8月25日(火) 広島市中区基町にある郷土料理店「じ味 一歩」で飲んで食べる。

広島市中区基町にある郷土料理店「じ味 一歩」で飲んで食べる。


昨年以来の訪店となった「じ味 一歩」さんは、前回以上の情報の氾濫で頭も味覚も追いつけていなかった。相席した方もいて、男女間の”きーー”に関する話や料理に対する考え方が弾み、「ハナワイン」さんのイベントの時に見せてもらった現代音頭集のCDや「ノーマ」のレネ・レゼピ氏の日記やレシピの本などを紹介してもらったが、舌も耳も忙しなくあり、一つ一つ味わえば多くの発見が得られるであろう食事の中で、さわりとして素晴らしい味わいにうるさいことを考えずに過ごすことができた。楽しい時は早いとはあるが、この夜の時間経過は一瞬の早さだった。


驚くべきは店主さんの頭脳の働きで、作り手として当然のことかも知れないが、一品ごとの意図に沿った調理と素材の説明が詳しく、自分の基本知識の乏しさが新鮮な体験として手と目を広げる間に、聞かせてもらった内容が次々と抜けていき、今回は断片としてメモをとることにしたが、せいぜい食材の名前を一つか二つ知るのみだった。


紫の色艶やかな中に岩牡蠣の荒磯臭くない身肉はクリーミーに濃く、炙られたタチウオの香ばしい椀にレモングラスの風味を探し、締められたアジの重みある味わいとタイの肉厚を何度も噛んでは、オクラの花をめくって刻まれた実の粘りをだし汁と絡めてアナゴと口にし、からっとした衣のマナガツオのそばにあるピータン入りの基町ショッピングセンターらしい中華の味に納得してから、油のうまみをたっぷり吸ったナスとハモの対照を新鮮な雑草と食べ、カマスの身がほぐれた紫蘇の香る細やかな炊き込みご飯に一風異なった奥行きを持った味噌汁を合わせて喜び、花と種の間のフェンネルの新鮮な食感と風味が澄んだ甘みの葡萄にちくりと味を加えて終えた。


これらの料理にどれだけの経緯があっただろうか。まるで砂時計のように落ちる瞬間の細い通りを味わうのみで、そこに辿りつくまでの物語の説明を教えてもらっても、受容する身に余裕なくたくさんを下に取りこぼしてしまったと感じるほど、様々な点に創意工夫が凝らされていた。


昨日と一昨日に、金沢21世紀美術館で以前開催されていた「人間は自由なんだから:ゲント現代美術館コレクションより」の本を読み、今になって現代アート作品の鑑賞方法の道しるべを知り、それが日曜日に観た韓国映画の描き方と通ずるところがあるように感じた。それは去年観たいくつかの映画作品にも見受けられた描き方で、他者との関係性や、個人の自由や既存の制度からの抑圧に疑問を抱くことなど、シンプルな人間関係や習わしではなく、複雑に発達した社会において虫眼鏡で細かい問題をわざわざ見つけ出して描くように、肥大した大脳によって多くの字数で語られる概念こそが味わいとしてあるようだった。


そんなことをふと思い出したのは、基町ショッピングセンターという立地におけるこの店の在り方を自問自答する店主さんの態度に触発されたからで、人によっては、ただおいしいよりも、そこにストーリーを含んだ料理と関係を見つめて味わう姿勢もあり、最近話題となる持続可能という言葉にも一部つながるような、未来に向かう特色と役割としての表現の在り方が、鋭敏で繊細な頭脳の働きの中で哲学らしい現代アート同様のコンセプトの明確さをもって語られていたからだろう。


それは、民謡を根源とする古いと思われていた音頭が、「山中カメラ現代音頭集」として赤いパッケージで目の前にするのと同じではないが、自分の知らないところで新たな試みとして各分野は発展する意欲を持ち、変容していくことの一端を実感するのは、自身を大きく揺さぶる刺激としてこの上ない栄養になる。


まだ二度目の食事でしかないが、この店は先鋭な感覚による頭脳の体現として料理を含めた独自の空間と時間がある。それは中華料理店とシャッターの並ぶ場所ではあるが、建築と同じように周囲の環境との関係性を意識したアイデンティティーがあり、ただそこに在るのではなく、自発的にこの環境の歴史を養分として実を開かせようとする思考の巡らされた意志が存在しているからだ。

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