2月5日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「天国と地獄」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「天国と地獄」を観る。


1963年(昭和38年) 東宝、黒澤プロダクション 143分 白黒 35mm


監督:黒澤明

脚本 : 小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明

原作 : エド・マクベイン

撮影 : 中井朝一、斉藤孝雄

美術 : 村木与四郎

録音 : 矢野口文雄

照明 : 森弘充

音楽 : 佐藤勝

出演:三船敏郎、仲代達矢、山崎努、香川京子、江木俊夫、佐田豊、島津雅彦、石山健二郎、木村功、加藤武、三橋達也、伊藤雄之助、中村伸郎、田崎潤、志村喬、藤田進、土屋嘉男、三井弘次、千秋実、北村和夫、東野英治郎、藤原釜足


憎めない登場人物を配置した上映時間の短くない大作らしく、長いと思わせない展開にのめり込んだ。テレビで観るような刑事ドラマはそれほど好きではなく、サスペンスを特に好むわけではないが、ポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」のような作品もあるから決して嫌いではない。


ただの神経戦と人情映画にならないところはさすがで、社会の低層と高層を扱う視点は紛れもなく黒澤明監督としてあり、前半に三船敏郎さんを主軸に置いた劇映画を撮り、中盤に仲代達矢さんを中心にした刑事映画としての捜査に的を置き、後半は山崎努さんを追ってサスペンスの色を強めていく。その明確な構成と推移のバランスが良いので二時間を超える作品も疲れることはそれほどなく、映画の幅広さとキャストの豊富さをじっくりと味わうことができる。


昨日、一昨日と、「用心棒」、「椿三十郎」が上映されていて、去年か、それか一昨年に観たから足は運ばなかったが、どちらの映画も仲代達矢さんとの共演が良い呼吸を見せている。今日の映画も端正な仲代さんがやや不気味な登場をするものの、途中から熱意のある刑事として顔を表す姿が微笑ましい。怒鳴り声と熱量のある演技は三船さんらしいが、どことなく知恵者の悪さを醸し出す仲代達矢さんの目玉があると、対称とは言えないが、互いの持ち味が補色の関係で個性を鮮明に映し出す。


特に美しいロケーションではないが、中学の時に海に潜って知らずにサザエやトコブシを密猟していた腰越漁港や、台風の日にサーフィンした線路前の鎌倉の海などが映し出され、江ノ島や藤沢も含めた富士山の景色がやけに懐かしく感じられた。


戸塚に住んでいた友人から横浜の黄金町の噂を聞いたことはあったが、実際どのような場所か知らなかったとはいえ、この映画に登場するような薬物中毒者がまるでゾンビのようにたむろしている光景が実際にあったかどうかは疑わしくなるほど、木賃宿は誇張された情景に作り出されていた。


昔の中華街の喧騒や外国人が踊って遊ぶディスコのシーンもあり、半世紀前とは思えないほど多国籍の風情が溢れており、コスモポリタンの一風景は永遠に変わっていかないと、渡航の制限されている今現在に旅行の記憶が思い出された。


ありきたりの刑事ドラマのように犯人の生い立ちや環境に同情を持たせるよりも、映像を見せながら下手に語らせず、多くの推理と想像でもって社会の実情に目を向けさせる作品となっている。そして何よりも、間違えて誘拐された子供に対して身代金を支払った三船さんが報われる内容こそ、結局正義が勝る黒澤映画らしい作りとなっていて、そこを甘いと見るのか、むしろユートピアらしい大衆迎合ともとれないことはないが、作品への緊張感よりも、心理的に望まれる安心感を映画にもたらしている。


とにかく、質の高い映画としてとても楽しめる作品だ。

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