4月11日(土) 広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「森鴎外『身上話』」を読む。

広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「森鴎外『身上話』」を読む。


今日、とある人からフェイスブックへの投稿に関して「なんでもありだなw」とコメントがあった。そもそも日記よりも身の上話となっている最近の投稿であり、書く対象が減っているので、ユーチューブやテレビの番組でも観て感想でも書けばいいが、何を選べばいいのだろうか。なんでもいいのだが。


そこでふと思いついたのが、「アカデミイ書店 金座街本店」の入り口の300円コーナーで手に入れた「新潮名作選 百年の文学」だった。


巻頭にはこう書かれている。


“明治二十九年(一八九六)七月、新潮社の前身である新声社が誕生した。小誌の前身「新声」第一号が発刊された年である。以来、小社は本年で創立百年を迎える。「新潮」の創刊は、日露戦争が始まって間もない明治三七年(一九〇四)五月で、小誌の歩みは新潮社百年の歴史と重なる。それはわが国近・現代文学百年の歴史そのものにも通じ、その多彩な展開を一冊に凝縮したのが本誌である。来る二一世紀を目前にして、文学の新たな一ページを開く機縁となることを願ってやまない。”


巻末の解説にはこう書かれている。


“これまで『新潮』に掲載された小説だけでなく、評論、エッセイ、詩歌、追悼文、コラム、座談会なども含めて、『新潮』過去百年の誌面をこの一冊のうちに凝縮して再現したい、しかもできることなら、たんに『新潮』だけでなく、過去百年の文学を代表するような人と作品を選びたい、というのが、選に当った勝又浩氏と私と編集部の当初からの考えだった。そんなことから、まず故人だけを対象にして、人と作品の両面から選ぶという方針を立てた。さらにジャンルを問わず長篇は外さざるを得なかった。──(曽根博義)”


そんなわけで、740ページあるこの本には文豪と呼ばれる小説家のそれほど知られていない短編が詰まっている。映画はスクリーンで、劇は劇場で、美術はミュージアムで、音楽はコンサートホールで体感した感想を書きたいので、それらがかなわない今は食について身辺をからめていたが、それもどうも難しくなり、芸術の中でもっとも金がかからず、近くにごろごろ転がって放置されている文学に目を向けることにした。


思えば、24歳の時にたまたま訪れた町田市役所の1Fに10円で本を買えるコーナーがあって、河出書房新社のドストエフスキー「罪と罰」米川正夫さん訳があり、とても読むことが許されない小人だと自分を思っていたが、どうせこの値段だからと諦め半分で手を出したところ、これほどの世界なのかと、親しむことの可能な新天地がどんどん拡がっていくのを清新に感じられた。小説の素晴らしい思い出はいつも深夜の目覚めにあって、朗読会を除いて、およそ孤独の中の没頭による他者とのコミュニケーションを必要としない文学世界から帰ってきた時に、計り知れない時間の響きが心の内に奏でられる。これは映画や漫画の後に似た現象ではあるが、線一本が響き続ける叡智への触れ合いを強く一人でさめざめするのは、やはり文章だけがなせるわざだろう。


そんな時間や熱意はもはや去ってしまい、今は手軽に味わえる映画や劇から物語の流れや構成を知ろうとするのみで、小説が持つ尺の長さやバランスを感じる能力は持たない。読めない単語も再び増えてきて、最近、昔書いていた修辞技法と単語学習の例文を読み直していて、およそ自分ではないと思えるほど意味のわからない単語が多く、上達ではなく、下がっているのだと実感した。やはり日頃から文章に親しんでいないと、すぐに忘れてしまうのだ。


パターン化された文体が個性と呼ばれる聞こえのよいものであればいいが、マンネリと幅の狭さはどうしてもついてまわる。より細密な表現と効果を生み出せるように、音色や絵の具を巧みに操れるような道具としての基本である単語を補充する必要があり、それらを一度取り込んだら忘れない能力を持たない者は、日常の準備体操として接していなければならないだろう。小さい頃からの素養があれば忘れないだろうが、成人してから勉強を始めた者は、どうしても遅れを取り戻せない。


原点回帰といえる、こんな状況だからこそこういう選択になったのだが、遅かれ早かれ選ぶことになったと思われる。そうでありながら、こうならなければ選ぶことはなかったと思うのも正直なところだ。結局、環境に合わせて変化しただけの事であって、本人は変わらずに出方が異なっただけだろう。


そんないきさつがあって、この本の初めに登場する森鴎外の「身上話」を読んだ。日本の近・現代文学の北極星とも思えるこの作家は、どうしてもバッハのような印象を被せてしまい、それに続いて夏目漱石にベートーヴェンを重ねてしまう。これはあくまでイメージの問題で、他の日本の作家や西洋の音楽家を知らないからこそだろう。


「舞姫」や「うたかたの記」は西と東に古今が混淆された独特の味わいがあり、「かのように」や「ヰタ・セクスアリス」には等身大の青年を意想外に発見でき、「阿部一族」や「渋江抽斎」となると教会をただ眺めるように深みを知ることはできなかった。この朴訥を捏ねて顔を作られたような人物は、実際は先進的な洒落者で、ドイツ人女性を捨て去るようなロマンスと都合の良い立身出世主義を持っていて、高尚だが生身の人間を感じられる懐の豊かさがある。名前からして難しい顔をしているが、文体は堅固なようで柔軟にあり、着想も幅広く、芸術家らしい側面というよりも飛び抜けた秀才による作品らしい息の長くない物が目立つ。


「身上話」を読んで、上段162字、それが下段にもあり、それが約6ページ分ということで400字詰め原稿用紙約5枚分のこの作品は、男女の会話から入り、ついで物語の背景説明、それから男女の会話から女の身の上話が一気に語られて、物語は終わる。昔の小説に登場する多くの人物らしいペダンティックな言葉使いの圭一という男を視点に、恋心を寄せるような関心を、興味と観察で説明されている。その中で花と呼ばれる女の足の描写は実体験を持ったような生彩を持ち、真面目でありながら、異性と性に多大な好奇心を持った森鴎外という人間の一端が出ているようだ。


どこの大原かわからない地名にある料理屋を兼ねた宿屋を舞台に、「御勉強」という書き出しで圭一という人物がわかりやすく限定されている。女中の花は説明されていて、軽妙な会話文と季節と風情を感じる地の文に占められた前半部分が終わると、身の上話が長い会話文として連続していく。その途中に“──なる程ロシアなんぞも戦争をして──”という文章を目にすると、まるでロシアの小説のような息を継がぬ長い文体を模倣したのを知らせるようで、「雁」に登場する女性の境遇と重なるような囲い者の嘆かわしさが明瞭に語られる。


考えるよりも、筆が動き出してそのまま描き出したような悲しいながら清涼感を持ったこの習作らしい作品は、気軽な柔らかさで描かれているようだ。他の小説にも応用されたのか、それとも応用しているのか、際立った人物と話ではないが、肩を張らない分だけすっと入り、女性の悲哀がしみじみと感じられる。その中で花が“──母が云ふには、自分も一しよに行つて遣りたいが、それでは内が無用心だから、お使に行つた婆あやが帰るまで、留守番をしてゐて、お雑烹を食べて帰るから、お前はなる丈気を附けて行つてお出とさう云ひますの。──”という部分が好ましかった。囲ってくれている者がアメリカに行くという書留をもらい、花が慌てて家を出るというのに、母親の呑気なことといったら。この肩の力が抜けたところが、この小説の味わいのように思える。


根掛、台十能、風炉、綿入などの当時の生活道具や服飾に関する言葉はやはり調べないとわからず、トルコの紙巻きも当時を感じさせる言葉だ。該博、爪外れ、鉄案という言葉も珍しく、生利という単語は広辞苑にはなく、読み方はわからないが、生意気のような意味をあてはめてしまう。


740ページのこの本だが、小説は350ページくらいまでだから、毎日とはいわず、週に1回程度の気持ちで気長に続けていこう。早く終わらせる必要はなく、毎週末の手習い程度の、維持のための習慣としてだ。

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