10月31日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでマックス・オフュルス監督の「快楽」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでマックス・オフュルス監督の「快楽」を観る。


1952年 フランス 93分 モノクロ デジタル


監督:マックス・オフュルス

脚本:ジャック・ナタンソン、マックス・オフュルス

原作:ギイ・ド・モーパッサン

撮影:クリスチャン・マトラ、フィリップ・アゴスティニ

美術:ジャン・ドーボンヌ

音楽:ジョー・エイオ

出演:クロード・ドーファン、ギャビー・モルレー、ジャン・ギャラン、マドレーヌ・ルノー、ジネット・ルクレール、ミラ・パレリ、ダニエル・ダリュー、ピエール・ブラッスール、ジャン・ギャバン、ポーレット・デュボスト、ジャン・セルベ、ダニエル・ジェラン、シモーヌ・シモン


映画を観るというよりも、小説を観るような作品に初めて出会った。原作がモーパッサンで、モノローグが自然主義小説らしい詩情に富んだ言葉で物語を語るからではなく、ズームやフォーカスの組み合わされる分断されたモンタージュでもない熱心な移動撮影による人物を追いかけたカメラワークが動的な世界を生み出していた。ショットは長いのが多く、窓や枝葉を前景に画面を捉える構図は盗み見よりも装飾的な効果が強くあり、植物や小物が生活感の溢れる額縁として臨場感を出している。またアングルも様々にあり、人物を追って台形をなぞるようにカメラが動いたり、いくつかの壁を越えてパラパラ漫画の立体版を観ているような素早さもあり、緻密な計算が生んだ自然な作り物としての画面に温かみを感じられる。


物語は3つの短編小説を基にしたオムニバスとなっており、第一話の仮面を被った踊り好きの老人の沙汰は短いが、カドリールを踊る無表情が不気味で、倒れている間に仮面の剥がされる瞬間の演出はぎょっとするものがある。


第二話の着飾った小雀達の騒動を観ていて、昨日観たばかりの民族舞踊と似た情感が湧いてきた。この作品の中で最も長い短編物語は良俗が光輝を放ち、目立った事件や出来事はないがモネやルノワールの絵に観られる衣装が実際に存在して動き、それに見合ったお喋りで気ままな女性達が元気に生きている。複雑に編み込まれた髪型にレースや何やら様々な素材がデコレーションケーキのように組み合わされて飾られ、瓢箪のようにくびれたウエストの上の内側にはアーマーのような胴衣が胸を膨らませ、スカートの後ろには大きなリボンが柔らかく垂れている。小さな日傘を差し、馬車に揺られ、木々の点在する緑の丘が広がる田舎道を花籠のように進んでいく。そして田舎の習癖のなかで聖体拝領が行われる。この一連の展開を観るのは、まさに自然主義小説そのもので、モノクロの画面だがはっきりと太陽の光を感じる露光に、一時の賑わいの荷物だった女性達が汽車で帰り、尻をのせていた馬車の椅子はがらんとして、その代わり荷台の縁に道の途中で摘んだ花々が飾られ、一人寂しく家に戻る男の姿は、説明不要の映像だった。ちなみに花積みする女性達のロング・ショットは、ありがちな構図だとしても、素晴らしい自然の美しさで胸がときめくものだった。それは民族舞踊を観て心が躍るのと同じ風情だ。


第三話は短く、画家とモデルを例にした夫婦の愛が語られていた。これも短編小説らしいメリハリと、やや厭世的ともいえる真理でおちがつけられている。落下のショットや、砂浜の構図などは古くもあるが、普遍的な新しさがあり、映像の持つ素晴らしい効果を体感できる。


小説好きならば、一時的に自然主義の作風に慣れ親しむ人が多いだろう。車窓からの景色を好む自分などは、いまだにそれらしい描写の呪縛から抜け出せず、孤独と自然の風体で文章を綴っている。


ちょっと懐かしいというのもあるが、なんだかやけに心苦しく、照れくさい感じさえあった。古い友人や、昔熱くなっていた誰かに再会するような映画作品だっただろうか。きっと小説を読み、とある文章にあたって、自分を発見するような錯綜だろう。なににせよ、静かな一人の夜に美しい文体の描写を味わうように、血肉を持ったカメラワークと構図による映像世界から、ひたむきな青春が蘇ってきたようだった。

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