前のエピソード――４月１０日（土）広島市中区中町にあるベトナム料理店「アオババ広島店」でランチする。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・オーケストラ等練習場で「Beethoven Fest Hiroshima 2021 第１回公演」を聴く。

演奏：Trio Vernice feat. Soichi Sakuma

ピアノ：野村涼子

ヴァイオリン：佐久間聡一

チェロ：マーティン・スタンツェライト

ベートーヴェン：ピアノトリオ第７番変ロ長調作品９７「大公」

演奏：グレイス弦楽四重奏団

1stヴァイオリン：高和雅

2ndヴァイオリン：川畑美津代

ヴィオラ：永井啓子

チェロ：染谷春菜

ベートーヴェン：弦楽四重奏曲第１４番嬰ハ短調作品１３１

広響メンバーを主とする室内楽団の合同プログラムとなる「Beethoven Fest Hiroshima」が行われた。昨年の中止が悔やまれたので、延期になっての喜ばしい公演だ。二日間かけてたっぷりベートーヴェンに浸かれる時間を考えると、体力は必要となるが、以後も記憶に残る貴重な音楽経験になるだろう。

土曜日の昼下がりはTrio Vernice feat. Soichi Sakumaとグレイス弦楽四重奏団による演奏だ。

広響のヴァイオリンとチェロのトップが早々と登場して、力量のある個性が演奏されていた。カルテットよりもトリオの方が各楽器の立ち位置は独奏のような幅を持つようで、ピアノをオーケストラに見立てたような二重協奏曲にも感じる時があった。健康的な第一楽章からマーティンさんの重みあるチェロが存在の大きさを響かせ、抑制の利いた佐久間さんのヴァイオリンが加わり、急がないテンポで野村さんのピアノが柔らかく奏されていた。朗らかになる第二楽章でも弦は互いに歩みをみせ、ピアノは止まることなく音を紡いでそれぞれを立てていると、暗く重くなり、エネルギーをためるように奏でられていると、一気に若さが花開くように音が跳ねる。しかし眠気の夕刻近くとあり、第三楽章は夢うつつとなってしまい、意識はあるが目は閉じようとするなかで弦が非常に美しく歌うのは聴こえていた。第四楽章が始まると、夢見心地の聴衆の一部はビクンと起こされ、快活で貫禄のある音楽にのって終わりまで目は覚まされることになった。

後半のグレイス弦楽四重奏団は「比較的新人クァルテット」として結成された経緯があるそうで、たしかに若いメンバーで構成されている。とはいえ、オーケストラの中でも前列の椅子に座り目立って演奏しているように、実力は疑いない。事実この至高ともいえる曲を見事に弾いていて、比較的新人だったとしても、今後も広響の中核を担うことが予見される素晴らしい演奏を披露していた。第一ヴァイオリンの高和さんは細く美しい音色を奏でていて、小鳥のような可憐さを持ちながらもパッセージは早くとてもキレがあり、それでいてのびのびと演奏する頼もしい姿だった。第二ヴァイオリンの川畑さんは太く厚みのある音でコントラストを作り、叙情的な音色では渋ささえ感じる豊かで落ち着いた色合いがあった。永井さんのヴィオラも厚く堂々と歌い、染谷さんは軽やかさに素早さがあり、弦全体として若さと技術力の高さが鮮明な艶の和音を響かせていて、さきほどのトリオよりも弦楽の構造として稀にない調和があり、カルテットだからこそのアンサンブルに一切の眠気が飛ばされてしまった。音の展開は無駄がなく、短くない曲でありながらどうしてこうも完璧に近い構成が作れるのかと、ベートーヴェンという作曲家に驚くばかりだったが、それは気迫と親和力によって磨かれた演奏があるからこそで、良い演奏会で味わう純粋な音楽の歓喜が引き出された。初めから終わりまでゆるみがなく、それぞれ性格の異なる音色の綾なす色合いは鮮烈ながら甘ったるくなく、ベテランが加わらないからこその重みはヴィオラと第二ヴァイオリンが厚みをつけていて、鬼気迫るとは異なる仲の良さが生み出すような一体感が見事だった。本当に良い演奏だった。

そんなわけで、夜を待たずに満足を得られた「Beethoven Fest Hiroshima 2021 １回公演」の最初だった。