2月21日(日) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでアラシュ・エスハギ監督の「気高く、我が道を」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでアラシュ・エスハギ監督の「気高く、我が道を」を観る。


2019年 イラン 64分 カラー Blu-ray 日本語字幕・英語字幕


監督:アラシュ・エスハギ


ドキュメンタリー作品には物語映画らしい決着を見せずに、終わりのない過程のドラマを切り取る印象を持っているが、今日の作品も何らかのクライマックスを持って区切られることはない。牛の世話をする80歳になる男性の踊りに対する姿勢を主題に構成されており、ダンス嫌いでない自分は冒頭から数秒たりとも飽きることはなかった。


昨日のような国家が関与する大多数の不明瞭な人間に対しての焦点よりも、今日のような一個人にスポットの当たった作品を好みにすると考えたが、大切なのは、結局いかに魂を映し取るかに尽きるのだろう。その点では今日の作品は見事に踊りの化身としての老人男性を抽出しており、ダンスシーンで退屈させない画面ではあっても構図は基本として美しさを持ち、編集は情操と内面の葛藤を抜かりなく盗みだし、主人公の周囲の意見として家族の証言も甘ったるくならないように配置され、むしろ望ましい形で好意的なクレッシェンドをもたらしてくれる。


イラン革命の前後はこの国に大きな分断をもたらしており、日本の戦前と戦後や、中国の文化大革命のような大きな転換が踊り子として生きてきた男性の生き甲斐を社会的に閉じ込めてしまう。ただこの男性は根っから踊りが大好きとあり、崇高な精神や意志を持っているのではなく、踊らないと心臓発作を起こすと証言するほど踊りと人生が一体化している。そんな人物のダンスシーンが何度も映されると、腰や手の優美な動きだけでなく、自然そのままの踊りの結晶として見事な姿で舞われる。それは日本における歌舞伎と同じ伝統芸の一体化であって、日常生活のすべてが踊りに捧げられている。


アラブ、インド、トルコなど歴史的な踊りは様々にあり、それに合わせて衣装も変わっていく。何気なく話す内容は玄妙なほど深く、何十年と男性が女性の踊りを続けていくと、話す抑揚だけでなく、顔つきまで女になるところが興味深く、若い時は生まれ持った顔でいいが、成熟すると人間は自分の人生がそのまま顔になることを見せている。


イラン革命によって踊る場所は失われ、村で踊れば通報されるような状況であっても、男性は家でも、庭でも、地下でも踊ってきたと豪語する。それは男性にとってなんら疑問のない行為で、人から禁止されてやめるようでは本物の魂とはいえないのだろう。できるところでする、むしろしないと生きていけない狂おしい踊りへの依存が男性の生命そのものとしてある。


そしてなにより、6人の子供を立派に育てあげ、それぞれ父親に対して不満と尊敬の両方を持ち、健康に語っているところが立派だろう。妻も優しい夫だと証言するが、踊りだけが悩みの種だと痛烈に愚痴をこぼしている。そう言いながら、妻が太鼓を叩いて夫が踊るシーンもあるのだから、なんら間違った不幸はないだろう。


歌と踊りだけでなく、芸術を愛する者だ。その無垢な魂の若さに感銘する内容と、そんな人物を生み出したイランにおけるイスラム社会に対して考えさせる純粋な作品だ。

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