6月19日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでパトリア・マズィ監督の「ポール・サンチェスが戻ってきた!」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでパトリア・マズィ監督の「ポール・サンチェスが戻ってきた!」を観る。


2018年 101分 カラー Blu-ray 日本語字幕


監督:パトリア・マズィ

出演:ローラン・ラフィット、ジタ・オンロ、フィリップ・ジラール


今日から「『リベラシオン』ジュリアン・ジュステールによるセレクション、フランス映画の現在vol.01」として各映画作家が様々なジャンルに挑んでいるフランス映画の現在の作品を上映するとのことだ。


日本映画を連続して観てから外国映画を目にすると、表情が伝える言葉がいかに見慣れておらず、まるで異なったリズムと伝達にあるか思い知らされる。また、セリフが翻訳ということもあるが、音声でない字幕から知る内容というのは瞬間的な理解へ至らず、言葉の持つ感覚的な意味を身内に起こすことなく素通りしてしまうことがあり、真偽の見分けがつきにくいこの作品の重要な数字などを見落としてしまうことがあった。


ポール・サンチェスという名前の響きから、サンチョ・パンサのような愉快な人柄を勝手に作りあげていたが、生真面目で高圧的な署長の振る舞いの皮肉さにユーモアがやや感じられるくらいで、内容は深刻なほど笑いから乏しい。仮に笑うならば、それは人生を悲嘆しきった悲しみの突き抜けた哄笑でしかなく、不気味よりも、救いのない状態を知らしめる雄叫びだろう。


まず惹いてくるのが不可解なストーリーで、ポール・サンチェスという男に、女性警官、記者、警察署長などが交わり、意味のないと思われる端役の女性達も挟まれていく。噂とは何か、憶測はどんな事実と結びつくのかなど、嘘と本当に迫りながら巻き込み、盛りあがっていく展開の緊迫感は、久しぶりに映画で観るスリリングな物語となっていた。そこに、響き線が心の状態のようなスネアドラムや、遠くまで吠えるトランペットを使用した音楽が組み合わさって、映像世界に特殊な緊張を生み出していた。


途中で、構図よりも物語に趣があるなどと思ったが、プロヴァンス地方のレ・ザルクという場所の、地中海に近いところらしい乾燥と空の青に、セザンヌの描いたようなサント=ヴィクトワール山が繰り返し映されて、この浸食した岩窟は心からの悲鳴のようにとらえるショットがある。その他にも光を背景に、面と向かった男女の問答など、真に迫る美しさがいくつもある。


心に傷を残すほど、印象に残った作品となった。チェ・ゲバラの「ゲリラ戦争」だっただろうか、序文にカミーロ・シエンフエゴスについて書かれていて、集団の意志が再び別のカミーロを生み出すだろう、のようなことが記されていた。ポール・サンチェスも同様のことだろう。それは最近読んだ本に、およそ人間に自由というものは与えられておらず、存在の後に生まれた認識がただ選択肢を認めているだけでしかなく、その判断も性格から必然に生まれた結果以外にありえない、そのような事が書かれていると自分は内容を解釈した。「オイディプス王」のように神託は変えられず、運命に決められたように取り替えられていく存在でしかない人間は、誰もがポール・サンチェスであることを、女警官と捕縛された男は互いを鏡のように見つめている。


およそ人の推測は間違っており、感想もまた同様で、現象はあるが虚実で見定めるのみとなり、言葉そのものを正しく受け取れる人も少ない。噂は何か、それは真実であり虚構でもあるようで、ただ、ポール・サンチェスの行動の結末がすべて示していて、非常に悲しくてたまらない映画作品だった。

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