7月26日(日) 広島県呉市中央にある呉信用金庫ホールで「広島交響楽団 第30回呉定期演奏会」を聴く。

広島県呉市中央にある呉信用金庫ホールで「広島交響楽団 第30回呉定期演奏会」を聴く。


指揮:円光寺雅彦

ヴァイオリン:長原幸太

コンサートマスター:佐久間聡一

管弦楽:広島交響楽団


ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調

シューマン:交響曲第3番 変ホ長調

アンコール

ヘンデル:「水上の音楽」から


わざわざ、という言葉を使う距離ではないが、呉に聴きに来て良かった演奏会だった。


普段から演奏前の音合わせに目を瞑って気取る癖はあるのだが、今日はその段階で音に鮮明なイメージが現れた。各音が水面に粒として垂れたわけではないのに、波紋としての円の広がりと重なりが澄みきって聴こえて、今日は少しおかしいと思った。それからロッシーニが演奏されて、弦も管も音の通りが良く、「ここのホールは音がいいな、いや、感受器官としての自分の体調がいいのか、いや、広響がいいんだ」と考えるほど聴こえた。おそらく四連休四日目の寝坊に加えて、節制を行っているからだろう、珍しく各音と運びに集中できたと思ったが、そもそも演奏会こそ珍しかったのだ。


とにかく退勤後に駆けつけるのと異なり、快調に音楽を楽しめた。ロッシーニは元気に溢れるものの、前に突っ込もうとするより規律を守ってきびきび進むようで、演奏する喜びが最初から溌剌していた。


第1番は知っているブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番は、プログラムノートに書かれているように第1番に比べてその質が落ちるわけではなく、第1楽章からそれほど知らないこの作曲家の歌いっぷりが表れつつ、オーケストラの進行もうまく合わさり、決して地味な曲ではなく、どうして演奏機会が少ないのかと疑問に思う華やかさがあった。それはソリストの長原さんの腕前によるところが大きく、基本としてのボーイングの美しさがなめらかで、明るさも憂いも気取ることなくよく表れており、演奏者の腕前が曲そのものの評価を上げる例を頭に浮かべた。プルーストの小説に登場するブロックというユダヤ人に響きが似ているからか、ブルッフという名前に、もしかしたらユダヤ人かと思われる旋律もあり、のしのし進むようなところに集団の進行が感じられ、ヴァイオリンはその中の個人や全体の詩を歌いあげるようだと思ったりもした。ただ、第3楽章に入り、盛りあがりにかけるよりも、すこし魅力が足りないと思えたところに演奏機会の多寡があるように思われた。


それに比べるとシューマンは不思議な作曲家だ。交響曲ならば吹き荒れる耳馴染みのよい第4番以外はそれほど好みではなく、室内楽も優劣がはっきり分かれるようで、全体として良いというよりも、良いのは本当に良いと思える作品がある。特にピアノ協奏曲は、全作曲家の中で最もすばらしいピアノ協奏曲と自分の中で位置付いているからおかしなものだ。


そんなシューマンの「ライン」は、大きい作品になると構成に拙さが見えるように思いこんでいた自分を勘違いだと教えてくれた。始まりから輝かしく広がるあの音楽が、今日はなんと雄大で華々しく聴こえることだろうか。明るい曲はあまり好みでなかった趣味は近頃変わってきて、今となってはモーツァルトの交響曲第41番の壮大なスケールのあまりのすばらしさを実感できるようになったからだろう、第1楽章の重奏される構造には驚かされた。拙くとも魅力があるのがシューマン、そんな解釈をブルッフの演奏のあとに思っていたが、魅力以上の確かな才能が迸っている。そう、他を許しても埋め合わせ以上となるシューマンのすばらしい音楽がこの曲には詰まっており、第2楽章のヴィオラとチェロの始まり、第3楽章にも曲調の良さは続き、やけに良く聴こえる金管はうしろから高らかに奏される。ただ、第5楽章の最後に、くどくても構わないからもっと盛りあがりが欲しいと思ってしまうところに、なんとなくシューマンらしさを感じてしまった。それが愛嬌であり、大いなる個性なのだろう。


繰り返すようだが、わざわざ、という言葉を使う距離ではないが、呉に聴きに来て本当に良かったと思える演奏会だった。帰りのバスでは、滅多に聴かないシューマンの交響曲第2番を耳に流し、それからヴァイオリンソナタも流したから、こういう演奏会ごとに固定観念は壊されて、作曲家の新たな面を知ることができる。発展のある音楽との生活に、広響はやはり欠かせないのだ。

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