為に帰宅後、すぐに朝食と準備を済ませて、いざ出発しようとしたところ、ちょうどアリス達もどこかへ出掛ける様子だったので、途中まで一緒にと一緒に家を出たのだが、あろうことか当たり前のように、優太の目的地である白蹄高校まで付いて来たのである。


「・・・同じ電車に乗った時は、たまたま方向が一緒なだけって言ってたよな?」


「そう、たまたまなのじゃ」


(たまたまなのです)


アリスとリリはなに食わぬ顔で口裏を合わせたかのように同じ言葉を同時に発する。


「おい、見ろよ。外国人だ。しかも可愛いぞ」


「本当だ。あの子も俺らと同じ新入生かな」


「だったらすっげえラッキーだな。俺絶対声かけるわ」


新入生と思われる私服の少年少女達が、優太達の側を通り抜けて校舎内へ入っていく。

その多くはアリスに好奇の目を向け、あるいはヒソヒソと話ながら通り過ぎていった。

説明会では私服で来る事が推奨されている為、アリスも新入生だと思われているのだろう。

ちなみにリリの方は当然の如く、認識阻害の魔法で不可視となっているので、高校へ来る道中や今も騒がれる様子はなかった。


「・・・まあ良いか。それで、俺はこれから校舎に入るけど、アリス達はどうするんだ?さすがに中までは入れないだろ」


そろそろ開始時刻が迫ってきている事と、アリス達にとって今は自由な時間なので、どこへ行こうと本人の自由だと思っている優太は、もともとそこまで気にしていなかったので、それ以上追及せず、彼女らに今後の予定を聞いた。


「今回、用があるのは校長じゃから中には入らんし安心せい。とりあえず、わらわ達は講師達がいる建物を訪れるつもりじゃ」


「職員棟だな。それだったらあっちだな」


優太は中学生の頃、授業の一環で見学に来た記憶を辿って、職員棟に目を向けた。

校舎の端と渡り廊下で繋がってるそれは、教職員が大勢いるというイメージのせいか、少し威圧感があった。


「なるほど、感謝する 。ではまた昼時に合流しようぞ」


軽く合流の約束だけしたアリス達は、威圧感など微塵も感じていない軽やかな足取りで職員棟へ歩いて行った。


「校長に何の用があるんだ?・・・っと。俺も行かないと」


その背を訝しげに見送った優太は、自身も説明会の為に校舎内に入っていく。

説明会は予定時刻通りに開始され、クラス分け、教室案内、授業説明など順調に進んでいき、最後は新入生全員が体育館に集まって、上級生達による部活紹介が行われた。


「吹奏楽部さん、ありがとうございました。続いてダンス部さんお願いします」


部員達が新入部員を集めようと、様々な工夫を凝らしアピールしていく。


優太は部活に入る気がなかったので、面白い催し物だという感覚で次々と移り変わる部活紹介を眺めていた。


「漫画研究会さん、ありがとうございました。続いて超常現象研究会さんお願いします」


部活紹介も終盤に差し掛かったところで、紹介は同好会に移り、次いで、聞き慣れない珍しい同好会名がアナウンスされた。

興味が湧いた優太は中だれしていた気持ちが切り替わり、一転してステージに集中する。


そこには1人の少女がいた。


彼女は他の部活の部員達と違い、アピールする物など何も持たず、体育館のステージの上にただ1人佇んでいた。

長めの黒髪を持ち、整った容姿を持つ彼女は十中八九美人であった。優太の周りでも数名が息を呑んだのが分かった。

彼女はその容姿と同様に、大人びた落ち着きのある声で、新入生全員に語りかけ始めた。


「皆さんは、奇跡や超能力、幽霊、UMA、そして、魔法がこの世に存在すると思いますか?また、信じていますか?」


美女にそぐわぬ内容の問いかけに新入生達はざわめき、そして、奇異の眼差しで彼女を見る。

ただ1人、魔法を経験した優太を除いて。

先生達や部活紹介の為にいた上級生達は彼女の事を知っているのか、苦笑あるいは無視でもって、問い掛けを聞き流す。

彼女の方も、新入生達の反応はいつもの事だというように、特に気にした素振りもなく、話を続けた。


「見たことがない、経験した事がないから存在しないと思う方もいると思います。また、科学や情報化社会が発達した今だから信じる事も難しいでしょう。私もどちらかというと超常現象の大半は信じられない側の人間です」


超常現象を研究する愛好会に属する身としてはどうかと思う発言をした彼女であるが、続く言葉は聞く者によって様々な感情を抱かせるものであった。


「しかし、大半は信じられなくても、1つだけ、魔法だけは確実にあると信じています・・・何故なら私は幼い頃、魔法を使う人、魔法使いの方に助けられたのです」


奇異の眼差しが強まり、ある者は正気を疑う眼差しで見つめ、また、どこからか失笑、嘲笑する声も出始めた。

誹謗中傷が全体に挙がらないのは、彼女の容姿に一歩気後れしているからか。

中には彼女の発言に興味を持ち始め、面白半分真面目半分に聞き入る生徒もいたが、残念ながら彼女の言葉を信じる者はただ1人、優太しかいなかった。

それでも彼女は真面目な表情を崩さず、大人びた落ち着きのある声のまま、更に言葉を紡ぐ。


「この超常現象研究会は私が去年立ち上げました。メンバーは私のみです。研究会の目的は超常現象を研究する事ですが、 個人的にはもう1つ。魔法使いを探す事も目的にしています・・・助けられた時、私はお礼を言えず仕舞いになってしまい、今も感謝と後悔を続けています。そして、お礼とお詫びを言いたくて、その魔法使いの方をずっと探し続けています」


そこで、一呼吸置いた彼女は、先程までの真面目な顔を一転せて、見る者全てを惚れさすような柔らかい微笑みを浮かべ、新入生を見渡しながら勧誘と祝福の言葉を述べた。


「もちろん、私個人の目的を皆さんに強要するつもりは全くありません。また、他の超常現象を信じられないとは言いましたが、存在を否定したりはしません。魔法があるのですから、他も存在する可能性は大いにあるでしょう。それに、ないと思い生活するより、あるかもしれないと思い生活する方が、毎日がより楽しくなると思いませんか?もし、超常現象に興味のある方は気軽に訪れてみて下さい。そこで、研究してみたい超常現象が見つかれば、私と一緒にワクワクドキドキしましょう。以上で超常現象研究会の紹介を終わります。最後に、皆さん入学おめでとうございます。皆さんの高校生活が彩りのある素敵なものになるよう、心から願っています」


言い終わると彼女は綺麗な一礼をして、先程までとは違う種類のざわめきを発する新入生達を尻目に、人知れず静かにステージから降りていった。


「・・・俺、超常現象研究会に入って、あの人とワクワクドキドキしようかな」


ざわめきの中、優太の後ろから男子達の会話が聞こえる。


「止めとけって。『火守ひのもりの魔女』だぞ」


「何だそりゃ?」


「中学の時から仲良い先輩から聞いたんだけどな、あの人って護角町にある火守神社の娘らしい」


「火守神社の?じゃあ、魔女じゃなくて巫女さんだろ」


「それが先輩が言うには、放課後に部室で怪しい儀式をしているらしい。目撃した人も何人かいたが、全員記憶を消されたって噂だ。他にも、告白してきた男子を儀式の実験台にしようとしたり、いじめた女子が後日、大怪我をしたとか。とにかく、あの人と関わると録でもないことが起こるらしい。だから、先輩達は今ではあまりあの人に近付かないようにしてるんだってさ」


「うへぇ、じゃあ、俺も研究会に入ったら、儀式の実験台にされるかもしれない訳か」


「ああ、だから入会するのは止めといた方が良いぞ」


「そっか、まあもともと超常現象なんてものに興味ないし良いや」


「そうだな。あ、それよりもーー」


会話をしている2人は、超常現象研究会や彼女について、さほど興味が湧かないようで、すぐに違う話題に夢中になった。

優太的には、目撃者は全員記憶を消されているのに、なぜ怪しい儀式をしている事が分かるのか。だとか、色々突っ込みたい噂話であったが、それよりも『火守の魔女』という言葉がとても気になった。

その後、数組の同好会の紹介を経て、全部活紹介が終了しても、その言葉だけは頭の片隅に残り続けた。

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