12月13日(日) 東広島市西条栄町にある東広島芸術文化ホールくらら・大ホールで「朴葵姫 ギターリサイタル」を聴く。

東広島市西条栄町にある東広島芸術文化ホールくらら・大ホールで「朴葵姫 ギターリサイタル」を聴く。


ソル:エチュードOp.6-11

タレガ:ラグリマ

タレガ:アラビア奇想曲

アルベニス:スペインOp165より 第5曲 カタルーニャ奇想曲

アルベニス:スペインの歌Op.232より 第4曲 コルドバ(夜想曲)

グラナドス:詩的なワルツ

コスト:旅立ち、劇的幻想曲Op.31

マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調より 第4楽章 アダージェット(佐藤弘和編曲)

バリオス:フリア・フロリダ

バリオス:ワルツ3番

バリオス:ワルツ4番

バリオス:大聖堂

アンコール

アルベニス:スペイン組曲Op47より 第5曲 アストゥリアス(伝説)


私はこの日を待っていた。コロナウィルスの影響で延期となり、代替公演が決まってすぐにわざわざ1階1列目のチケットを選ぶという熱意は、生まれて始めてファンというカテゴリーを与えてくれたパク・キュヒさんだからだ。とはいえ、コロナウィルスが再び蔓延し始め、広島市内の感染者数が話題になるだけでなく劇や落語の中止が身近に起きているので、再度公演中止になることを懸念して東広島芸術文化ホールくららのホームページを毎日数時間ごとにチェックして、無事にその姿に接することができた。


おそらく、衝動を抑えることなく文章を書けば自己本位の気味の悪い内容ばかりが続いてしまうので、自己顕示欲を刈り取り、単に感想を書いたほうが無難だろう。


今日のプログラムは予定した内容を少し変更して、“癒やし”というテーマのもと複雑な曲を省き、穏やかなメロディーの曲などを演奏するとパク・キュヒさんは言っていた。それは今の不安な時代だからこそ、日常の恐怖を忘れて音楽に心を洗い流してもらいたい気持ちがあるとのことだが、ソルの演奏が終わってからの挨拶の言葉で、すでに演奏家である本人の気持ちが“不安”という言葉に集約されており、仮に公演中止による代替公演の中止を考えると、その負担は計り知れないものがある。


そもそも、約2時間のこの演奏会を聴き終わって感じたことは、いくら有名で技術の高いプロの演奏家であっても、多感な一人の若い女性に違いなく、やや斜めのスポットライトに照らされながら大ホールの観客だけでなく、この公演の関係者全員の責任を背負って演奏するプレッシャーたるものは並々ならぬもので、演奏中も色々と感情と考えが移ろいでしまい、だからこそ全曲暗譜で弾きながら、ついつい緊張でアルベニスのアストゥリアスを弾き忘れてしまったという、ファンからしたら可愛らしい出来事が起きるのだろう。


“癒やし”をテーマに曲を変更したということで、予定されていたトーク時間はすこし削られてしまい、演奏に集中するという公演になっていた。それが自分には嬉しいのだが悲しくもあり、エリザベト音楽大学のセシリアホールで聴いた激しい弾きっぷりも期待していたので、少し残念だった。


数多くの曲を演奏する中でこの曲がどうこういうほど神経を尖らせるよりも、ゆとりのない最近の心の癒やしに向いていた。しかし漫然なほどの気分で聴くつもりだったが、柔らかい音の丸みを基本にしながら、ギターという楽器の持つ性能と多彩な音色を聴き比べるようだった。細かい爪弾きの差で音色は辛くも安らかにもなり、その位置が僅かにずれるだけで芯を持ったり緊張が解けたりと、ピアノよりも孤独な印象のあるクラシックギターのもつ多様な性格が繊細に、静かに、奥深い気持ちを抱えながら表れていた。一曲ごとのチューニングのリズムにしても、一人視線を浴び続けるたたずまいにしても、ギター一本で他を頼りとせずに一人世界を生み出さなければならない。このホールで春風亭一之輔さんの落語を聴いたことはあったが、あの人にも同様の緊張感はあったのだろうか。「ああ、昨日聴いた人もいるの、すごいねぇぇ」くらいの肩の力が抜けた語りをしていたが、同じ一人で舞台を背負うにしても、えらい違いがある。


来年の3月3日にセルフプロデュースによるアルバムを発売するとのことらしく、その理由が今年の2月から11月まで日本への入国が制限され、その影響で韓国のスタジオで録音作業を余儀なくされ、日本での販売が遅くなったらしい。そのちょっとした話を聴いただけで、久しぶりに日本へやって来たとしても常人とは異なる繊細な感受性の演奏家にとっては心身に不安を抱きながらとなり、練習にも集中できず、不要不急という言葉で自己の存在価値を揺らがされるだろう。


コストの旅立ちという曲が次のアルバムの柱となっているらしく、デビュー10周年、そして今後に向けて、その二重の意味を持っての“旅立ち”という言葉があるそうで、それはギターだけで弾くには困難に思われるマーラーのアダージェットを選ぶ点にもあるだろう。実際聴いてみれば、あの弦楽のビロードで移ろう色彩豊かな曲はギターの弦の響きに集約されており、繰り返される情動もトレモロなどの演奏技法の違いによって表現され、しみじみとする色合いが表れていた。


今日ほど携帯の音を切り忘れる人に腹が立つことはなかった。その音でコンサートの雰囲気を濁すだけでなく、一人静かに集中して演奏する人に対して、存在意義に疑問を起こさせる余計な障害となる。ピアノソロやオーケストラと異なり、ギター一本のリサイタルに派手さはなく、むしろ渋さとある種の我慢が必要だろう。キャッチーなフレーズや甘ったるいメロディーにうっとりするよりも、孤独や哀愁に国や故郷を想起させる心へ響く繊細な音色があり、とても静かに聴き沈む瞑想のような調和が必要となる。


天使のトレモロよりも、ピエタのアルペジオ、などと前回公演の印象で考えていたが、今回はよりしんみりと柔らかいギターの音色に聴き惚れることになった。肩開きの白いドレスは袖の長いパフスリーブとあり、タイトながら膨らみを持ったシルエットに袖の四つのボタンが品格を持って締めている。こう書くとファンよりもストーカーらしい気色悪さが出てしまうものの、やはり女性の衣装は華で見逃せない。


なにはともあれ、公演が無事に終わったことが嬉しい。姿形の愛らしさも当然だが、ギターを愛する真面目な心と、浮つくことのない音楽性と意識の高さに惹かれている。そしてなにより、本当に素晴らしいギター曲を聴くことができる。これがなければ、決してファンにはなれない。


次をすぐに期待するのは早急なので、今回の“癒やし”のプログラムを念頭に置き、ここ数日に心が騒いだとき、落ち着いて振り返るようにしたい。

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