12月9日(水) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・中ホールで「広島市民劇場2020年12月例会 トム・プロジェクト プロデュース『砦』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・中ホールで「広島市民劇場2020年12月例会 トム・プロジェクト プロデュース『砦』」を観る。


作・演出:東憲司

原作:松下竜一

美術:中川香純

照明:宮野和夫

音響:半田充

衣装:樋口藍

舞台監督:小笠英樹

出演:村井國夫、藤田弓子、原口健太郎、浅井伸治、滝沢花野


今回の市民劇場は自分にとってすこぶる良かった。個人的な思い入れや記憶を刺激するような追憶の甘さなどがあったのではなく、演劇の新鮮な要素と芯の強さを感じた。


まず舞台装置が見事だった。蜂の巣城という砦を象った作り物は中ホールの舞台に厳かな高さを生み出し、先シーズンのMETライブビューイングで観たベルクの「ヴォツェック」のような網の目の様相を呈していた。その中を登場人物が縦横無尽に動くわけではないものの、赤い布の垂れ下がりなどのアクセントもあり、背景としての威容は十二分に放たれていた。


そんな砦の前面左に小さな部屋があり、藤田弓子さんの足踏みミシンの登場からして物語世界の始まりは瞬時に色濃く表れていた。コンテンポラリーダンスを想起させる土蜘蛛のような身体表現と台詞回しのあとの登場だが、この際の照明の切り替えが自分の好みを見出すようで、その後もスポットライトの当て方とリズムで滞ることなくスピーディーに場面はつながれ、物語はどんどん加速して発展していく。この軽妙な舞台のテンポが退屈にさせない効果を持ち、舞台全体に光を与えてゆっくりと場面を描くよりも、明暗法としての劇的効果を多く用いて、闘争という主題を扱った内容らしく光と影により、国と村の諍いから村人同士の関係へ、それから家族と個人の内面にも向けて相克を示すようだった。


観客席も含めた拡声器の演出もさることながら、舞台上のライトは観客席上部を照らす角度もあり、今まで観たことのない照明の使い方はより緊迫感を生み、ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章をテーマに闘争の暗さは行進され、一撃のような効果音で場面を切り、暗転の中でも息切れせずにストーリーは回される。その激しい流れをよどみなく生み出しているのが原口健太郎さん、浅井伸治さん、滝沢花野さんら3人の俳優で、場面に合わせた様々な役柄を演じるのだが、発声がしっかりしており、動きは機敏でそれぞれ調和して絡み合い、顔にしても動作にしても熱量を暑苦しく出さない基礎としての柔らかさを持っていた。


この舞台は少数精鋭という言葉が適合するように、その3人の役者に巻かれる村井國夫さんと藤田弓子さんの存在が中心にある。栗原小巻さんや仲代達矢さんを実際に観た経験がその時代を通じさせるように、この初老の2人の役者は同程度の力量を納得させる量感があった。発声の良さに表情の細かい推移などもそうだが、素早くはないが動作の抑揚に積み重ねて発露された人間そのものが表れており、演じるとはどのようなことかと、そっくりそのまま飲み込める頑固じいさんと従順なばあさんが現れていた。


下筌ダムの反対運動という物語の扱いよりも、巧みに編まれた脚本と演出の構造がとにかく好ましかった前半と、すこしペースを落として登場人物への焦点により迫る後半を観て、舞台装置、照明、俳優、そして演出という演劇の各要素の高い水準の調和に魅了された。若いとは言えない経験豊かな役者を揃え、昔の話を劇にしながらどこも古くさくならず、自分の知らない演劇の新たな一面を取り入れて発展させたような細かい演出のこの舞台は、単なる感動ではない嬉しい刺激に満ちあふれる作品となっていた。

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