8月19日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒木和雄監督の「父と暮らせば」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒木和雄監督の「父と暮らせば」を観る。


2004年(平成16年) 衛星劇場、バンダイビジュアル、日本スカイウェイ、テレビ東京メディアネット、葵プロモーション、パル企画 99分 カラー 35mm


監督:黒木和雄

原作:井上ひさし

脚色:黒木和雄 、 池田眞也

撮影監督 :鈴木達夫

照明:三上日出志

編集:奥原好幸

録音:久保田幸雄

編集監督:木村威夫

美術:安宅紀史

装飾:天野竜哉

衣裳/スタイリスト:宮本茉莉

音楽:松村禎三

出演:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信


この監督の「紙屋悦子の青春」についての取り交わしがあったので、今日の作品はいつもとは異なる構えを持って鑑賞にのぞんだ。とはいえ、上映開始後に入場して画面を前にすれば、そんな姿勢はすぐにほどけて、会話劇を基本にした物語の運びに意識することなく比較をしていた。


たしかに、そう頷くいくつもの要素を観ながら思うのはあくまで比較としての感想でしかなく、長回しがあるも気になるほどの尺ではない、カメラは的確に限られた空間内で人物を追跡する、台所風景は今回もドラマの土台としてある、選ばれた言葉と運びは劇としての流れと間がある、ラストに向かう盛りあがりも蓄積によってコップから勢いよく溢れだすようだ、などなど、結局、事前に仕入れた情報を確認して、ほんの少しだけ自分の視線で上塗りするのは、複雑ではない脚本の中で俳優がなによりものを言う作品だったからだろう。


CGについての好みはあるが、あくまで書き割りとして徹するならば、これくらいの使用範囲は的を得ているようで、最近原爆に関する映画作品をいくつか観て、いかにそのシーンを描くかが比較されると、鮮明なモノクロとカラーの合成で凄惨に描き出さずに、記憶の掘り起こしの中での印象として血肉を抜いて呼び起こす形は、この映画の主題と印象を濁さずに整えている。再現映像はすでに多くの作品で形があり、その地獄絵図を光景として焼き付けるよりも、あくまで父と娘の生死を分けた対話に焦点を絞ることによって、生きる業として自ら縛り付ける理由が理解できるだろう。それに、随所に挟まれる被爆した遺物こそが、日常から歪められて色も形も異なった禍々しさを持ち、また、罪を覚えるほど形態の美しさを感じるのは、大地に埋まり自然のもつ驚異的な作用によって姿を変える鉱物と同じ変化があるからで、歳月ではなく一瞬の力の大きさだけで、人間の身に起きた影響を聞いた話から恐ろしいほど想像できるだろう。


そしてなにより、宮沢りえさんと原田芳雄さんが常に目の離せない存在として動いている。原田さんの広島弁と愛情たっぷりの人柄は声音に宿り、ふとカットが切り替わった際の落ち武者ほどの風貌には、幽霊の持つ実写されたふてぶでしさが透けるのではなく、怨念よりも愛情によって具現化された熱い血を持った肉体を感じる。むしろ生き残った宮沢さんこそ霊と思えるほどで、芯の強い儚さが冷たい細さに形づいており、華奢な身のこなしやまぶしい笑顔には、機械らしく抑制されながらも感情のもつ激烈な衝動に必死で打ち克とうとするわざとらしさが丸々表れている。


細かい視線の動きや表情の推移はとてもわかりやすく、前半の夕刻のシーンで長々と会話をしたあとに急に腹を立てる場面の瞬間の切り替わりは、すばらしい女優が持つ演技力の反応の良さで、完璧主義の人間が備える無駄なく研ぎ澄まされた豹変は、あれだけぐわっと感情を身体に描き出す感覚というのは、初めて観たキャサリン・ヘップバーンを連想させるものだった。


劇ではなく、映画だからこそ的の当たるシークエンスがいくつかあり、たしかに「紙屋悦子の青春」に比べるとより映画作品として接しやすいアングルや編集があり、特に、雨漏りのシークエンスは水が持つ特有の叙情性に諧謔が加わり、少し濡れて帰ってくるところに色っぽさもあり、湿っぽくならない敬虔とも似た雰囲気があった。


「紙屋悦子の青春」に感じた恋の実感はこの映画にもじっと溢れていて、立場は異なるが身内に潜む感情を隠し抑える姿は、どうしてこうも愛らしさを感じてしまうのだと、やはり切なさが同じように身に迫るとても心のある映画作品だった。

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