2月6日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」を観る。


1960年(昭和35年) 東宝、黒澤プロダクション 151分 白黒 35mm


監督:黒澤明

脚本:小國英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍

撮影:逢沢譲

美術:村木与四郎

録音:矢野口文雄、下永尚

照明:猪原一郎

音楽:佐藤勝

出演:三船敏郎、森雅之、香川京子、三橋達也、志村喬、西村晃、加藤武、藤原釜足、笠智衆、宮口精二、三井弘次、三津田健、中村伸郎


二時間半に届くこの作品は昨日に観た映画に比べると足取りが重たく、内容をつかむまでに時間を待たなければならない。結婚披露宴での各人の狼狽は当然わからず、何かの事件に関する記者連の烏合が重要な出来事を嗅ぎつけていることはわかるが、誰がどんな役割を持っているのか伺い知れない。ただ、森雅之さんが登場すると、頭皮の中心から真っ二つに分かれた髪型と皺の険しい顔にただならぬ雰囲気は感じられる。


物語の内容を容易に開かせることはせず、長い上映時間に余裕を持ってすこしずつ開示されていく。やや集中力を要する編集となっていて、目も休まる広い景色が差し込まれることなく、昨日の作品同様に人物の立ち位置と表情のニュアンスに重きが置かれており、カメラの構図はゆるむことなく的確に動かされている。


冒頭から登場人物は勢揃いしており、演劇らしい複線を持った台詞も述べられるので、サンスペンスやミステリーなどの持つ構造の緊張感の中で人物が絡み合い、明るみに出されていく。


大詰めに向かうところでやや呑気な音楽が挟まれ、気は緩んでいないのだが、勝利を前にした大逆転が起こりそうな予兆が提示される通り、物語は作品名が意味する印象らしくすっきりしない内容となっている。ただし、悪がただのさばり続けることを表現しているだけではないので、悪と対峙するには正義が必要ではなく、またその本人も悪事を染めていく原理が描かれており、観点によっては悪と悪の共倒れにならず、ただ力のある一方が生き残っただけという見方もできないことはない。


観る者に若干疲れを覚えさせるこの映画の醍醐味は、五人関わった脚本の緊密さと綾の複雑さよりも、登場する役者の演技だろう。最後の最後に甘い情にほだされて悲劇の結末を生み出すきっかけを作った藤原釜足さんが良く、前半から中盤にかけて怪演のように目玉をむき出しにしていた分け目の鋭い西村晃さんも面白い。悪のしぶとさをそのまま老獪に移した森雅之さんのやにっぽさも良く、官僚的なずるさと弱さを低姿勢に示した志村喬さんは愛嬌がある。そして「酔いどれ天使」を想起させるダンディな姿の三船敏郎さんが何だか嬉しくなった。若い頃のように細い体は去って、いくぶん腹も出た恰幅の良さは昔のようにシャープではなく、むしろ年齢による丸さも演技に染み込まれていたが、ポマードにきっちり髪を固められた姿はやはり格好がいい。


しみじみ考えさせるヒューマニズムよりも、悪の生命力を描いたこの映画はややわざとらしさがあり、珍しくロマンティックなシーンもある多少大袈裟な作品となっているが、演技と物語の構造の質の高さはやはり黒澤明監督らしい水準となっている。

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