8月21日(金) 広島市中区白島北町にある広島上野学園ホールで「らくごDE全国ツアー vol.8 春風亭一之輔のドッサリまわるぜ2020」を観る。

広島市中区白島北町にある広島上野学園ホールで「らくごDE全国ツアー vol.8 春風亭一之輔のドッサリまわるぜ2020」を観る。


春風亭一蔵:浮世床-本-

春風亭一之輔:鈴ヶ森

春風亭一之輔:百川

仲入り

春風亭一之輔:ねずみ


雨を心配していたら、タイミング良く夕立にぶつかった今回で3度目の鑑賞となる春風亭一之輔さんだ。今年の前半に観た時はコロナウィルスの影響が拡大している中で、「さすが落語、手強い」などと思っていたら、今回の全国ツアーでは大半が中止となり、今日の広島で3公演目らしく、落語が強いではなく、主催者の意向によって行われることになったそうで、芸風からただ単にそう思いこみたかっただけなのだ。


まずは二ツ目の春風亭一蔵さんで、昔は的屋で長距離トラックのドライバーだったらしく、その経歴のせいだろうか、声が大きく威勢は良く、大柄で暖かみのある芸風を感じてしまう。席が遠いせいで表情の動きを読みとれないのはとても残念だが、この演目を知らないおかげで迫力のある登場人物を疑うことなくそのまま観ることになり、さすがこの場所にいるだけの確かな実力を楽しむことができた。


それから春風亭一之輔さんとなり、雰囲気が和らぐ。一蔵さんとは芸風が違うといえばそれまでだが、肩がない、などとわけのわからない形容をしたくなるほど、脱力している。背筋を伸ばして座り直すのではなく、むしろだらっとしたくなるほど、親しみやすい。


常に湯呑みが湯気を出して周りを囲んでいそうなほど落ち着き払った物腰は、とにかく優しく、眠くならいのに目をしょぼしょぼさせたくなる。すわる、そんな言葉が舞台と客席で一体となる雰囲気があり、一言で言うなら、リラックスにある。


繰り返し言うが、表情の見えないのは本当に残念で、初めてこんな席で落語を鑑賞した。劇と違って舞台全体を俯瞰する必要はなく、噺家さんだけに集中することのできる高座なので、「鈴ヶ森」に続いて「百川」と遠慮することなく笑い続けていたものの、やはり近くで観たいと思わせるほどぼやける輪郭が動いていた。それにしても、古い音源から落語に入った自分としては、現代らしい言葉遣いによる演じ方に最初は違和感を覚えたが、今となってはこの浮ついたとも感じられる調子がなかなか悪くないと思えるから、偏見を脱ぎ捨てた慣れこそが真価を近づけるのか、それとも勘違いだろうかなどと考えてしまう。


左甚五郎の登場する演目は別の落語家さんで観て、音源でも誰かで聴いたことがあったので、「ねずみ」に関して思うことはあった。仲入り時点で1時間半は経過しており、この日の暑さも加え、観客には疲れが表れていたのだろう、笑いはおさえられて講談のような物語が着々と進む展開に、飽きている人々が後ろの席から見えた。特に、左斜め前に禿げ上がった立派な大脳の人が座っていて、暇を感じていたらしく、何度も首をぐるぐる回す運動を始め出した。凝っているにしても、聴きごたえのある語り口のなかで、まるで餓えきった大蛇のように光る匕首らしき鎌首で獲物を探す動きは、自分の視界の大部分を埋めており、とおく小さい一之輔さんからの情報を邪魔していた。首の体操の他にもそれぞれ見るからに集中力の切れた人がちらほらしていて、多くの人が親しみやすい笑いを求めて来ているのかと思った。


有名な彫刻師だという左甚五郎という人物をいかに描くか。気の向かない仕事はしないという職人気質の固まりらしい人物をどのように解釈するのか。もちろん素人の想像するよりもはるかに考え抜かれているとはいえ、達観しきった朗らかな人柄として現出されれば、人の良い気心こそがこの噺家さんの特質だと見てしまいそうになる。


笑いだけでないところに落語の味わい深さがあり、仲入り後の語り口こそ、微動せずに聴き入る自分の姿勢の良さで表現されていた。品とでもいうのだろうか、舞台に対して観客もそれ相応の座り心地があり、柔らかい時計のように椅子にもたれかかっているのも落語で、足を組むも背筋の立ったスノッブも落語だろう。そして、舌は出さなかったが、周囲をやたら睨め回すのも、やはり落語の一つの良さなのだろう。

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