7月12日(日) 広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「牧野信一の『西瓜喰ふ人』」を読む。

広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「牧野信一の『西瓜喰ふ人』」を読む。


この作家は聞いたことがあるようで知らず、持っている文典で何かしらの描写を読んだことがあるかもしれないと調べるものの、掲載されていなかったから、やはり知らない。


約十二ページのこの短編作品を読んでいて、ここまで読み進めてきた他の作家とは異なる新しさを感じた。今までに経験していない読み慣れない漢字の使い方や、自分の持っている基準と異なる助詞の扱い方による文体の違和感の他に、これといって取りあげたくなる文章が見あたらなかった。いつも抜粋しているから何かしら見つけよう、という気がなければ、なんらひっかかることなく読み終わるように、生気ある文体としての光を感じることがなかった。


ならば物語に集中して美文を廃したのかと思うが、きっちり段を分けて組み立てるよりは、やや不調和なところがあるように感じられる。地の文から続いて会話文に入り、それが続いて似たような形で地の文に戻るのは、この作家の個性らしくとれる。ただそれが目新しさのみではなく、どのような効果があるのかというと、物語の進行の滑らかさがあるのだろうか。意味のない分析だ。


途中に括弧と註で挿入される文章があり、それが第三者の視点としてあるものの、突然Bという人物が唐突に名前で登場して、一体誰を指しているのかと混乱させられ、そのあとに人物の一致する文章を据えて連結させる倒置方法など、単に素人めいた筋の拙さよりは、考えられての意匠であることがわかる。この作品全体が、なにやらまずさを持ちながら、それらが考え抜かれた構造であることが知れるようで、どうも信用できない雰囲気を纏っている。


そもそも“余”という登場人物がやたらお節介で、嫌悪させる面を呈している。ところが半分を超えるあたりから様相が変わり、友人である“滝”という人物を覗く形がむき出され、その描写のしつこさと単調さはバランスなくはみ出ており、そこに狂気じみた物々しさがあるわけではなく、作り物めいた嘘くささによって塗り固められていくようで、人物同士の表面的な白々しさとうまく連関しながら、作品全体で騙そうとしているように思われる。次第にこれは現実ではなく、誰かの頭の中を覗いていると解釈できるようになり、それが自分でもあり、他人でもあるようになって、同性の偏愛も疑わせる描写も加わり、しまいには同一人物であることも考えられるようになる。


今となっては古いかもしれないが、当時としては新しいであろうこの作品の雰囲気は、安部公房や大江健三郎と時代を同じにするようで、色合いは異なるが映画なら岡本喜八監督の「肉弾」や鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」を思い起こさせるから不思議なものだ。人をはぐらかすような視点の疑惑というか、自然としての人間を多角的に観るような構造というか、存在そのものを斜めに疑うように素朴さを欠いている。


美しい文はないが、内容としての面白さがあった。物語の持つ多重性に寓意と象徴を含むこういう作品は、より馴染めばさらなる味わいが増すだろうと思えて、音楽でも絵画でも、現代作品といわれるようなひねくれて見える形式なのだろう。


ただ、この作家も自殺したというので、小説家はどうしてこうも死にやすいのかと思ってしまう。他の職業の統計を知らないのでそう思いこんでしまうが、頭の使いすぎは生きるのに悪影響なのだろうか。


“何故彼は、余技的な気持で文章が書けないのだらうか、凧の制作の場合だつて彼は、いざそれに取りかゝつたとなるとあんな風に全生命を傾けてしまふのだ。彼には、どんな種類の仕事でも厭々ながらに従事するといふことが出来ない質らしい。気紛れや我儘で放擲するのではなくて、激情に逆に圧迫されてしまふのだ。彼は、二度ばかり勤めにも出たこともあつたが、失敗の原因は怠慢ではなかつた。結局彼は、気持ばかりが積極的に切端詰つて、傍目には又とないナマケモノの月日を繰り返してゐるのだ。”


これが死の原因だと読み取れないこともない。文章に限らず創作は、ケッチャップに比喩されるサッカーのゴールのようだが、とにかく、神経を目に見えて削る。

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