10月17日(土) 広島市中区白島北町にある上野学園ホールで「オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー 広島交響楽団公演」を聴く。

広島市中区白島北町にある上野学園ホールで「オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー 広島交響楽団公演」を聴く。


指揮:下野竜也

ソプラノ:石橋栄実

語り(エグモント):宮本益光

コンサートマスター:佐久間聡一

管弦楽:広島交響楽団


ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第2番 作品72

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」作品84(全曲)

アンコール

ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」第1幕 行進曲


NHKの主催として全国にあるプロのオーケストラでベートーヴェンの交響曲をつないでいくこの企画は、11月予定の名古屋フィルハーモニー交響楽団と日時未定のN響を抜かせば、すでにどこも演奏は終了している。特別公演の今日は11月22日に放送予定らしく、第1番から始まって第8番を放送したあとの最後に位置しており、憶測が頭に浮かぶものの、取りという大役を担っていることは疑いない。さすが我が広響などと、もちろんおこがましくてそんな事は決して言わないが、誇りと期待に嬉しさが両手を回している気分は嘘をつけないだろう。


プログラムを見ると、残すところあと1回のディスカバリーシリーズの続編に思えるのは、すでに下野さんの指揮で聴いたことのある曲があるからだろう。序曲「レオノーレ」の重くも力強い足取りで記憶が呼び覚まされるが、秋になって空気も変わり、あまり来ない上野学園ホールの1階席という場所が要因だとしても、各声部のまとまりは緊密となって聴こえ、純然とした音の個体として曲の持つ性格が一層伝わってきた。長い休止が数度打ち鳴らされてから、クレッシェンドで盛りあがって一気にオーケストラが奏される箇所の展開が滑らかで、それからのエネルギーの発露はさすがの威風を感じた。何度も感じた下野さんのベートーヴェンの解釈は生きる力に満ちあふれており、負の部分や暗い性格を飲み込む若さと溌剌を伴い、それが一切雑にならず見事に造形していたので、演奏後の拍手が少ないと思えるほどだった。


続いての劇音楽「エグモント」は、改めてすばらしい序曲だと感じながらも、この舞台で物語世界を表現することをより意識されており、音圧の強くなった音色の一体感は頑強で、弦のフレージングにもより曲線と艶が含まれ、各小節から「さあオペラが始まりますよ」という観衆をわくわくさせる音の踊りが伝わってきた。宮本益光さんの語りによって情景はイメージしやすく、石橋栄美さんの歌声と表情は2度の舞台登場では物足りないほど感情豊かに、時に鋭く大きく歌われており、後ろ髪を引かれるように背の黒い編み紐が印象をつけていた。二度の序曲に比べると劇中の音楽は落ち着き、静かな箇所はゆったりする。ベートーヴェンの気質を持ったスペインらしいメロディーも聴けて、この国と相性が良いのではないかと思ったりした。物語としての結末は不幸でも、しがみつく生ではなく、生きるべく、果たす生としての個人が描かれており、ベートーヴェンの気質にふさわしい主題として民衆の音は劇的に演出され、宮本さんの意気のこもる声が叫ばれる間のオーケストラの調和は足並みが揃い、終結に向かう展開は劇的な感動をまさに引き起こしていた。


生きることは立ち向かうこと。その明確な姿勢を音楽にこれほど示した作曲家はいただろうか。あの肖像画を見るとぼやきの多そうな人だとは思ってしまうが、それほど悩み深く、単に存在することにうろうろして愚痴をこぼすのと異なり、進取するからこその発言が生まれてしまうのだろうと考えてしまう。こんな状況下で口は負の面ばかりつついてしまうが、それでも前向きに行動しているなら、意味ある文句として飲み込める。


自由に生きたエグモントは自由を求め生を賭して死に向った。宗教弾圧が時代背景の物語を、今はそんな時代ではないと勘違いしそうになるが、思想の自由は世界各地の端的なニュースだけでも稀な状況だと知れる。ましてウィルスが相手となると、向かう対象を持たないどころか、相手が静まるまで自由を制限される。外に向かうのではなく内に向って戦う。誰かに向かえないもどかしさはあるが、結局内面での克己こそ源泉だと振り返り、力をもらえる演奏会だった。

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