4月5日(月) 広島市中区薬研堀にあるイタリア料理店「Calma」で飲んで食べる。

広島市中区薬研堀にあるイタリア料理店「Calma」で飲んで食べる。


妻が昼に、「Calma」さんが店に来たから、飲みに行こうとメールをしてきた。後日訪れるのではなく、その当日に動くのだから春らしい爽やかな動きだ。


どんなお店か知らなかったので、まず浮かんだのが呂布カルマさんだ。フリースタイルバトルの強者として有名なこのラッパーをそれほど知っているわけではないが“カルマ”という業を想起させる言葉に三国志の豪傑が連結されれば、一度で覚えてしまう。「THA BLUE HERB」の「路上」では“カルマ”に追われる内容だったので、今日行く「Calma」さんはヒップホップ色を持った、すこしドーブな店なのだろうかと流川近辺の通りが頭に浮かんだ。


しかし「Calma」さんはグーグル翻訳のイタリア語が示す“落ち着いて”のとおり、穏やかな店だった。三越から一本裏のファミリーマートで待ち合わせれば、それぞれ違うファミマに立ちんぼするというすれ違いの夫婦だからこそ、今日は紳士協定のように大切な、口で交わす夫婦協定を確認した。


というのも飲み食いのペースがあまりにも異なる。数日前に訪れた「nature wine&pub under」さんでは、自分が2か3杯で、妻が6か7杯飲んでおり、割り勘となるとだいぶケチな気分が感情を害してしまう。次の日になれば反省して、日常生活の前後に数字を探して自分の中で帳尻を合わせるが、今日は序盤から凄いペースで飲む隣に戦々恐々したので、ちゃんと話を合わせた。そこでケチケチするなと言わずに取り決めが結ばれるところに世間の妻と異なる実直な性格があり、たいていの家では夫が収入を妻に任せて家計のやりくりをしているというから、実権をどちらも握っていない対等関係だからこそ喧嘩もあれば和解もたやすいのだ。


美味しい酒ほどペースの速くなる破滅的な性格の妻がご機嫌にワインを注文して6杯くらい干す間に、自分はたったの2杯だけだ。ここに生物の力関係が表れている。いわば主従を明確にする飲みっぷりの差だ。しかし言い訳をすれば、自分は我慢していた。まだ月の序盤に、週の始めにそんな体力を使えない。この理性がどうもよくないのだ。


お店のこと以外をつい愚痴ってしまう。


「Calma」さんは知らなかったイタリア料理の側面を教えてくれた。ハチミチバルサミコ漬けの豚のバルザートはクリアな脂にほのかな甘みが染み込む繊細な味で、添えられていたジャムは熟成してプラム系の酸味と旨味を持っているらしいが、全然つかめなかった。世羅のアスパラガス・ビスマルク風も生ハムとチーズに黄身がかかって美味しかったが、イカの詰め物“リピエノ”トマトソースからパン粉の使い方を新しく知った。イカとエビに最近首ったけの自分でも、ゲソとナンコツの混じった中身にパン粉が良い働きをしているのがすぐにわかった。どのように良いか味覚は追いつけないが、「広亭タナカ」さんで口にしたばかりのトマトソースよりも味わいを深めたソースに合わせても、おめかししたパン粉の風味が消えない。


フィレンツェ風もつ煮込み“ランブレドット”の臭みのない内蔵の味わいもくどくなくて美味しいが、イワシのベッカフィーコのパン粉がこれまた違った味としてパンのかけらが衣替えしている。お店の方が一品一品丁寧に料理を説明してくれるので、その内容に従って舌は道をたどるのだが、フルーツのはずがシーフードの風味をパン粉から感じたりしてしまう。またこの小鳥の羽のようなイワシのしゃちほこばったポーズも、シチリアの貴族と漁師が関係しており、ヴィスコンティ監督の「山猫」と「揺れる大地」の映画が互いに関係するように連想してしまう。牛の肉感しっかりCalmaのハンバーグは愛らしいサイズだが、ミンチだけでない肉も含まれるという説明通り肉質の噛みごたえがある。ただ赤と脂のコテコテ喋る肉ではなく、枯淡というと間違いになるが、香木のように清潔でウッディな風味を感じるようで、子よりも親のように、勢い走る脂っ気の抜けた味わいのようだ。ソースも香りと肉汁が混合してとてもおいしい。


そして炙りウニとクレソンのパスタを食べたのは、この店を妻につなげてくれた方の写真の影響のまんまだ。いつも美味しそうなパスタを見るから、実物を前にしたかった。新鮮なクレソンの鮮烈な苦みにウニはいくぶん控えめで、海の幸もたじろぐ野の草の風味とパスタは締めにちょうどよいサイズだ。


最後にティラミスといちごのトルタを注文すると、デザートワインも選んでもらえる。王道だというトスカーナの干したブドウのワインは熟成された糖分が非常に薫り高く、ティラミスはいまだかつて食べたことのないほどクリーミーな舌ざわりで、味の広がりはコスモとビッグバンを感じるほど強烈なオーケストレーションになっていた。


業の“カルマ”とはえらく異なり、ハチミチやフルーツが飛び交う洗練されたイタリアの風土が肩肘張らずにあるようで、料理もさることながら、今日は特にワインも含めたすべての酒が美味しかった。隣の人がどんどん頼むから試飲するかたちとなり、黒板のワインをほぼ飲み、しまいにはグラッパとピートの香しいスコッチウィスキーにも手を出すほどだ。とくにハート形の瓶に琥珀色のグラッパは、蜂蜜と青林檎も混じる葡萄らしい蒸留酒で、樽感やスモーキーよりも蜜の土地としてのイタリアの気質が純化されていて、素直に感動した。


会計も無事済み、飲めば飲んだ分だけ口が回って押さえの利かなくなる妻をどうにか家に向ける。落ち着いたお店の方がとにかく丁寧で、価格は質を考えると驚くばかりだ。美味しい酒だからどんどん飲みたくなる。それはわかるが、直情的に実践するからたいしたものだ。おかげでおこぼれの酒で味を知り、少ない金額を払ってしめしめするコソドロらしい自分の性格はより増してしまう。剛胆からはほど遠く、毎日パンを焼いて提供する店に頼る自分は、金属加工のようにこぼれた粉のような存在として、果汁やナッツを取り込んで主役を引き立てるのみだ。それこそ卑小なる我がカルマだ。


そんな無意味にオチをつけようとするほど、苛立つことなく終わった今日の夕食は理想的な楽しさだった。それは疑うところのない、そうさせない「Calma」さんのサービスに包まれていたからだ。

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