9月17日(火) 広島市中区基町にある日本料理店「じ味一歩」でコース料理を食べる。

広島市中区基町にある日本料理店「じ味一歩」でコース料理を食べる。


去年も9月は背伸びの外食をしたので、お互いの相談のもと、今年も美味しい料理を食べに行くことにした。平等ではなく、対等が旨の夫婦関係として、互いの誕生日の中間の日取りによる合理的な割り勘での食事だ。基町ショッピングセンターに新しい日本料理店ができたらしく、その店主さんとグルジアのイベントでお会いしたというので、この店に決まった。


食べるのが好きでも、食を追求した生活ではなく、けっこう美味しい料理が食べられればいいなぁ、くらいの自分にとって、こういうお店はやはり慣れていない。だから提供される一品一品の明確な表現に目が覚まされ、カウンターの前での素早い動作に、手間をかける意味と、それを実行する体力と忍耐に恐れ入ってしまった。


若い料理人さんで、その物腰は慎み深くもへりくだらない知性と探究心があり、話を交わしていくうちに、多少似た点のある人生を送っていることに驚かされた。インドの話の断片だけで決めつけることはできないが、純然としたワールドミュージックへの情熱は並ではなく、曲のプレイリストを作る楽しさを聞くと、日本酒の飲み進め方をさらっと話す時と根底を同じにした共通の要素があるように思えた。それはコース料理も同様のことだろう。考え尽くされている。


美味しいコース料理をいただくのは、練り尽くされた結果として展示された良作の揃う展覧会を歩くように、一つ一つに足を止めて賞味する多くの発見に頭はとろけそうになる。トマトの甘みに梅干しの酸味を見守る味噌、香ばしい太刀魚の皮にそうめんうりの清冽な食感と形を保ったまま泳ぐモロヘイヤ、噛めば噛むほど味わえる刺身に粘りけのある黄色いオクラの花、絶妙なオクラの粒々した身と粘りのタタキに香ばしいアナゴと強い風味のごぼうに見合った味付け、熱燗と共にどんどん広がった白和え、ツルムラサキのアクセントが効いていた豚肉とマッシュポテト、酸味が一段と染み込んだズッキーニとさくっとした表面の白身の魚、贅沢としかいえないタコの入った炊き込みご飯に、ネギだけの大名のような味噌汁、それに上品な甘みのピオーネのシャーベットとフィグ、と列記して、100あった感想の一分を残すのみだ。


会話と食に、冷から燗まで4種の特徴の異なったおいしい酒と器を飲み、時間に任せて自分の知らなかった世界の醍醐味を味わう。ふと、自分はなんて損をしていたのかと、過ごしてきた生活を振り返ってしまうほどだ。


こういう時を過ごすと、時間も金も足りない、もっともっと欲しいと思ってしまう。酒が進めば会話の語彙は少なくなり、デザートに向かう頃には、「すごいね」、「おいしいね」を繰り返し、灼熱の日に「あつい!」と繰り返すよりも多く、痴れたまんまの感想を並べていく。この調子なら1000回は言いそうだと話していたのが、まるで冗談にならなくなっていた。


教えてもらったブラジルとアルゼンチンの最新のジャズのアーティストの名前を紙に控え、年に一度ではなく、たしかに月に一度訪れたいほどだった。次に来るその時の為に、教えてもらった音楽を自分なりに伸ばして、季節を広げる料理に話を添えられたらと思う。

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